6. 弟子入り
あっという間に半年が過ぎた。
件の卒業資格試験は無事に合格していたので、小学校や中学校は免除となった。 それは良い事なんだが、もしかして僕って友達を作る機会を逃した? そう思うとちょっと寂しくもあった。 友達については、大きくなってから入学することになる魔法学校等に期待すればいいだろう。
さて、あれから僕はミズチ様のところに弟子入りすることになってしまった。 ミズチ様は王都のかなり偉い方のようだったが、詳細は教えてくれない。 それにしても僕が小さいからって、毎日店の前まで立派な馬車で迎えを寄越すのは止めてほしい。
まず僕に要求された仕事は、実験室の本の暗記だ。 つまり、<文字記録ボード>を有効活用して文字通り生き字引にされるのである。 まあ僕としては本当に暗記しているわけではないので苦労はしていないが、暗記させられている本の内容が眉唾と言って良いぐらいに微妙なものばかりに見えたのが辛かった。 普通のBRD持ちは、それほど沢山の本を記憶させても無駄になるだけなのにちょっと酷くない?
僕の本当の仕事は、弟子?としてミズチ様の魔道具の研究を補佐することだった。 魔道具は、魔力を用いた道具であり、基本的には人の魔力用いて稼働するタイプと、予め魔力タンクに貯めてある魔力を用いて稼働するタイプの2種類に分けられる。 魔道具は魔法師でなくとも使用できるので、この世界では重宝されている道具である。 魔力は多かれ少なかれ全員が持っており、誰でも使えるというメリットがある。
代表的な魔道具は、最近開発された内燃機関のような原理を用いた動力だ。 これは、トレモロという魔法植物の袋を使い、氷属性の魔力を流すと縮み、火属性の魔力を流すと膨らむという性質を利用したもので、比較的小さいINT系の火属性と氷属性の魔力で動作させることができる。 トレモロの袋が何故このような性質を持つのかは、袋内部の少量の水が気化したり液化したりするのが原因ではないかと考えられているのだが、火魔法や氷魔法では水を温めたり冷やしたりできないので不明な点が多い。 ちなみに火魔法や氷魔法は、空気を温めたり冷やしたりする魔法である。 また、袋自体も謎物質であり、あり得ないぐらいに伸縮性に富んでおり耐摩耗性も高いため耐久力が高く、非常に有用な材料となっている。
魔力をINT系の火属性に変えたりINT系の氷属性に変えたりは、ギガモネというウニに似た魔物の針を用いることで実現されている。 針が短いものは火属性に変換され、長いものは氷属性に変換される。 これにより、INT系の魔力をどちらに流すのかによって、トレモロの袋に流す属性を変更させてピストン運動を実現させるのだ。 連続的に動かすためには、このピストン運動の動力を物理的なスイッチ切り替えてフィードバックすることで実現できる。 いわゆるガソリンエンジンにおけるプラグ点火みたいな仕組みだ。
魔道具の技術は結局のところ、魔物素材をどのように活用するかの技術であると言えるだろう。 また、魔力自体は膨大なエネルギーを持っているようで、ちょっとした魔力でも膨大な動力が得られる。 人が使う魔法ではそんな出力はでないので、人の使う魔法の魔力効率は著しく小さいというのが最近の定説となっている。 ただし、魔道具では、水生成魔法のように質量のある水を発生させたりはできないし、水操作魔法や空気操作魔法のような操作系の魔法についてはコントロールが難しいらしく、実用的な魔道具は実現されていない。
回復魔法については素材がないので研究すらできない状況である。 現在では、専らいかに火魔法と氷魔法を応用するのが魔道具開発の主流となっている。 内燃機関のようなものが開発済であるので、自動車なども実現されてはいるのだが、人力車と比べると高価であるし、少なくとも田舎については、馬車が一種のステータスなのでまだ無くなっていない。 もう少し時代が進めば、人力車と馬車は無くなっていくことは間違いないだろう。
さてミズチ様は、チャレンジャーである。
回復魔法系の魔道具を実現するという、今までの歴史上ヒントさえ発見できていないレベルの目標を掲げておられる。
治療師が少ないこの世界では、病気やケガで苦しむ人達の治療を優先する必要があるので、治療師をダンジョン探索やフィールドの魔物討伐などの危険業務へ十分に配置できていないのだ。 そのために逆に魔物による被害も増加してしまうという問題も起きている。
回復魔法の魔道具実現のために一番最初に望まれるのは、魔法を発動させるためのMND系素材である。 魔石の高級品である魔核魔石であっても、残念ながら発動媒体にはならないため、それ以外の素材が望まれている。
MND系素材の発見のために、ミズチ様は状態異常攻撃を仕掛けてくる魔物素材の調査から入るというアイディアを提唱していた。 人に状態異常をかけるということは、人自体に影響を及ぼす何かを持っているのではないかという発想なのである。
INTは物質に影響を及ぼすステータスであり、INT系の魔道具のみが実現できている状況にある。 回復属性の基本となるMNDは、人に作用をもたらすステータスであると言えるので、逆転発想で、人などの生物に影響を与える魔法はMNDステータスに関わっているのではないかと推定したわけである。
もっとも人間はMND系の魔法を扱えるから素材が取れるのではないか、という悪魔的な発想が大昔にはあったようだが、人は魔石を持たないので魔法系の素材にはなりえないというのが結論なのである。(人体実験とかしたのかな…恐ろしい時代に生まれなくてよかった)
僕は、状態攻撃を使う魔物素材を調査するというこの方針を聞いたとき、”すごい!”と ミズチ様をハッキリ言って尊敬してしまった。 最初の印象はアレであったが、印象は変わるものであるというのが実感できたのである。
それはさておき、今日はこの前の惨事を引き起こした魔物の素材が手に入ったので、研究することになったのである。
「ウェッ こんなものが群れで襲って来たんですかね。 その場に居なくてよかったです」 僕は正直に感想を述べた。
スライムとゴブリンとあの禍々しい黒い虫を掛け合わせたような最低の形状と言えるだろう。
油断するとちょっと口から胃液がでてしまうレベルで最悪だ。
ここへ運んでくれた完全防備のダンジョン開拓団の方も、いい報酬が出るとしても嫌そうにしていたのが丸わかりだった。
「じゃ、調べるから、ここへ置いておくれ」
ミズチ様は僕に軽い気持ちで指示を出したわけであるが。魔物の体長は僕の倍ほどもあるためどう考えても無理だ。
「開拓団の方がまだ近くにいるはずだから頼んできます」 といって外へ出ようとする。
「弟子なんだから、お前でいいから早く」
ミズチ様は僕を急かせるのだが、僕には運べないから頼みにいくのだ。
分かっておられるのだろうか。
ミズチ様に悪気がないのは、この半年で十分理解しているが、集中すると辺りのことが疎かになるという欠点があったので本気である事が多い。
何とも恐ろしいことである。
そういう時は修正して上げなければならない。
そうしないと弟子どころか僕は人生からも放り出されそうだ。
「ミズチ様。 僕はまだステータスが低いので運ぶ力がありません。 それに、この魔物素材は防護なしでは危なくないでしょうか。 ミズチ様も防護してからお調べください」
「う~む。 使えないのう 全く。 では防護服の準備をしておくれ」
「はい 外から防護服を持ってきます」
開拓団の方にお願いすることにして、ミズチ様が何かを言う前に速攻で外へでた。
外では、防護団の方が帰還する準備をしていた。
「すみません もう少し手伝ってください。 実験室の作業台まで運んでもらえないでしょうか」
開拓団の責任者だろう方が、振り向いて一瞬嫌な顔をした気がしたが、さすがプロである。
すぐに対応してくれるようで、一緒に工房へと戻って来てくれた。
「あの作業台へお願いします」
開拓団方々はすぐに運んでくれたので、僕が感謝の意を示すと、手を振ってくれてから去って行った。
結局誰が運んでも大した差はなかったようで、ミズチ様は作業台へ乗せられた瞬間から魔物の死骸を観察し始めた。
「すみません、防護服とって来るのを忘れました。 取ってくるのでちょっとお待ちください」
僕はわざと大声で話しかけて、 ミズチ様の関心が僕へ移るように仕向けた。
このまま放置していたら、防護服なしで作業を開始するのは見え見えなので、 ”危険ですよ” と暗に指摘しておいたのだ。
「回復魔法があるから大丈夫だ」
そういって、ミズチ様は魔物の死骸の方を再び睨むように凝視した。
「シャワーの準備ができていないので、防護服を取って着てそれからシャワーの準備をします」
”このままでは臭くなりますよ” と指摘したことで、ミズチ様は漸く一旦諦めてくれた。
僕は、すぐに行動を起こした。
時間がかかるとミズチ様は耐えきれずに触ってしまうだろう。
まるで子供のような方なのだ。
僕は外の倉庫から防護服を2セット取り出すと、すぐに実験室へ戻った。
ジャストセーフ!
まさに触ろうとしていた所だったので、魔物とミズチ様の間に防護服セットを強制的に割り込ませる。
一瞬にらまれたが、素直に服を着てくれた。
ミズチ様が問題なく着てくれたかをチェックしてから僕も着こんだ。
さてグロな解体ショーの始まりだ。