8. ダメ元で回復
一週間ほど経った頃、例の立派な馬車が家の前に停まったので、待ち焦がれていた僕はすぐに家から飛び出した。
ミズチ様は僕を見つけるといきなり命令を下した。
「あの魔物の新鮮なのが漸く手に入ったのじゃ。付いてまいれ」
時代劇か! とも思ったが、何時ものミズチ様の態度なので僕は安堵したのだった。
事情を聞くと、この一週間はダンジョン開拓団に依頼して、再びあの魔物を狩りに行っていたとのことである。 それならそうと事前に言ってくれればいいのに、……見捨てられたかと思ったじゃないか。
さて、あの魔物の取り扱いはかなり慎重になった。 基本はミズチ様と開拓団の方2名の3名体制で、慎重に解体調査することになったのだ。 僕は記録係兼監視役(見学役とも言う)だ。 僕を除け者にしないでいてくれるのは微妙に嬉しかった。
例の僕を倒した臓器であるが、どうやら例の特殊器官4に繋がっていたようで、ますます特殊器官が状態異常魔法に関係する線が濃くなった。 実はあの毒攻撃は強力で、直撃したら僕は一瞬で幼少加護が発動するまでHPを削られて倒されても不思議はなかったらしい。 臓器についてはあの毒攻撃のほんの少しの残渣が遅延発動したのだろうという推測だ。 そしてあの怪しい3箇所以外はすべて調べ終わったのだが、予想通り何も起こらなかったし成果もなかった。
次の日、氷付にされた別の――つまり新鮮な個体が運び込まれた。
例の3箇所以外を素早く排除して、今度こそ本命の魔石周辺の調査が始まった。 今度は一か所づつ十分な時間をおいてメコン棒で魔力を流したが、何故か今回は3箇所とも反応しないようだ。 前回のような順番で魔力を流す試みもうまくいかない。 そして数回試行を繰り返しても結果は変わらなかった。 これは何かがおかしい。 中々捗らない実験に焦りと苛立ちが募り、僕らの空気は次第に重たくなっていったのだった。
この辺で皆を和ませる必要があるだろう。 最近役に立っていない感が半端ない僕は、皆の士気を高めることで貢献しようと思い切って口に出した。
「全く魔物はしょうがないな~。 僕が近くに行ってあげないからって、元気なくしたのかな? 仕方がないから僕が回復してあげよっかな」
魔物なんて当然回復できない。 開拓団の2名は、僕の声を聞いて力が抜けた感じで苦笑してくれた。
苦笑かよ(泣)。
ミズチ様は、魔物を見つめたまま顔を引き攣らせて何かをつぶやいていた。
そして僕らの士気は高まるどころか、空気が更に重たくなってしまったのが感じられたのだった。 つまり僕の和ませ作戦は、完全に敗北したのだ。
するとミズチ様の回復魔法が発動し魔物が淡く光った。 何とミズチ様は呆れたことに魔物の死体に対して回復魔法を使ったのだ。 そしてメコン棒で例の特殊器官を突き始めた。
ミズチ様何をトチ狂って……! と、心の中で突っ込みそうになったところで、小鳥さんが倒れてしまった(泣)。
「レッド、 レッド!」
僕は反射的に叫んで距離を取り、すぐに緊急浄化装置を起動した。 突然のことにパニックに陥りそうになった僕らは、何とか一旦実験室から退避したのだった。 そして暫くの間、開発団の2名とミズチ様の回復魔法合戦が演じられたのだった。 どうも今回の被害は防護服を着ているにも関わらず思ったより深刻だったようだ。 僕がそばに居たら即幼少加護発動だったのだろうか?
そして再び作戦会議のお時間となったのである。
「結局、儂の勝ちじゃな」
勝ちって何? 僕は負けたの? ……まあさっきの作戦は見事とに敗北したけれども、その事じゃゃないよね。 僕は確かめるように開拓団の2名に視線を移したが、彼らは動揺したままのようだ。 きっとミズチ様が何に勝ったのか分からないのだろう。
「ミズチ様、あの一撃は強力でしたね。 皆さんダメージを受けたようですね」
僕はすかさず、何のことか分からないまま勘でフォローを試みた。
「ダメ元で、回復してやって良かったのじゃ」
ミズチ様は嬉しそうだ。
いやダメ元でも普通魔物に回復魔法は掛けませんよね。 それ常識ですよね。 誰かミズチ様に言ってあげてください。 開拓団の2名はやっと動揺から立ち直ったようなのだが、今度は体から力が抜けたように微妙な表情を浮かべている。 かなり精神的にダメージを受けたのだと思われる。 つまり開拓団の2名はミズチ様に精神的敗北を喫したのである。
「確かに回復魔法が、この毒攻撃のトリガになっていたと推測できますね」
開拓団の人はミズチ様の主張に同意したのだ。 何故こんな事が当たりなのか、不本意ながらも認めざるを得ないのだろう。
「回復魔法が引金になっていたのは間違いないとして、何で前回は発動したのじゃろ。 アレン、そういえば魔物の目が光ったと言ってたはずじゃな?」
間違いないって……推測じゃなく断定したのか。 ミズチ様すごい。
「はい 光ったように見えました」
ミズチ様は暫くの間考え込んで沈黙した。 そして手に汗握る思いをした僕は手袋を外した。 手に汗が滲んで不快だったからだ。 そして ”もしかして?”と、あることに気づいてしまったのだった。 そのあることについて、ミズチ様に言うべきだろうか迷った。 そしてかなり葛藤したあげく白状すべきだろうと結論した。
「あ、あの、ミズチ様。 僕の指輪が、……指輪から光属性の魔力が抜けてしまっていることに今気づきました……」
「ほう、何で光属性を込めた指輪を持っていたんじゃ?」
ミズチ様は、僕をじっと見つめて目を光らせた。
「えっと半年程前、その魔物関連で、治療院の魔力が不足するトラブルがあったんですが、その時母――母は治療院の魔術師なんですが――母が僕から魔力を吸い取ったんです。 その時のご褒美に母から指輪を貰ったんです」
開拓団の2人は、微妙な面持ちだ。 あの件は開拓団の方たちにとってトラウマになってしまっているのかもしれない。
「つまり、僕の指輪から光属性魔力が流れたのではないかと思うのです。 でも僕はまだ魔法が使えませんので……」
一応、”僕のせいじゃないですよ” とは主張しておいた。
「光属性魔力に反応したのかも知れんのう、……いや吸い取ったのか、……でも何故あのタイミングで?」
「そういえば、手が蒸れたので、あの時手袋を外した状態でメコン棒を持ってしまって……」
「メコン棒が指輪に接触して光属性魔力を感知したということか、……つまり光属性魔力が動き、それを魔物が吸い取って光ったと。 ……目が光ったというのは反射なのか?」
ミズチ様の頭の構造はどうなっているのだろう。 ミズチ様の思考が早すぎて理解するのが追いつかない。
「ふむ、まずは検証が必要じゃな。 アレン、カイヤに光属性魔力をもう一度……」
「私がやります」
開拓団の人が立候補して、僕から指輪を受け取ろうと手を伸ばしてきた。
光魔法の吸い取りとか、突飛すぎるようにも思われる考えだけれども、僕としては否定もできないし、その資格もないので、躊躇せずに指輪を開拓団の人に渡した。 指輪を受け取った開拓団の人は、魔力を込めるために指輪を両手で包み込むように握った。
「ちょっと待っててください。 ……うん? これはまた、随分と微々たる魔力容量の指輪ですね。 ま、一応は光属性の魔力で満タンになったようです」
母から貰った指輪は微々たるものだったのか~、と少しがっかりしたのだが、魔力を貰ったわけでなく、あくまでも希少なDEX系素材で作られた装飾品の指輪を貰ったのだと気を取り直した。
「アレン、検証に行ってくるので、ここで待っておれ」
ミズチ様は開拓団の2名を従えて、実験室へと戻っていった。 それは検証だからね、僕必要ないよね。 というか危ないから大人のみで実験してくれるということだよね。 決して僕のことを仲間外れにしてないよね。
そして待つこと数分。 またしても小鳥さんが倒れたようだ(泣)。 再び緊急排気装置と浄化装置を起動する音が聞こえたのである。
「さすが、ミズチ様です。 見事な推測でした」
ミズチ様一行が興奮しながら実験の成果に満足して戻ってきた。
「儂の大勝利じゃな」
今回の検証実験の毒は軽微であったようだ。 ミズチ様たちは余裕の表情で状態回復魔法を互いに掛け合っていた。 検証した結果、あの魔物は光属性の流れを感知して吸い取り、状態異常魔法を発動したということで確定したようだ。 また僕を倒したあの臓器は、その前に掛けてもらった回復魔法の一部を吸い取ってアクティブ化し、僕が袋を開けてメコン棒で魔力を流したことで僕に襲い掛かったということに結論になった。
その後僕たちは、あの魔物の調査研究を進めるだけ進めたのだった。
そして判明したことは以下であると結論された。
(1) この魔物は、MND系の光属性の魔力の流れを感知し、その魔力を吸い取ることができる。
(2) 光属性の魔力を吸い取ると、状態異常を付与する魔法を発動できる状態になる。
(3) この魔物の前では、光属性魔力、つまりMNDに関わる魔力を使ってはならない。
(4) この魔物の状態異常魔法は光属性魔力に関係しているらしい。
(5) この魔物の素材からは回復魔法に直結する素材は得られなかった。
ミズチ様の研究方針の方向性自体は正しいことが分かったのであるが、残念なことに今回は回復魔法の素材を見つけるまでには至らなかった。 状態異常をもたらす魔物素材(特殊器官4と臓器)は見つけたわけだが、その素材は人に危害を与える害悪でしかないので封印だそうだ。
ミズチ様としてはちょっと寂しいものもあるのだろうが、あの魔物の対処法について十分な成果が得られたと事は間違いないだろう。
そしてミズチ様との研究のその後数か月であるが、いろいろな種類の魔物を調べてそれなりの発見はあったものの、回復魔法関係の進展はなかった。 魔法で状態異常を仕掛ける魔物自体が希少であり手に入らなかったことも原因なのだろう。