異世界に転移した悪役令嬢
肩にかかる位の長さの黒髪は毛先だけくるんと縦ロール風。
扇で覆い隠されたピンク色の唇は、勝ち気な微笑みを浮かべている。
「この私を陥れようだなんて、1000年遅くてよ!!おーほほほほほ!!」
私の名前はエリザベータ=トルソー。公爵家の令嬢でありながら、王国唯一の公女でしたの。
何故過去形か?ですって?
良い質問ですわ。
私は王国唯一の公女として生まれ、完璧な淑女として生きていました。
王太子様の婚約者となり、未来の王太子妃……いえ、未来の王妃として恥じないよう、初恋も捨て、それはそれは厳しい妃教育に耐えていたのです。
それなのに!
あの王太子様の横にいつの間にかいたあの女が、私の婚約者である王太子殿下を誑かしたのですわ。
私は王太子殿下の婚約者としてあの女に注意いたしましたの。
婚約者のいる殿方へ必要以上のスキンシップはよろしくない、あちこち走り回らず、淑女らしく淑やかてあること……等、女性として当たり前の事を言っていただけ。
それなのに、私の婚約者であるはずの王太子殿下は、あの泥棒猫をお庇いになられて……。
正直に申し上げますと、多少の嫌がらせはしましたわ。
でも!
あの女が言うような、物を壊したり人を使って襲わせたりだなんて私は断じてしておりません!
あの女から悪役令嬢なのだからと言われましたが、私は悪役令嬢など知りませんわ。
殿下にも私の潔白を信じて欲しいと申し上げましたのに、私は王太子殿下から婚約を破棄されてしまいました。
そればかりか、王太子殿下から私と再婚約し、側妃として正妃となったあの女を支えろと。
しかし侍従達の噂ですと、体に凹凸がなく幼児体形のあの女では物足りなく、見た目・スタイル共に申し分のない私の体を蹂躙したいと目論んであるとの事。
もちろんお断り致しました。
お断り致しました……けど、私の殿下との婚姻は王命。
私の身体を舐め回すように見てはニヤニヤと笑う殿下に嫁ぐのは嫌です。
でもみっともなく泣き叫んで拒否するのも、私の矜持が許しませんでした。
暗い気持ちで殿下との挙式の日を迎えましたが、挙式当日にクーデターが起こりました。クーデターの中心人物は私が捨てた初恋のあの御方。初恋の御方が私を迎えに来て下さったの!
「どうして!?ずっと探していた隠しキャラが悪役令嬢と結ばれるの?」
嬉しくて走り出す私の背中をあの女が突き飛ばし……危ないっ!と目を閉じた次の瞬間、私はエリザベータではなく絵里奈と言う名の女性となっていました。
簡単に言いますと、エリザベータの魂がこの絵里奈と言う女性憑依したと言う事です。今の私にはエリザベータと絵里奈の2人の記憶がありますの。
絵里奈は良く言えば慎ましい。悪く言えば言いたい事が言えないのに人から好かれたい、いじめられっ子で内向的な性格でしたので、強気になれない絵里奈を抑えて身体の主導権はエリザベータのものとなりました。
絵里奈として過ごしているうちに衝撃の事実が発覚致しました。
「こ、これは…!!」
絵里奈の記憶にある『聖なる乙女と白い月の夜』と書かれたげえむの表紙に書かれたあの女、と殿下の絵。舞台設定としては、今から1000年の前の世界……しかも悪役令嬢として私の絵も書かれていました。
あの女が言っていた悪役令嬢がこの事だとしたら……。
「あの女はこの世界の人間。」
そして私は見つけましたわ!!
しかも私の生まれた世界に行く前の!!
そして冒頭に戻る。
「な、何なの?」
しかもこの女、絵里奈をいじめていた主犯でしたの。
この女に復讐しつつ、私は私の世界に戻りますわ!
私と共にいるうちに私に感化されたのか、絵里奈はとても強くなりました。
あの女にいじめられても言い返しやり返す絵里奈に、体の主導権を返してしばらく経った時の事でした。
「な、何なの?!」
戸惑うあの女の足元が光り輝きました。
光から何とも懐かしい、私の世界の気配を感じます。
「帰れるのね。」
私と絵里奈の声が重なりました。
そう、私は帰りますわ。
そして…、もう間違えたりしない。
初恋の御方であり、クーデターの主犯であり、隠しキャラであるあの御方から離れたりしない。
数年後
発売された『聖なる乙女と白い月の夜』の続編では、メインヒーローの母親として隣国の王妃となったエリザベータの立ち絵が少しだけ登場したのだった。
エリザベータはあの女に突き飛ばされた直後に戻り、初恋の御方に助けられました。