52. 火水魔法
そして僕らは直ぐにダンジョン探索へ旅立った。
スマイルさんの野生の勘?は健在で、直ぐにあのオークの群れのキャンプまで辿りつくことができた。
野生動物が始末したのだろうか 、そこにあったはずのオークの死体はきれいさっぱり無くなっていた。
フィリアさんの空間倉庫には、前回のオークヒーラの肉の余りと、僕等から渡した肉、そして野菜類やお弁当類も沢山も入っている。
その代わり、ある程度の雑貨類は僕らの空間倉庫へと移動されていた。 つまり頻繁に出し入れするものはフィリアさんの空間倉庫へいれて、その他は僕らの空間倉庫へと格納したのである。
例の隷属魔法騒動もあって予定としては遅れてしまったが、今度は僕の12立米の空間倉庫を有効活用することで、パーティの準備としてはほぼ完璧になっていた。
ちなみにオークキングの死体についてはギルドマスター経由で処分してもらっていた。
僕達はオークの群れが居た場所を通りすぎて南西の山の方へと、さながらさ迷うように進んで行った。 それでも魔物との遭遇頻度は確実に上がってきており、オーガまで2体、3体とかで出現するようになっていた。 ただしオーガの場合にはオークの群れの時のような上位種はいなかったので討伐には全く支障はなかった。
そんな探索をしばらく進めていると僕らは植物園というかお花畑のような開けた場所に出た。
そこには魔法植物が生えており、付近の在来種の木々が駆逐されているのがわかった。
魔法植物とは、自由に移動しない性質をもち、魔法的な何かをもっている植物の総称である。 魔法植物は各地にも点在しているが、基本的にダンジョンの近くであることが多く、さらに特定の条件を満たす場所に生い茂るのである。 その特定の条件とは土質であったり、在来種の木々であったりするそうなのであるが、その詳しい生態は不明なところが多い。
ただし魔物素材と同様に有用な素材が採取できたりするので素材研究だけは進んでいた。
有用な魔法植物素材の代表的なものとしてはトレモロという植物の袋がある。
この植物の袋は、トレモロ機関と呼ばれる動力に使われ、自動車や高速船舶のエンジンなどに活用されているのである。
次に有用な素材としては、魔法薬草と呼ばれ、服用することによって治療魔法などの劣化版的な薬を作る原料などもある。 魔法薬草から作られる魔法薬の効き目は時間がかかることと、魔法薬草自体の産出が限られてしまうことから世の中にはそれほど普及できていない実情がある。
とはいえ治療師の数を確保できていないような冒険者パーティでは必需品となっているため、かなり良い価格で取引されているのが現状だ。
色鮮やかな美しい花や妖艶な花、光るコケや、周期的に色が変化するものなど鑑賞用の魔法植物も多い。 中には毒を持ったり、植物とはいえ近づくと針を飛ばしたり巻き着いて来たりと有害な攻撃をしてくるものもあるので、迂闊に魔法植物の群生地に踏み入るのは危険である。
僕らはこの魔法植物の群生地の近くで、暫くの間キャンプすることにした。
僕たちの使命はダンジョンの発見ではあるものの、そこへ至るまでの調査も必要で、この魔法植物の群生地についても調査の対象であると言えた。 これによって派遣されてくる討伐隊に採取チームも加えるかどうかも決まるからである。
さらに言うと僕らの探索活動は急いでいるというわけではない。 本隊が到着するまでの時間を有効に活用してのボランティア要素を含むオプション活動なのだ。
Aランク冒険者という貴重な戦力を遊ばせておくのはもったいないといった感じの緩い条件の任務だ。
「いや~、綺麗な風景ですよね。 まるで鑑賞用のために整備された庭園のような感じですね」
「カインちゃん。 確かにこれはなかなか見れる光景じゃないわね。 十分楽しむといいわよ。 あとお花なんかは高値で売れたりするから、持っていけるなら確保しておいても良いわね。 まあそれよりも薬草の方が高値で売れていいけどね。 乾燥させて粉末にすれば嵩張らないから、倉庫を圧迫しなくて都合が良いしね」
「分かってはいるとは思いますが、僕たちは今のところお金には不自由してないので、あまり興味はないです。 フィリアさん達はどうなんですか?」
「そうね、私たちもかなり良い収入があるから魔法薬草は余り魅力は無いわね。 だけども薬草の確保は人助けのためには重要なのよ。 これだけの群生地だから、かなり採取しても直ぐに復活しそうだし、できるだけ集めた方が良いわね」
「そうですか。 人助けのためというわけですね。 僕のような ”ちびっ子” が人助けのため、とか笑われそうな気がしますけどね」
「必ず採取しなきゃならないという訳ではないから、気が向いたら採取するというので良いと思うわよ。 それよりも、アスナちゃんの面倒を見てあげた方がいいわ。 あんなに夢中になってお花とか綺麗な植物をかき集めてたらいくら彼女の倉庫が大きいからって限度があるんじゃないかしら」
「はぁ~。 アスナも普段からあれくらい無邪気に遊んでいれば、只の可愛いちびっ子なのに、口を開いたと思えば、全く可愛げが無くなるんだから困ったものですよ」
「カインちゃん。 自分のことが棚に上がってるわよ。 気をつけなさいね」
「……」
ガイアさんとスマイルさんは、必死で薬草の採取をしている。 空間倉庫で必要になる体積の割合に高値で取引できるからだそうだ。
Aランク冒険者なのにお金に不自由しているのだろうか? 何となく不思議を感じてしまった。
サトリさんは群生地を本当の意味で調査しており、群生状況のマップを書いているようだった。
フィリアさんはアスナに付き添って、綺麗な景色に酔いしれている。
僕はというと、魔法を使う植物に興味があった。 なぜなら<識別ボード>の一覧表で空白欄を埋める魔法が有るかもしれないからだ。
色々な植物を棒でつついたり叩いたりして魔法の発動を促していたのだったが、既知の魔法であったり、全く魔法とは関係のない動きをする植物だったりで、成果を上げられないでいたのである。
そんなある時、僕が藪の中を棒でつついていたら、いきなり針をもった風船のような大きな植物が出現して僕は吹っ飛ばされてしまった。
ぐあっ! 痛い、痛い。
ぼくはダメージを受けた。
幸いサバイバル装備を装備していたため、一番激しく食らったお腹の部分は無事だったのだが、右太ももを軽く負傷してしまった。 幸い僕の大事なアソコも装備で守られて無事だった。
すぐに僕は、自分に回復セット3の魔法を使い、回復と防御力向上、そして自己強化を掛けた。
回復してから、僕はその大きな植物を観察しようとしたのだが、生憎と藪の中に紛れて何処にあったかわからなくなってしまっていた。
も、もしかして、これってトレモロ?
もしトレモロならば大発見である。 なぜならトレモロという魔法植物は最重要な素材が取れるのにアタスタリア王国でしか生息していない魔法植物だからだ。
もしトレモロならばトレモロ機関の生産をアタスタリア王国に頼らずとも済むようになるので世界情勢すらも左右するような発見で、面倒事に巻き込まれる可能性がある。
僕はその発見を一旦無視しようとしたのだが、好奇心に負けてしまった。
空間倉庫から長めの槍を取り出してそのトレモロらしき植物がいる場所をつついて回ることにした。
トレモロはその袋の内部で魔法が発動されているとされているため、つついてちょっとだけ穴をあけてやろうと思ったのだ。
藪をつつくこと数回で手ごたえがあったと思ったら、再びあの大きな植物が出現して僕は槍ごと弾き飛ばされてしまった。
それでも僕はその魔法植物を十分観察できた。
それはトレモロモドキという魔法植物のようだった。
トレモロモドキは、トレモロに似た魔法植物であるのだが、その袋の耐久性はそれほど高くなく動力機関には向かないとされている外れ植物なのだ。
僕は不心得にもホッとしてしまったが、魔法の研究には全く問題がないので、執念深くそいつを槍でつついてみた。
そしてトレモロモドキが ”シュッ” という音をたてて穴が開いて反応しなくなった。 その瞬間、僕の<識別ボード>の一覧表に新たな項目が追加された。 それも今までは埋まっていなかった未確認の種別にである。
新たに追加された魔法レベルは1で、現時点の僕にも使えるかもしれないので新発見に僕は喜んだ。
そして2匹目のドジョウを狙ってさらに藪をつつきまわしたのである。
魔法レベルが高い育ったトレモロモドキを破裂させてみたいのである。
何回かトレモロを見つけてつついてみたところ、今度は ”ポン” という音を立ててトレモロモドキが破裂した。
それにより<識別ボード>ドにはその魔法のレベル2が刻まれていた。
おお~! やった~! 二つも新種の魔法を発見してしまったぞ!
僕は調子に乗ってさらに藪をつつきまわした。
そして数回トレモロモドキを成敗したあとで、ついに ”ドン” という大き目な音がして、魔法レベル3まで取得できた。
そして流石に大きな音がしたからか、心配したサトリさんとフィリアさんがやって来た。
「カイン君。 音がしたようだが、何があった? 怪我はないか?」
「はい大丈夫です。 トレモロモドキを発見したので、槍でつついて実験をしてました。 そしたら破裂してしまったんです」
「カインちゃん。 実験って程々にしてね。 トレモロモドキをつつき回すなんて、まるで子供のいたずらよ?」
「僕はどう見ても子供なので、問題はないですね」
「……」
「……ところで、その実験は有意義だったのかい? 私としては危険なことはしてもらいたくないのだが」
「はい、有意義でした。 新種の魔法を発見しました」
「なんだって!? それは大変なことじゃないか。 ……本当に君は、色々とやらかすな」
「すみません。 でもトレモロモドキなんですよ? これってトレモロの魔法と同じ可能性があると思うんですよね」
「なるほど、それは重要かもだね。 それでその魔法はどんな魔法なのだね?」
「いえ、試してないので分からないです。 危険かもしれないのでやってないです。 けれども魔法レベル1のも取得できたので、丁度いいから実験してみるのも有りですね」
「確かに、実験するならこのような奥地の方が人目に付かないし、人に迷惑も掛けないからやってみるのも手だね」
「サトリン、実験するなら、私も付き添うわ。 もしもの事があると嫌だから」
「分かったよフィアちゃん。 ええと、 そうだあの岩の蔭からやってみようか」
「はい。 わかりました」
さて楽しい実験のお時間である。
僕は自己強化を行い、サトリさんに防御付与Lv3を掛けてもらった。 防御系の魔法は、MNDとINTのレベルが必要なのでフィリアさんよりもサトリさんの方が高い魔法を使えるのだ。
岩蔭に隠れて、ちょっとだけ顔をだして新魔法を発動させようとした。
「……」
ところが魔法は発動しなかった。
「すみません。 発動しませんでした」
「そうか。 なら未知のステータスが関係していそうだね。 カイン君それら未知ステータスの修練値は今どのぐらいなんだい?」
「ええと、71です。 100までは後一か月半程といったとこです」
「そうか、じゃカイン君の新魔法の実験は後回しかな」
「はい。 そうですね」
そういった途端に閃いてしまった。
僕はすぐに回路を組んで発動してみた。
ジュワワワワ
僕がイメージしたところに沸騰した水が発生した。
僕が組んだ魔法回路は、 水生成魔法Lv1と、今回の魔法Lv1の連続発動回路だった。
「ん? 何よあれ。 カインちゃん、今何かやった?」
「はい。 新魔法の発動の仕方が分かってしまいました」
「ほう。 それはどうやったんだね? 説明してくれるかい?」
「はい、この新魔法は、水を温める魔法なのだと思います。 ほらトレモロの袋の中には水が少量入っているじゃないですか。 だから水生成魔法で水を作ってそれに使ったら発動しました」
「すごいわ。 カインちゃん。 これでお湯が簡単に沸かせるわね」
「はい。 その通りです。 野営が少し楽になりますよね。 通常の火魔法では空気を温めるだけですからね。 火を起こすには物を燃やさないとでしたからね」
「じゃ、鍋を出してやってみてくれない?」
「はい。 わかりました」
僕は、フィリアさんから預かっていた鍋を出して、先ほどの連続魔法を鍋に向かって発動した。
ジュワワワワ
所詮Lv1の水生成魔法なので、水は1リットル程なのだが鍋に沸騰した熱湯が発生した。
「カインちゃん成功ね。 これは実用的な魔法よ。 帰ったら大々的に広めましょうね」
「じゃカインちゃん。 つぎは大鍋をだしてみて。 サトリン それを水で満たしてもらえるかしら」
「ああ、わかったよ じゃ行くよ?」
サトリさんが水生成Lv3を手加減して大鍋に多量の水を出して満たしてくれた。
僕はそれに向かって先ほどの魔法を使ってみた。
ボコボコボコ
水の中心部から泡が出たと思ったらその泡はすぐに消えてしまった。
調べてみると、生ぬるい程度の温水になっていた。
「この魔法は温められる水の量が関係していうようだね」
「それじゃカイン君。 小鍋に水を少しだけうつして、やってみてくれないか? あ、念のために離れてね」
「僕は水生成Lv1を手加減して使い、その水に対してその魔法を使ってやった」
ジュワワワワ
結果的には最初とほぼ同じ結果となり沸騰した熱湯になり、気化熱で直ぐに冷えてしまい熱湯となった。
「どうやら、温められる水の量には関係ありそうだが、温度は変わらないようだね」
「はい。 僕もそう思います」
「なるほど、そうすると大鍋の水を温めるには高レベルの魔法が必要となるわけだね」
「そうね。 その可能性が高いかもしれないわ」
「それにしても、簡単に熱水が作れるんだから、お茶を飲むにはいい魔法だね」
「そうよね。 もう少し高レベルの魔法が見つかればもっといいわよ。 お料理が簡単になるものね」
「アッハッハ そうだね。 便利な魔法だよ。 これは大々的に普及させるべきだね」
「それでこの魔法の名称はどうs…」
「あの~ お話の途中すみませんが」
「ん? カイン君どうした?」
「僕、Lv2とLv3の魔法パタンも取得できているんですが、どうしましょう?」
「……」
「イヤイヤイヤ。 それは最高じゃないか。 実験しよう。 是非やってしまおう。 アッハッハ」
「……」
「サトリさんて、まるで子供みたいですね」
「……」
「……すまない。 久々に楽しすぎて浮かれてしまったようだ。 気を付けることにするよ」
「僕にはLv2とLv3の魔法は使えないので、魔法パターンをお教えしますね」
僕は紙を取り出して、その魔法のLv1~3の32ビットの魔法パタンを書き込んで手渡した。
サトリさんとフィリアさんは、僕が小鍋に出した水にLv1の魔法を試してみた。
何度か失敗はしたのだが、二人とも熱湯を作ることには成功した。
「じゃあ、やってみるか。 カイン君、小鍋に水を出してくれたえ」
「はい分かりました」
水を1リットル出した。 ところでサトリさんの詠唱が始まった。
そして、始めてであってもLv3の魔法の発動に成功した。
ドォォン!!
僕はフッとばざれた。
サトリさんもフッとばされた。
フィリアさんは岩陰にいたので無事だった。
「ぐぉっ!」
「うぁっ!」
「ひっ!」
僕はすぐに気を取り戻して、一番重症と思われるサトリさんへ回復セット1を使った。
「サトリさん。 それってLv3じゃないですか。 なんでいきなりそんなことを」
「ええっ! Lv2の魔法を使ったはずなんだが、 ってアレっ!」
「僕も安心してチェックしてなかったので悪いですが、サトリさんがミスるなんてちょっと驚きです」
「本当にすまない。 まさか初歩的なミスをしてしまうとは思わなかったよ。 ……それにしても、もう少し鍋の傍にいたら危なかったな」
「そうでしたね。 もしかしたら欠損回復が必要になるぐらいの傷を負う可能性はぐらいはあったかもですね」
「サトリン。 無事で良かったわ」
「……」
「イヤイヤイヤ。 これは危険だな。 これって火魔法Lv8かLv9位の破壊力があるじゃないか。
こんなものは一般公開できないな」
と、そこへアスナ、ガイアさん、スマイルさんが走ってやってきた。
「どうした! アシエラプトルでも現れたか?」
周囲を警戒しながら、ガイアさんが尋ねてきた。
「いや、実験にミスしただけだよ。 問題ないよ」
「スマイルちゃん、驚いちゃった。 実験で火魔法Lv9をブッぱなすなんて、サトリンも一皮むけたねー」
「いや~、申し訳ない。 やり過ぎてしまったよ。 これから気を付けるよ」
実験はここまでで終了となった。
後日、Lv2の実験も行ったのだが、細心の注意を払った結果、破壊力というよりは風圧が凄いといった感じだった。
まあそうだよな。
水って気化すると体積は何倍になるんだっけ? 1モルが18ccで気体になれば22.4リットルだよね。
それだと体積比は……1万2千5百倍ぐらい? 1万2千気圧か!
まぁ実際には圧力窯のように水蒸気は120℃だと2気圧前後?なのだから、そんな事にはならないけれども温度が高いとその圧力に近づいていくんじゃないかな。
兎に角恐ろしいことだけは理解できたような気がした。
僕はその魔法を、火水魔法Lv1、火水魔法Lv2、火水魔法Lv3 と命名した。 それから執念深くトレモロモドキをつついた結果、 氷水魔魔法Lv1、氷水魔法Lv2 も取得できた。
氷水魔法Lv1は冷たい水にすることができ、氷水魔法Lv2は氷を作ることができたのである。
トレモロの袋は大きくなったり小さくなったりするのだが、内部の水分を加熱したり冷やしたりすることでそれを実現しているのだろう。 トレモロモドキが加熱と冷却魔法の両者を使うのは必然な気がした。