7. 解体実験
無言のまま、黙々と小型ナイフ、大型ナイフ、ノコギリやノミのようなもの、果ては火属性を通して焼き切ることができる銀製の魔道具の刀まで使って魔物を解体する。 まずは魔物の皮剥がしからだが、すべて剥がすのではなく必要最小限のサンプルだけに留めて、大部分は残したままにする。 完全にバラバラにするのは最後だ。
僕はその素材を、袋へ入れていくと同時に、異なる素材が出るたびに、銀製の棒(メコン棒という)で突いて魔力が通るかを確かめていく。 僕のように魔法が使えなくても、魔道具には魔力を流せるのだ。 そして魔力が流れるとINTやDEXといったステータスが反応してさらに感覚的にどの属性なのかが僕でも特定できるのである。
大体の素材は魔力が通るものなのだが、その通りやすさや、どの属性が通りやすいのかを、<文字記録ボード>に記入していく。 サンプル素材は番号を付て魔物素材で作られた袋へ梱包していく。 ほとんどは火属性や氷属性をのみを示す場合が多いが、たまに水操作魔法や空気操作魔法のようなDEXに関係した操作系魔法にも反応する素材もある。 残念なことに、DEX系も結局は使えないのでハズレである。
もちろん全属性を通す素材もあるのだが、これは銀とほぼ変わらないので魔物素材の研究的には無価値である。
僕たちが欲しているのはMND系統のみを通す素材なのだ。
筋肉などの組織も少しだけサンプルを削りとって保管したり、なんやら分からない特殊器官なども解体分離して調査していくことになるのだが、特殊器官の具体的調査は後回しだ。
そしていよいよ臓器の調査に入った。
全体的にも言えることだが、特に臓器の扱いには注意を要する。 有毒な物質が含まれる割合が多いからだ。 臓器を取り出すとミズチ様自らが素早く袋へ詰めていき、その場でメコン棒で魔力の通り具合を確かめていく。 さすがに危険なので僕にはやらせないようだ。
そして、結果を数値で話すので、僕は即座に<文字記録ボード>へ記入していく。 <文字記録ボード>への書き込みは一瞬なので速記よりも有用だ。
臓器の調査はできるだけ素早く行うことが必要である。 そうしなければ危険であるばかりか、素材の劣化も早いから結果が変わってしまう場合がある。 念のために後ほど時間が経過して劣化した後でもう一度メコン棒測定が必須な程なのである。 一旦調査し終わった素材は、今までの素材と同様に番号を記載して、脇の棚の箱へ積み重ねていく。
その次は魔石の位置確認である。 開拓団などでは、価値の高い魔石の取り出しが最優先なのだが、今回の調査においては魔石とそこから延びる神経のような魔力通路の見定めることが必要なので、まずは魔石を取り出さずに周辺の全体像把握が重要になる。
予め魔石から魔力を吸い取って安全を確保したうえで、周辺にある神経のような魔力通路一本ずつ切り離して、それに魔力を流してどこへ流れているかを確認していく。 流れた魔力は、大体において手や足などの筋肉組織が反応するのだ。 その位置関係を紙製の図面にスケッチしながら、同時に僕やミズチ様の所見を<文字記録ボード>へ記入していく。
スケッチの技術はこの半年でかなり上達している。
子供であり頭が柔軟であるので習得が早かったのであろう。 ミズチ様のスパルタ教育も ”かなり”効果的であったことは言うまでもない。 と、ある魔力通路にミズチ様が魔力を通したタイミングで、近くに置いてある小鳥が苦しみだした。 ”まずい”と思った僕は、とっさに叫んだ。
「ミズチ様 レッドです!」
そしてすぐにスイッチを押して緊急浄化装置起動させた。
”レッド”とは魔法が発動したことを伝えるために、予めミズチ様と取り決めた用語である。 僕の叫びを聞いたミズチ様は、すぐにメコン棒への魔力供給を切って、その場から退避して自分と僕へと回復魔法や状態治療魔法を掛けたのだった。 僕やミズチ様は防護服を着ていたためか、目に見える被害はなかったのだが、小鳥は倒されてしまった。 これは本当に可愛そうなことになってしまったと思
とりあえず解体調査は一旦中止である。
ミズチ様は、少し経ってから実験室へ戻ると作業台を隔離して、僕と一緒に再び実験室から退避したのだった。
さて、作戦会議のお時間になったということなのだ。
「魔石近くのスケッチを見せておくれ」
僕は先ほど書いたスケッチをミズチ様に見せた。
「さっきのは、ここに魔力を流した時に起こったのじゃったな」
ミズチ様は、問題の箇所を指し示した。 僕はスケッチのその場所へ〇印を書き込んだ。
「それでアレン、何か気づいたことはなかったか?」
「えっと、小鳥に異変が出る前に何か光ったように見えました。 多分魔物の目のような気がします」
「ん?前に光った? そういえば今回の魔物の状態異常は少しだけ遅行性の毒じゃったな。 もしかして、直前に流した魔力に反応した可能性もあるのじゃな」
僕が頷くと。 ミズチ様は、場所を示した。 僕はそこへ△印を書き込んだ。
「ミズチ様、その後でここにも接触した気がします」
僕は指し示しながら、×印を書き込んだ。 つまり、ミズチ様が触っていった順序は、 △→×→〇 の順番である。
「それで、その3箇所の魔力数値をみせておくれ」
「数値には異常はないか…」
「えっと、そういえば、△印の時にミズチ様の表情が変化したように思えたのですが、何かありましたか?」
「そうじゃな。 そういえばちょっとだけ魔力を流すのに抵抗感あったような気がしたのじゃが、珍しいことでもないから特に言わなかったのじゃ。 まあ大体は、メコンの接触不良だからの。 う~ん。 それにしても〇印で直接反応したのは左の第二足か。 △が瞼で、×が特殊器官4じゃったか」
ミズチ様は少し考え込んだ。
「取るべき手段は、2種類じゃな。 この3箇所を先に進めるか、他の調査の後で進めるか。 アレンはどう思う?」
二択を僕に聞くか~ と思ったが。 もうミズチ様の中では方針が決まっているだろうから、確認のため、つまり些細なことも見逃したくないのだろう。
「他を先に調査して解体してしまってから、3箇所をを詳細に調査した方が良い気がします」
ミズチ様は納得したような表情をしてから、言い放った。
「よし それじゃ早速始めよう」 直ぐに調査続行を決断したのだった。
「ミズチ様 僕お腹が減りました。成長盛りなのでもう耐えられません」
実は耐えられるのだが、ミズチ様は集中すると食事も取らず睡眠も取らないので何とか突っ走らないように抑える必要がある。
「しょうがないの お昼にするか じゃソラのところへ行くか」
しょうがないと思うのは僕の方だ。 ソラとは僕の父の名だ。 ミズチ様はこの頃、いつも僕の家に来て昼食を取っているのである。 人見知りなのだろうか。 あまり料理屋とかには行きたがらないのだ。
そして今日のお食事では、僕とミレイとの ”なんでなんで” 合戦が始まってしまったが、ミズチ様が割り込んだことで、 “なぞなぞ” 合戦へと変わってしまった。 ミズチ様の押しの強さにミレイが負けた形だ。 ミズチ様は意外と子供の扱いが旨い。 僕は振り回されるミレイを微笑ましく見守ったのであった。
色々とあったが、午後からのお仕事再開だ。 あの3箇所以外の解体を進めることになる。 その前に、一旦臓器の劣化具合を調査しなければならない。 二人とも調査を早く進めたいので、僕とミズチ様で手分けしていた。
そして、あるところで、僕は突然苦しくなり蹲ってしまったのだった。 ミズチ様の袖を必死に掴んで訴えかける。 ミズチ様は僕の様子に気づくと、慌てた表情で僕を実験室から連れ出してすぐに状態回復魔法を掛けてくれた。 そしてその次に回復魔法を掛けてくれる途中で僕は気を失ってしまったのだった。
気づいたときには、ミズチ様が必死な形相をして、状態回復魔法を掛けているところだった。 おそらくそれが最後の状態回復魔法だったようで、次の回復魔法で僕は完全に元気を取り戻した。 もしかして僕ってまたしてもHPが減って、幼少加護が発動して助かったのだろうか。
ミズチ様は結構憔悴したようで、暫く何も話さなかった。 そして数分で落ち着きを取り戻したのだが、気落ちした様子であった。
「この魔物はかなり危ないの~ 今日の調査はこれで終わりにするのじゃ。 この魔物素材は処分して仕切り直すべきじゃな。 HPを強化していないアレンに手伝わせたのは拙かったのじゃ。 本当に悪いことをした。」
おお~初めてミズチ様が僕に謝罪の言葉を……、と思ってしまった僕はそんな自分に自己嫌悪した。 そもそもミズチ様は高貴な身???のはずなのに泥塗れで魔物の死体を調査し、人々のために回復魔法の魔道具を研究しようとしているお方なのだ。
早めに馬車で家に送り届けてもらった僕は、家族に不審がられたのだが、心配させたくなかったので顛末は伏せておいた。
そして翌日、馬車の迎えは来なかった。
まさか首? 焦った僕は徒歩でミズチ様の工房へ向かったのだが、留守のようでドアは開かなかった。 翌日も翌々日も同じであった。 そして諦めた僕は家に閉じ籠ることになってしまったのである。 ミズチ様、一体どうしたんだろう……。