5. ファーストコンタクト
数日後、家に連絡があった。 中学校の卒業資格試験をやるから、中学校に来てくださいとのことだった。 何か急な話だし、この時期に試験やるなんて聞いたことがない。
ちょっと疑問を感じつつも、断る理由もないので、父に連れられて大人しく中学校へと向かった。 でも何で父が付き添うんだろう?
中学校に入ると、美人女性かと思われるようなイケメン男性教師が待っていた。 僕はまだ児童になったばかりだし、異性どころか同性の男性教師の容姿になどに興味があるはずもないのだが、何となくイケメンには敵意を感じてしまう。 そんな自分に苛立ちを覚えてしまった。
「こちらです」
男性教師はそうと言って、僕らをガランとした教室へと案内した。 父は外で待つことになった。
「そこへお座りください」
僕は最前列にある机と椅子に座ることになった。
「今から卒業資格試験やるんですか? 何点とれば合格なんですか?」
僕は合格点を聞き出し、怪しまれないように点数を調整するつもりだった。
「特例だから、満点で合格です」
何故か冷たく返されてしまった。 この教師は僕が嫌いなのだろうか。 特に身に覚えがないのだが。
「わかりました」
それなら僕もあなたが嫌いですよと態度で答えながら、点数の調整は諦めることにした。
試験は、1時間ほどで終わった。
一か所だけマニアックな設問があったのだが、僕にとっては予想通りのゴミ試験と言ってよかった。 試験が終わったので速攻で帰ろうとしたら、教師にそこでお待ちくださいと引き留められてしまった。
暫く大人しく待っていると、高級な服を着た身なりの良い紳士が秘書と思われる女性を伴って入ってきた。
何となく圧倒された僕は紳士に対して条件反射的に敬礼してしまった。 それを見た紳士は笑顔で、「そんな形式ばらなくていいよ。楽にしなさい」 と言ってくれた。 もしかして本当に偉い人だったのだろうか? 楽にしなさいと言われてもできるわけがない。それでもとりあず敬礼だけは解いておいた。
「いや本当に合格するとは思ってなかったよ カイヤの言ってた通りだな」
? カイヤって母だよね。 言ってたってなんだよ。 もしかして母の罠に嵌められた?
「ありがとうございます。 頑張りました」
「じゃ早速行こうか。 ついてきなさい」
何か命令口調なんだが、ここは逆らってはいけないようだ。 あと早速ってどこへ行くんだろう。
「あの卒業資格試験の合格証の交付ですか?」
合格して早速なんだから合格証の即日交付というやつなのかと期待して聞いてみた。
「ん? 君、卒業資格試験はどうなったのだ?」
紳士はあの教師に問いかけた。
訳が分からない。どうなっているのか聞きたいは僕なんだけど……と思ったが、勿論偉い人の手前なので、表情には出さない。
「今採点中です。あと30分ほどで結果が出ます」
そうだよな~まだ採点中だよな、ってなんでだよ! 合格したと言ったじゃないか! と一人でボケ突っ込みをしてしまった。
「ま~そんな些細な事はどうでも良いか。 まずは面接だな。 早く行こう」
紳士は構わずに僕を連れて行く気だ。 もうどこから突っ込みを入れていいか分からなくなったので、思考を止めて父の様子を窺った。 父はいつもと違い真剣な面持ちだった。
この状況は何なんだろう? ちゃんと6歳児にも分かるようにやさしく説明してください……お願いします(泣)。
そして素直に紳士の後を付いていくと、中学校の前になんか凄く立派な馬車が止まっていた。 やっぱりこの紳士はお貴族様だったようだ。 面倒なので貴族様には関わりたくなかったのだけれども、巻き込まれてしまった後じゃ腹を括るしかない。
馬車に乗ると、予想通り男爵邸のある町の中心方向へと向かっていった。 そして、あれ? 男爵邸では止まらずに、そのまま通り過ぎて北の工業区へと入って行った。 疑問に思い父の方に視線を送ったのだが、相変わらずの面持ちで感情を読み取る隙を見せない。 紳士の様子は、なんか楽しそうだ。 さてこれからどうなるのでしょう?
馬車が止まった。 紳士がさっさと降りてしまったので、僕も遅れないように続いて降りる。 颯爽と歩いていった紳士は、少し奥まったところにあるドアを開けてそのまま当然のように中へ入ってしまった。 その場所の見た目は普通よりかなり大きな家?であり、どちらかというと倉庫に近い。
何故こんな地味な場所に入って行くとかと不信に思いながらも、何も言わずに僕も入って行くと、ちょっと怖そうなおばさんがティーカップを両手で持って食い入るように眺めている光景に出くわしてしまった。
そして紳士は怖そうなおばさんに向かって親しげに話しかけた。
「期待の新人を連れてきたよミッチー 」
おばさんは紳士に冷めたような視線を送った。
「ちょっとエスナ、そのミッチーというのやめておくれ。 全く性懲りもなく今度はガキを連れて何しに来たのかえ?」
おばさんは僕を品定めするように僕に視線を這わせた。
え? 今、エスナって言った!? 領主と同じ名前? と少し狼狽えたが、外見上はあくまでも冷静を保つ僕である。
「性懲りもなくって……折角用意した弟子候補をすぐに首にするから苦労しているのはこっちなんだよ。 いい加減にしてくれないかなミッチー」
「冗談じゃなく本当にこの幼児を弟子候補に考えているのかえ? 全く何を考えているのか分からなくなるね。 この町はこれで大丈夫なのかえ? あとミッチーと呼ぶな。 ちゃんとミズチ様とお呼び!」
幼児って呼ばれてしまった。 ……さっきはガキって言ってくれたのに、僕は中学校卒業したんだぞ! と少しムカついたが、あの試験結果は結局どうだったんだろう。
「いや この子はあの問いに ”発熱します” って答えたんだよ? 十分使えると思うんだが」
「本当かいそれ? まぐれじゃないのかい」
おばさんが僕に目を向けたので、とりあえず頷いておいた。
「ほら本人がまぐれだって認めているじゃないか」
いや僕は”本当かいそれ?” という問いに答えたつもりなんだけど、どうやら反対の意味にとられてしまったようだ。 ま~どちらでもあまり大差はないだろうから放置することにした。
「その子は中学の卒業資格試験で満点だったのだよ。 それに、<BRDギフト>持ちなので<文字記録ボード>持ちのようなのだよ まぐれで答えたとしても今までとは桁違いに優秀だと思うんだがな」
……あれ? 卒業資格試験って採点中って言っていたような… まさかハッタリ?
ヤバイ、こういう大人の駆け引きに巻き込まれたくないからこの場から逃げ出したいけれど、 <文字記録ボード>持ちってことが関係しているらしいから、もしかしたら母からのリークなのかもしれない。 もしそうなら逃げることも誤魔化すことも止めておいた方がよさそうだ。
「ほう掘り出し物か。 まあ<文字記録ボード>持ちってのが本当なら、とりあえず使ってみる価値があるわけか、……まあ、わかった。 それじゃそこに置いときな、後で使ってみるのじゃ」
僕のことを言っているんだよね 完全に物扱いにされてしまっている。
「今度こそ首にしないでくれよ。本当に困るんだから。 じゃあ後は任せたよ」
そう言ってエスナ様は出て行ってしまった。 取り残された僕と父はどうしたらよいか分からず、暫く呆然としていた。
「先ほどの紳士はどのような方なのでしょう?」
僕はミズチ様が近くにいるので小声で且つ丁寧語を使って父に尋ねてみた。
父は一瞬僕に目を見開いて驚いた表情見せたが、ミズチ様の様子を窺った後で僕に答えた。
「この町の領主様 エスナ・モトリオーネ男爵様だよ。 分かった上で受け答えしていたんじゃないのか? 最初に敬礼していたから承知していると思っていたのだが……」
いや、6歳児の僕が知っているはずがないじゃないか。 何言ってんだ父!
「ふぉっ、 ふぉっ、 ふぉっ。 坊主、知らないのに付いて来たのか? 知らない人に付いて行ってはダメって習わなかったか?」
ミズチ様、これは完全にからかいモードに入ってしまった感じだ。 さてどうしたものか。
「えっと 中学の卒業資格試験結果待ちで、その間に面接をするって聞いていたので父同伴で付いてきたのです」
ちょっとアレンジして ”僕は騙し討ちの被害者です” と暗に仄めかしてみた。 ミズチ様は、少し僕を訝しげに見つめて考えていたのだが、話を切り替えてきた。
「それはそうと、何故あの設問に ”発熱します” と答えたのか教えてくれるかえ? 」
あの設問とは、コイルのような巻き線の中心に置いた磁石を激しく上下させた場合に、それに繋がった非常に細い金属線がどうなるかについての問いだ。 物理的には、磁石の上下で交流の起電力が生じ、高抵抗の細い金属線へ電気が流れるので発熱するはずなのである。 前の世界の物理を知っていれば、ほぼ常識的な部類の回答だったのだが、電気工学があまり発達していない世界では、答えたらいけないレベルの設問だったのかもしれない。 どちらにしてもこの世界に存在しないであろう技術用語を話せるわけでもないので、答えは決まっていた。
「すみません、勘で答えました」
ちょっと居心地が悪そうなフリをして答えてみた。
「……まあいいじゃろ」
ミズチ様は妥協してくれたようだ。 もしかして、ついでに解放してもらえないだろうか。
「坊主、”エレキテル”って知ってるか」
うぁ~直球を投げてきたよ。
「はい知っています。 冬に金属に触れるとバチってくるやつとか、雷とかです」
ミズチ様の目が光ったような気がした。
僕はハッして ”雷” を例に挙げてしまった失敗に気づいてしまった。
「なぜ雷がそうだと思ったのだ?」
速攻で追い打ちをかけられた。
「バチッってくる奴の大きいのだと思ったからです、バチッってくるのも光りますし間違いないと思いました」
誤魔化せただろうか、バチッってくるのは静電気で、雷も帯電した雲から放電されるプラズマ現象なので同じものなのは間違いない。
「ほう……良くわかったものだ。 まあ確かに合格で良いじゃろ」
以上がミズチ様とのファーストコンタクトであった。
それにしてもミズチ様って何者なのだろうか、領主様は大分フランクに接していたようなのだけれど。