9. 自動車旅行の始まり
そして時は平和に流れ、僕は7歳になった。 7才になったことで僕は<発動ボード>と、<図面記録ボード>を覚えた。 やった~、新しいボードを覚えたぞ~! まあ、<発動ボード>は使えないけどね。
<図面記録ボード>は<文字記録ボート>と同じくで大変有用であった。 写真機をイメージすれば、なんと写真を取ることが可能だったのだ。 もちろん見たこと全てを詳細に写すことも可能であったが、見たい対象物だけを抜き出した写真も取れるのだ。 例えば、あの魔物だけを写すことができるのだ。 僕はこれから要所では必ず写真を取ることに決めたのだった。
さてミズチ様との研究は続いている。
ミズチ様はライフワークと決めておられるようなので、成果が得られない時期が続いても心は折れないようだ。 魔物や変わった素材を仕入れない時には、僕は<文字記録ボード>の内容を書き写して、<図面記録ボード>に写した写真を基にして挿絵を描き、それを添えて論文形式にまとめる作業を手伝っていた。 ある一定量の論文がまとまったところで本にして、ミズチ様が自費出版するのである。
この本は、基本的に王都へと運ばれて、ヤバイ物は禁書として王立図書館へ納め、その他は各図書館へと配布される。 このようにして出版される本の数は少ないため、この世ではガリ版印刷みたいな技術が使われるのだが、その清書はどこかの工房の方が担ってくれていた。 その本は驚いたことに活字かと思われるような整った字体と僕の挿絵もまるでコピーしたかのような出来栄えになっている。 この世にはDEXというステータスがあるのだが、これを上げると精密作業が可能なるので、そういうことをする職人が活躍しているみたいだ。
それにしても僕の挿絵が本になっている!
この仕事に従事して1年間とはいえ、僕の仕事が本に反映されているとは感慨深いものである。 そして、本の著者(ミズチ様)の協力者として、僕の名前も記載されていたのだ。
僕はそれを家の書棚に飾ってニヤけていた。
まあ魔物の解体書なんてマニアックすぎて、ほとんど読まれないのだだけれどもね。
<BRDギフト>持ちで良かったと初めて実感できた。 ……とりあえず15才まではであるけども。 あの時の悲しみが何だったんだろうと疑問に感じるぐらい、今は十分充実した人生を送っているのだ。 全てはミズチ様のおかげだと思う。
さて今日はいつもより随分早くに実験が終わり、帰宅しようかというところで、高級馬車が実験工房の前に止まった。 降りてきたのは、見覚えのある高級な服を着た紳士と、秘書と思われる女性だった。
「えっと アレンだったかな? ミッチーは中なのか?」
またミッチーって言ってる。 懲りもないご領主様だ。 あと僕の名を覚えてくれてたって、どれだけ頭がいいのだろう?
「 はい ミズチ様はご在宅です」
答えると、手を振ってすぐに実験室の中へと消えて行った。
僕は巻き込まれるのを恐れたので、速攻で帰ろうとして、いつも家まで送ってくれる馬車を探した。 しかし、あれ?馬車がいない。
そうやって戸惑っていると、いきなり秘書様が僕の腕を捕まえた。
秘書様、貴方エスナ様に付いて行かなくて良かったの? 僕を捕縛してどうするの? なぜ僕も引きずられて中に入らなければならないの?
「儂は行きたくないのじゃ。 あとミッチーいうな」
ミズチ様とエスナ様のやりとりは、前回と同じくフランクだった。
「いやいや 今回ばかりはお願いします。 私も頑張りましたが、もう誤魔化せません」
エスナ様は何かを必死に訴えているようだ。
「今まで通りで良いのではないか? そこを何とかしてほしいの~」
ミズチ様は子供のようにゴネている。
「もう決定したとのことなので、逃げられませんよ、ミッチー」
「仕方がないの。 お前が、ミッチー言うのをやめたら考えんこともないのじゃが」
「……」
「……」
ミッチーって言うか言わないかって、この二人にとってそんなに重要なことなのだろうか?
高貴な人達はやっぱり理解しがたいところがある。
「ほらアレン君も、王都へ行ってみたいよね ミッチー、弟子のためにも何とか……」
エスナ様が関係のない僕を巻き込んだ。 ほらやっぱり巻き込まれたじゃないか。 でもエスナ様、それは強引すぎるんじゃないかな。
「……アレン 王都へ行ってみたいのかえ?」
ミズチ様、僕の意思は重要なのでしょうか? これってエスナ様とミズチ様の問題です。 僕は関係ないですよね。
「ミズチ様。 王都見学は魅力的なのですが、15歳になれば魔法学校もありますし、今は別に行かなくても……」
断ろうとしたら、エスナ様が割り込んだ。
「ほら、アレン君は是非行きたいって言ってるじゃないですか。弟子の意思は尊重すべきですよ」
えっと、どうしてそうなるんだろう。 どう考えても断るつもりの話だったよね。
僕の話なんて聞いてないのかよぉ~~。と思ったが、これが貴族の押しの強さなのだろう。 所詮僕の意見などいらないし通らないのだ。 無理矢理にでも自分の思いどおりにするつもりなのだ。
「……仕方がないの~。 今回は可愛い弟子のために王都見学に行く事にするかの」
ミズチさまぁ~、なんで折れるんだぁぁぁぁ!!
ミズチ様! 僕が見学したいわけじゃないの分かってるよね? 意地の張り合いの落としどころに使われたってことですか? 貴族ってメンドクサイです(泣)。
「ではすぐに出発してほしいです。 早便の知らせによれば、昨日出迎えの一行が王都に集合したらしいのです。 こっちに被害が及ぶ前に、是非出発していただきたいです」
エスナ様……被害が及ぶって、出迎えの方々って何しに来るのですか? 何か怖いんですけど。
「う~ キャメルの奴も随分とえげつない手を使うものじゃな。 ま~仕方がないの。 すぐ出ることにしようか アレン行くぞ! ついてまいれ」
えげつないのか! と心の中で突っ込みを入れただが、あまりに早い展開についていけてない。
それよりも直ぐ行くってどういうこと? このまま家に帰らずに行くということなの?
どっちにしろミズチ様が決めたのなら僕らは逆らえません。
僕は諦めて外へ出てみたら、ミズチ様が丁度馬車へ乗り込むところだった。
えっ? それってエスナ様の馬車なんじゃ?
続いてエスナ様が乗り込み、僕は秘書のお姉様に引っ張りこまれて馬車に乗り込んだ。
すぐに馬車は軽快に走り出した。
このまま町の外へ出るのだろうかと思っていたら、馬車が止まったので外を見ると僕の家の前だった。 そこには母がと兄が外に出てこちらを見ていた。 そして当然のように、何も言わずに馬車へ乗り込んできたのだった。
ミズチ様は兄を見て多少意外な顔をしたように見えた。
それはそうだろう なんで兄がついてくるんだ?
僕には母と兄が馬車に乗り込んだ理由が理解できない。 今さっき王都へ行くことに決まったばかりで、僕は巻き込まれたばかりなのだ。こんな展開はわかってないはずなのだ。
ミズチ様は不機嫌そうな顔をしており、口を開かない。
母はエスナ様の手前、口を閉ざしているようだ。
兄は馬車に乗ったのが初めてなのかキョロキョロと落ちつかない。
レビン兄よ、エスナ様やミズチ様の御前で何やってるんだよ! フリーダムも場所を選ぼうよね。
エスナ様は、満足といった表情をして、自然体でリラックスしておられる。
そんな僕らを乗せて馬車は進んでいき、マインタレスの町の南門を通過したと思ったら、暫くしてまた止まった。
ん?なんで止まったんだ?
外を見ると理解できた。 豪華な機械式の自動車が停まっていたのだ。 そりゃまあ馬車なんて貴族様の権威の誇示するためのものなのだから、長距離の場合は実用的な自動車へ乗り換えるよね。 他国では自動車は未だそれほど普及してないらしいのだが、この国では自動車が長距離移動の主要手段となっているのである。
自動車は、10人乗りの小型バスぐらいの大きさで、3台駐車していた。
秘書のお姉さんは、母と兄と私を先に下車させて、ミズチ様側のドアを開き、恭しくミズチ様を外におつれした。
続いてエスナ様も降りてきた。
「それでは、ミズチ様 このエスナ・モトリオーネ男爵、旅のご幸運をお祈りいたします」
「うむ。 ご苦労であったのじゃ」
僕が知っているお二人にあるまじき態度だった。
人目があるからね、プライベートとは違うんだろう。 その落差に多少違和感を感じたのだが、納得もしたのだった。
ミズチ様は、真ん中の自動車へ乗り込み、僕を手招きしたので、逆らうことなく付いていく。
すると母も兄もおまけで付いてきた。
兄様、状況わかってる? 大丈夫かな~。
母様は……う~ん事情を知っているみたいな感じだ。 タイミング的には理解しがたいのだけれども。 まさか事前に聞いていた? それにしても、そんなこと今朝はおくびにもださなかった。 僕は懐疑的な顔をして、母に視線を移したのだが、母は黙ったままだ。 母はそんな僕にかまわずに自動車へ乗り込んだのだった。
暫くして自動車はスムーズに走り出した。
魔物素材の膨張と収縮を繰り返すことを利用したトレモロ機関のエンジンは大変静かであり、まるで電気自動車のようにスムーズだ。 サスペンションはそれほど良いわけでもないのだが、長旅でもあまり疲れないことが期待できる。
暫くしてミズチ様が口を開いた。
「カイヤ、アレン 巻き込んですまんの」
ミズチ様が謝罪するのはこの1年で2回目だ。 大変めずらしい。
「いえミズチ様 町の一大事とあれば、私共には何の依存もございません」
母から見ても今回の事は一大事なのか~。 さすがに僕はかなり怖くなってきた。
「母様、何故一大事なのでしょうか」
僕は耐えきれなくなって聞いてみた。
「アレンは知らなかったのね。 今回の王都からの公式な迎えというのは数百人規模で、まるで戦争みたいだそうよ。 子爵様を筆頭に男爵様や騎士爵様などもいらっしゃるので、 滞在場所を確保したり、歓迎の式典やら催しやらが数日つづく規模なの。領主様どころが、庶民まで大変な負担になるのよ。 こんな小さな町じゃ特にね」
一応納得できた。
公式な出迎えって、下手すりゃ財政的に領地を潰したりもできるわけか。 このモトリオーネ領ってそんな危うい状況だったんだ。 というか ”えげつない” の意味もこれで理解できた。
よく考えてみれば、この男爵領は、このアナスタリア王国の中でもかなり弱小な領地だ。 そんな領地なのに、領民は決して貧しくなく、むしろ生き生きとしている状態だ。 エスナ様はきっと領民ファーストで統治しておられ、領民の信頼も厚いのだろう。
そんなエスナ様に贅沢をするような余裕があるはずもない。 多少は蓄えがあるだろうが、こんなことのために蓄えを放出するのは許せないのだろう。
それにしても……。
「なんで僕も行くことになっているのでしょう?」
母をに問いかけると少し驚いた顔をされた。
「エスナの思惑というか、気遣いなのじゃろ。 少なくとも昨日には準備を進めていたんじゃな」
結局のところ、僕や母はエスナ様の思惑通りに踊ったということなのだ。
それにしてもエスナ様はやり手なんだな。 ちょっと尊敬してしまう僕であった。
「この一大事にもかかわらず、アレンが観光に行きたいってゴネたと聞いていたんですが……」
母は苦笑しながらミズチ様をに答えた。
僕はエスナ様の評価を取り消すことにした。 エスナ様、やはり嘘は駄目だと思います。
「王都観光なら見逃せないじゃないか、お前だけずるいんだよ」
レビン兄は観光目的で割り込んできたらしい。
「まぁ儂が、……本当は半年前に帰還を要請されていたのじゃがな、アレンとの仕事が楽しくての~。 ついつい先延ばしにしてしまっていたんじゃ。 アレンのせいでこうなったのだから、エスナが多少強引になるのもわかるというものじゃ」
えっと、……結局今回の危機は僕のせいなのだろうか?
あまりの展開に僕は少し目がくらんでしまった。
「アレン、もう車で酔ったの?」
いや、走り出して数分だよね、馬車より快適だよね。 酔うわけないじゃないか!
「いえ 母様ちょっと疲れてしまったのです」
「うん 今日の研究も楽しく充実していたからの、……ちょっと残念じゃが」
そういうのじゃなくて精神的に疲れたんですけど。 ……ほんとに疲れるよ。