57. 魔法の威力
翌日は晴天だった。
雨が降っているとスッコロビの睡眠魔法が無効になる(雨水で直ぐに解除されてしまう)ため、睡眠魔法を作戦に組み入れるならば天候は重要である。 その点晴天ならば好都合の戦闘日和といえる。
突然投石キャットに襲われることは避けたいので、僕たちはスマイルさんの探知――最近の多用で研ぎ澄まされてダブルギフトと言っていい域まで達していた――を使って、辺りを警戒しながら林の中を慎重に移動していった。
スマイルさんの探知範囲はおよそ30m程度だそうで、それ以上離れると次第に精度が落ちていくとのことだ。 スマイルさんが指示する方向へガイアさんが少しだけ先行し、スマイルさんが続き、その後を僕らがついて行くというのが今の僕らの探索スタイルになっている。
3時間ほど進むと、スマイルさんの探知に投石キャットらしき魔物がひっかかった。 その時点その場所に止まって結界を張り、各自強化魔法を使うなどして戦闘準備を整えた。
サトリさんのゴーサインを受けてガイアさんが大声で吠えた。
「そこにいるのはお見通しよ~。 潔く出てこいや~!!」
魔物なのだから挑発の言葉自体に意味はないが、これがガイアさんのスタイルなのだ。 相手は知性の低い魔物だ。 スマイルさんによれば音に反応して魔物が僕等の方へ接近してきて、すぐにガイアさんへの投石攻撃が始まった。
カカカン、ゴン、カン、ドコン。
見たところ投石の数はさほど多くない。
そうなれば前回の戦法で対処できる。
先ずサトリさんが魔物を引き付けたガイアさんのお腹へ爆裂魔法を叩き込んで、フィリアさんがガイアさんを治療した。 結果、爆裂魔法の衝撃で木から落ちて来た投石キャットは3匹だった。
これはチャンスとばかりに、僕は睡眠魔法を使ってみた。
3匹の猫は音もなくその場に寝てしまい投石攻撃は止まった。 しかし思わぬことにガイアさんも崩れるように寝倒れてしまっていた。 焦った僕は慌ててガイアさんの頭めがけて水生成魔法Lv1を使った。
パシャッ
「ガイアさん、すみませんでした。 ガイアさんまで寝かせてしまうなんて思いませんでした」
水を浴びせられたことでガイアさんは目覚めて立ち上がった。 一瞬何が起こったのかわからなかったのだろう、慌てて辺りを見回して投石キャットが寝ていることを確認して始めて僕に寝かされたことを理解したのだと思われた。
「うっ、まあいい。 まさかお前の睡眠攻撃が前方範囲で敵味方関係無しとは思わなかったぜ。 まあ今回は仕方なかったな」
「次から気を付けます」
「ああ、そうしてくれ。 だからと言っても本当の危機なら、容赦なく俺も寝かせてくれていいぜ。 今の感じじゃ直ぐ起こしてくれれば問題なさそうだ」
「はい。 すみませんでした」
サトリさんがそんなガイアさんにニコリを笑いながら話しかけた。
「ガイア。 結局これで人体実験も成功ということだね」
「くっ。 まったくだな、ディフェンダーっちゅうのは割に合わね~役回りだぜ」
そんな会話の後、すぐに僕は投石キャットへ睡眠魔法を重ね掛けしてみた。 もちろんガイアさんをその場から退避させてからだ。
あとは寝ている投石キャットにスマイルさんがクリティカル攻撃を連発して、一体ずつ確実に仕留めていくだけだった。 そして倒した3匹の投石キャットから取れた空間小袋は3つだった。 つまりラッキーなことに空間小袋の取得率は100%だったのである。
「スマイルちゃんは、スマイルちゃんのクリティカル攻撃が良かったのかな~と思いますぅ」
「そうね。 こんなに取れるなんて、そんなこともあるかもね。 とりあえず今後もこのやり方を続けてみてはどう?」
「ちょっと待て。 睡眠攻撃前に一応俺は攻撃範囲からずれるように脇に退避するからな! それまで睡眠魔法は控えろよ?」
「了解です」
僕たちはその後探索へと戻り、2回目の投石キャット戦を行った。 睡眠魔法を使うパターンで5匹ほど倒してみたところ、空間小袋を4つと空間倉庫1つが得られた。 つまり先程と同様に小袋等の取得率は100%だったのである。
何度か投石キャット戦を行い、睡眠攻撃を使ったり使わなかったりを試したところ、僕の攻撃とスマイルさんのクリティカル攻撃とが重なった場合のみ空間小袋や空間倉庫を必ず得ることができることがわかった。
そして一週間ほど経過した時点で、得られた空間小袋などの総数を数えたところ、空間小袋21個、空間倉庫4個というトンデモな結果になってしまったいた。
「なあ、これっていいのか? こんな確率で空間小袋や倉庫を獲得できるって異常じゃないのか?」
「そうよね。 世間一般で言われている小袋の取得率は5%程度だし、スマイルちゃんやカインちゃんが関係しないとやはり同じ位じゃないかしら。 空間倉庫については、……今回の結果は兎に角異常だし何かとヤバイわね」
「……」
「スマイルちゃんとカイン君の事が知られてしまうと大騒ぎになってしまうね。 う~ん、仕方がないな、取れた空間小袋や倉庫の実数は隠すとするか……」
「えっと、それって売れなくなるの? スマイルちゃんは少し悲しいかも」
「当面は最初に得られた分だけ報告して売れば、スマイルちゃん達の活動資金は十分ではないかな? それ以上の資金は有っても混乱するだけだと思うよ」
「ああそうだな。 孤児院のアイツ等を贅沢させちゃ、今後のためにならないぜ。 2万ギリルもありゃ、当面は大丈夫だろうしな」
「わかった。 それではそういうことで隠すとしよう。 今までの分は全てカイン君のアイテムボックス?の中に預かておいてくれ。 万一でもそれらが他人に見つかってしまうと面倒だからね」
「あ! 僕とガイアやスマイルちゃんは、それぞれ個人専用の空間倉庫を持つことにしようか」
「はい。 わかりました」
「お、おう」
「やった~」
それからも探索は続き、さらに約1週間後、遂にダンジョンらしき洞窟を発見した。
ここで引き返して報告することも考えたが、サトリさんの提案で暫くダンジョンを出入口を観察することになった。 折角フィールドに出てしまった投石キャットを殲滅?したのだから、次いでにこれ以上ダンジョンから出て来ないようにする――つまり溢れ出ないようにするには、どうしたら良いかを検討するのだ。
このダンジョンがどの位のペースで魔物を生み出しているのか、そしてどの程度ダンジョンの中に魔物が生息し、どこまで間引いておけば、ダンジョン討伐隊の到着までの猶予を稼げるのか、
それらを見極めるのだ。
僕らは準備を整えてからダンジョンの中へと入って行った。
そこがダンジョンであるかは、おおよそ中の壁面が淡く光っているかで判定できる。
何故光るかについては不明なのだが、このような光る壁面は非常に固く壊れ難い性質を持っており、戦闘で攻撃が当たってもビクともしない。 極稀に何等かの原因で崩れることもあるのだが、そのような壁面の光り方は少し弱いのである。
僕たちが入って行ったダンジョンは入口こそ弱い光だったものの、ある程度入って行くと明るく光る壁になっていた。
僕らはとどんどん中へと入って行く。 そして入口から200mほど進んだところでスマイルさんが止まった。
「えっとね。 この先に沢山いそうだよ~。 このまま進む?」
「スマイルちゃん。 どの位の数いそうなの? 私たちの手に負える範囲ならよいのだけれど……」
「もう少し進めば分かるかもだけれども、見つかる可能性もあるよ~。 今見えているのは20匹ぐらいの集団かな~。 こちらの方へ進んで来てるみたい」
「20匹か……。 ダンジョンの中とはいえ睡眠攻撃無しだと厳しい数だな」
「スマイルちゃんは、ちょっと怖いから逃げたいかも……」
「私も逃げたい気分だわ。 サトリンどうする?」
「今はカイン君の睡眠攻撃が使えるから、無傷で勝てる公算が高いと思うんだ。 ……そうだね、一度あの岩陰まで退却してから様子を見よう。 30匹を超えるようなら、退却すべきかもだね」
ということで僕らは50mほど退却してから岩陰に隠れ、結界を張り直してそれぞれ自己強化を開始した。
スマイルさんは、僕たちの頭上に大きな鉄板をかざして投石攻撃を防ぐ準備をした。
ガイアさんも突入に備えてその時を待った。
「24匹かな~。 睡眠攻撃無しのパーティならヤバイかも~。 サトリンどうする~?」
「……これは外へ出してはならない数だ。 しかし、こちらには勝算がある。 やってしまおう」
サトリさんの裁定が下った。 そしてサトリさんが僕等に指示を与えていく。
「まずガイアが前に出て攻撃を受けてくれ」
「おう、任せておけ」
「そしてカイン君、スマイルちゃん、カイン君はスマイルちゃんが頭上に掲げる鉄板の陰から睡眠攻撃を放ってくれたまえ、もし打ち漏らしが出たらアスナちゃん、ガイアを中心に範囲スタンをお願いするよ」
「わかりました」
「おっけ~」
「スタン準備します」
「僕は爆裂を準備しておいて必要になったら使うから、ガイア以外は爆裂を打つ時には岩の陰へ隠れてくれよ。 そしてフィアちゃん、ガイアの治療の準備をお願いするよ」
「了解、まかせて」
その集団全てがここから20m以内の射程圏内に入るのを待ち、射程圏内に入ったところで僕らは戦闘を開始した。
ガイアさん岩陰から飛び出し頭上に盾を掲げて突入していく。
「おら~! お前ら!! かかってこいや~~!!」
当然ながら盾へ多量の石が降り注ぎ始めた。
ゴン、ゴゴン、ガン、ゴン、ゴン、カン、ゴン、ドゴン、ゴゴゴン
凄い量の石や岩石だ。
流石にこのままではガイヤさんでも長く耐えられそうにないだろう。
僕はスマイルさんの持つ鉄板で頭を守られながら、結界の外へでるとガイアさんに警告を発して睡眠攻撃を仕掛けた。
「睡眠使います!」
パタ、パタ、パタ、パタ。
投石キャットの群れとガイアさんは、僕の睡眠攻撃で一斉に眠って倒れてしまい、辺りは突然静まり返った。 僕はガイアさんの上に水生成Lv1で水を掛けてあげた。
パシャッ
「……」
「……」
確認すると24匹すべての投石キャットが寝倒れていた。
「よし! スマイルちゃんの攻撃の番だぁ~」
スマイルさんがはしゃぎながら寝ている投石キャットにクリティカル攻撃を加えて次々に止めを刺していった。
30秒近く経過したところで、スマイルさんに一旦下がってもらって、睡眠魔法の重ね掛けをおこなった。 それを10回ほど繰り返し、戦闘は僕らの完全勝利で終わった。
「な、なんか、あっけなかったわね」
「そうだね。 まるで夢を見ているようだよ」
「俺の役目はちょっと叫んで、ちょっと攻撃を受けて、眠らされただけだったな」
「お兄ちゃん。 怖い……」
「スマイルちゃんは簡単で楽だった~」
「ダンジョンだと隠れる場所がほぼ無くて、こちらから見ると前方だけに魔物が居るので、前方範囲の睡眠攻撃はすごく有効ですね」
「そうだね、こういう地形では僕の爆裂魔法もある程度有効なのだけど、周囲全方向への攻撃だし、離れている魔物へは効果が低くなってしまうからね。 それと比較すると睡眠攻撃は、無音だし射程も長いから非常に効果的だね」
「今まで以上に楽に駆除できるってことだな。 それならよ、魔物の間引き作業を俺等でどんどんやっちまうか?」
「スマイルちゃんは賛成なのです~」
「……安全に出来そうだから、サトリン、私も賛成ね」
「そうなると、まずは魔物の後処理を行わないとだね。 それから本格的に投石キャットの間引きに移ることにしよう」
投石キャット24匹の解体が終わり、収穫は空間小袋18個と空間倉庫6個で、そのうち1個の空間倉庫は10立米級だった。 投石キャットの死体は、僕が隠し持つ空間倉庫へと収納し、ドロップした魔石はフィリアさんが使った。
それからさらに一週間かけてダンジョン内の投石キャットの間引き討伐を行った。
僕らはかなりダンジョンの奥へと進んでみたのだが、遭遇したのは投石キャットの集団のみだった。 これから投石キャットは別の魔物に追い立てられているのではなく、数が増えすぎて溢れ出ているのだと結論できる。 外に居たアシエラプトルやオークは全て投石キャットにダンジョンから追い出された結果だったのだろう。
投石キャットがダンジョンの奥から出てくるペースは、1日あたりだと数匹程度と見積もられ、僕たちの間引き討伐によって、ダンジョン内から魔物が溢れ出でるまでの猶予期間は1か月以上にまで稼げたと計算できた。
フィールドとダンジョン内で取得できた主な物の合計は、空間小袋は143個、空間倉庫は46個、空間倉庫のうち10立米級の空間倉庫は7個、INT系魔核魔石26個だった
空間倉庫が沢山あるので、フィリアさん、サトリさん、ガイアさん、スマイルさんは、それぞれ10立米級の空間倉庫を持つことになった。 もちろん今までフィリアさんに貸していた空間倉庫は返却してもらい、僕がアイテムボックスの中に保管した。