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キップ

作者: 庄垣彬

最終の電車がもうすぐ来そうな時間、券売機前で小銭と格闘している植松正樹。


会社の飲み会の帰り、酔っぱらってふらふらの状態、どれが10円でどれが100円かも見分けがつかない。


「チクショー」そう叫んで、手に持っているお金をとりあえず入れてみて、券売機の300の赤い文字を押すと


スッっと見慣れたキップが出てきた、釣銭は無かった。


「はぁ」とやっと買えたのと、電車に間に合った安ど感を味わいながら改札を抜けようと自動改札機にキップを通すと


ピコン・ピコン・ピコン


アラームの様な音が鳴り


バタンと改札が閉まり通る事が出来ない


「なんだ、これ」そう言って引き返し、キップを見ていると駅員が出てきてキップを確認する。


「すみません、見せていただけますか。これ、大丈夫ですね、こちらから行ってください」


そう言って改札を通してくれた。


「ありがと」


酔っぱらっているから余計に腹が立ったが、駅員の態度に免じて怒らずにホームに向かった。


ホームに行くには、階段を上がらなければならない。


ふらふらの正樹は手すりをつかみ、時々つまずきながら階段を上って行く。


ホームに行くと人の姿が無かった。


いつもの最終電車に乗る時間のホームは割と人がいて安心出来るんだけど、今日は誰の姿も見えないし、都会の駅のはずなのに、喧騒も聞こえてこず妙に静かだった。


酔っぱらっている正樹にはそんな事も感じる事もなく、ホームのベンチに腰をおろし目と閉じ、酔いに任せて電車が速く来るのを祈る事が正樹の今の仕事だった。


コツ・コツ・コツ


革靴の歩く音が正樹の座っている前の通り過ぎていく。


目を閉じている正樹は人の気配を感じてはいるけれど、確かめる気力がない。


靴音はだんだん離れていき、心なしか正樹はホットして電車を待った。


しばらくすると、電車の鳴らす甲高いブレーキ音が短く鳴り、電車が止まる。


正樹はうつろな目で電車を確認して、ヨロヨロと立ち上がり目の前の開いている電車のドアから乗り込んだ。


車内には3人程が座席に座っている。


女性が1人と男性が2人。


開いている席に正樹は座り、ホッと一息つく。


電車の扉が閉まりゆっくりと走り出すと心地良い揺れが正樹を襲い浅い眠りを誘った。


コツ・コツ・コツ


眠りの中に靴音が響いてきた。


“うぅぅ”うなされる様に正樹は体制を変え少し目を開けると、そこには車内一杯の人々、もちろん正樹の隣にも人が座っている。


呆然とした正樹は違和感を感じた、それはこれだけの人が居るのに誰1人として話をしていないと言うか、話し声が聞こえてこない。


みんな、前を向いて、まるでマネキンの様に生気がない。


「なんだ、どう言う事なんだ、これ」


声に出してそう言うと


コツ・コツ・コツ


また靴音が聞こえてきて、その方を見ると黒いスーツで白のワイシャツ、ネクタイをしていない男が人の間を縫うようにではなく、立っている人を通りぬけてくるように正樹に近づいてきた。


半分パニックになりかけている正樹の前まで来ると


「あれ、客さんまだ正気の様ですね、間違えたのかな?キップ見せてもらえます」


「き、君は誰なんだ、これはどう言う事だ」


「これって」


黒いスーツの男が周りを見渡して


「ああ、これね。これから皆さんあの世まで行かれるんですよ」


「あ、あの世?」


「そうです、この列車はあの世行きです、私は皆さんの案内役なんですけど、おかしいなぁ、どうしてあなたがこの列車に」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は死んでないし、降ろしてくれ」


正樹は顔面蒼白になり、何とか降ろしてもらう様に訴える。


「そうですよね、まだ生きてらっしゃるし、とりあえずキップ見せてもらえます?」


男は正樹からキップを預かり、まじまじと見つめる、そして


「ああ、そう言う事か」


男は納得して頷いた。


「何、どう言う事なんだ」


「いやぁ、あなたは乗り間違いをしてらっしゃる」


「乗り間違い?どう言う事」


「あなたは、一本早い電車に乗られたんですよ」


「な、何を言ってるんだ、俺は生きてるし、1本間違えてなんかない、これは夢だな、きっとそうだ」


正樹は訳が分からない“どうしてこんな夢を”そう思っていた。


「まあまあ、落ち着いてください、これは現実ですから」


男はあっさりと夢で無い事を告げ


「どうしようかなぁ、降りると言っても次駅は・・・」


男がそう言って考える様に上を見ると、その隙に正樹は電車の扉に向かった。


「どこに行くんですか」と冷静に男は正樹に言う。


「こ、ここから飛び降りて電車から降りてやる」


正樹はそう言って電車の扉を開けようとするが、当然開くはずもない。


「ちくしょう、ちくしょう、夢なら覚めてくれ」


指を何とか扉にひっかけ、爪が剥がれると思うくらい必死に開けようとしていた。


「だから、無理ですよ、無理やり開けようとしても」


「うるさい、俺は死んでなんかいない」


正樹が必死に扉の間に指を何とか入れ、少しずつ扉があき始める、指の先の爪が剥がれそうに痛いのを我慢しながら。


「あら、凄い力ですね」と、男は呑気に遠目で正樹の行動を見つめている。


「うおぉ」


正樹が力いっぱい引きと扉がどういう訳か開き、外の風が勢いよく車内に吹き込んできて、走っている電車の激しい音が鳴り響いていた。


「あらら、開けちゃったよ、人間の力もバカにできないもんですね」


またも冷静に言って、正樹が次どうするか観察していた。


「よし、これで逃げてやる」そう言って正樹はかなりの勢いで流れる景色を見ながら、飛び降りる事のできるポイントを探していた。


男は正樹と反対側の扉の側の座席に座り


「さて、どうするんですかね、これから、ねえ」そう言って隣に座っている生気の無い男の屍に話かけた。


「見てろ」


正樹は男を見てそう言って、飛び降りても大丈夫そうな、怪我だけですみそうな場所を遠くに見つけた。


田んぼが広がる近辺、飛び降りても、怪我だけですみそう、濡れるのも覚悟で。


だんだん、ポイントに近づいてきて正樹は身構える、そして


「だぁ~」の掛け声と共に正樹は中に舞った。


「あら、行っちゃいましたね、まあ仕方ないでしょう」そう言って男が立ちあがり、正樹の出ていった扉に近づくと自然に扉が静かに閉まり、車内に静寂が戻った。


宙に舞ったった正樹は勢いよく地面に叩きつけられた。


「ぐうぁ」


何度か転がり、何かの壁に体を打ち付け呻く。


体の痛みに耐えながら、目をゆっくり開けると、そこはホームだった。


しかも、正樹が電車に乗ろうとしていた駅の。


「イタァ、いったいあれはなんだったんだ、それにしても」


痛めた腕をさすりながらゆっくり立ち上がる、そして駅の時刻表を見て腕時計を見ると、まだ最終の電車は来ていないようだった。


「どうしようかな、さっきの事が夢なら・・・でもこの痛みと、あっ」


正樹が指先を見ると、黒い物が爪に付いている事に気が付いた。


「これって、あの電車のドアのゴム」


背筋に寒気が走り、体全体に鳥肌がたった。


正樹は怖くなり、とりあえずこの駅から出ていこうと、改札に向かうため階段を駆け降りようと勢いよく一歩足を踏み出すと、どう言わけか正樹の体が軽くなった。


何度も階段の段に体を打ち付け、転がり落ちていく。


正樹にとって体の痛みは最初の一撃だけで、後は体に走る衝撃が脳に走るだけだった。


落ちていく途中、階段の上段に1人の黒い服を着た男の姿を回転するたびに見る事になった。


そして、下まで落ち切った正樹の体は、頭、足、腕がありえない方向に曲がり、まるで人形が壊れた様な状態で倒れていた。


体の下から赤い液体がとめどなく流れだし、正樹の命を奪おうとしているようだった。


コツ・コツ・コツ


かすかに残る意識の中で、靴音が近づいてきていた。


「形はどうあれ、これであなたも電車に乗れますよ」


あの時の男が正樹を見下ろし、そう言った。


「うぅぅ」言葉を発する事が出来ない正樹に


「これ、あなたのキップです、行き先は・・・行ってからのお楽しみにしておきましょうかふふふ、じゃあ行きましょうか」


男は倒れている正樹の手に一枚のキップを渡し、そして腕を取って体から何かを取りだした。


正樹の目からは生気が消えていった。


                         End


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