42. 珍獣カイン
翌日僕たちは部屋に籠っていた。 外は雨だったので、鬱陶しくて町を散策する気にならないのだ。
サトリさんは今日もまたこの町のギルドマスターとの会議で宿からは居なくなっている。 フィリアさんは暇なようでアスナと飛車落ちでショーギゲームに興じている。
残った僕は暇を持て余していたが本も読む気になれない。
こんな時には魔法回路の実験だ。
何をしようかと考えたが、発動に要する最小時間が不明なままだったのを思い出した。 まずはクロック素子を使って、STR強化Lv1と VIT強化Lv1 をどの程度まで早く連続発動できるかを実験してみることにした。 結果は1/128秒では連続魔法が発動し、1/256秒では発動しなかった。 そしてその1/128秒を1クロックとして自動で連続魔法を発動させるセット魔法を以下の通り作ってみた。 セット魔法をONにすると、魔法を連続して発動していくことになる。
自己強化セット1 : STR強化Lv1 → VIT強化Lv1 → AGI強化Lv1 → DEX強化Lv1。
自己強化セット2 : 防御付与Lv1 → STR強化Lv1 → VIT強化Lv1 → AGI強化Lv1 → DEX強化Lv1。
回復セット1 : 治療Lv1 → 状態回復Lv1 → HP回復Lv1。
回復セット2 : 治療Lv1 → 状態回復Lv1 → HP回復Lv1 → 防御付与Lv1。
回復セット3 : 回復セット1 → 自己強化セット2。
温度差セット1 : 氷魔法Lv1 → 火魔法Lv1。
これらの発動に要する時間は、計算上それぞれ以下の通りのはずだ。
自己強化セット1: 4クロック 約0.031秒。
自己強化セット2: 5クロック 約0.039秒。
回復セット1: 3クロック 約0.024秒。
回復セット2: 4クロック 約0.031秒。
回復セット3: 8クロック 約0.063秒。
温度差セット1: 2クロック 約0.016秒。
また以前作った仕組みの単純化も検討した。 今まで魔法発動には、魔法選択 → 魔法発動のスイッチ操作 → タイマースタートの3段階の手動操作が必要だったが、この1/128のクロックを使って、一回のスイッチ手動操作で発動できるように編成し直した。 これには2クロックを要する物凄く複雑な回路を用いることになってしまった。
セット魔法は更にそれぞれ0.016秒程長くかかるようになってしまったが、利便性重視ということで我慢した。 1回の手動操作で発動できる魔法レベル1の魔法は以下の通り。
HP回復Lv1
状態回復Lv1
治療Lv1
防御付与Lv1
水生成Lv1
空気操作Lv1
水操作Lv1
土操作Lv1
氷魔法Lv1
火魔法Lv1
念のため昔に作った回路も、<論理回路ボード>上で普段使う位置よりも大分離れたところに移動して残しておいてある。 同時に今回作った回路も、コピーを大分離れたところに置いてある。 過去バージョンのファイルとファイルのバックアップを残すことは重要なことだ。
現時点で回路構成はめっちゃ複雑になってしまっているが、なんとか魔法発動の利便性を大幅に向上させることには成功した。
◇ ◇ ◇
さてこのイカレポの町に泊るようになって数日経過しても街道封鎖に関する動きが全く見られないことから、長期化滞在の恐れが出て来た。
その間時間がもったいないので、アスナにはサバイバル訓練の講習会に参加してもらうことにした。 サトリさんやフィリアさん行動を共にするとなると、今後結構危険な戦いの場に放り込まれる可能性があるので、それなりの知識と体の動きを身に着けてもらうためだ。
アスナは僕と一緒に1か月以上の山越えサバイバルを経験した身であるものの、空間倉庫の恩恵を多分に受けている特殊な環境だったので、今回はそういうズルなしのガチ講習会へ参加してもらったのである。 保護者としてフィリアさんが同行してくれているので安心だ。
僕はその講習会には参加しなかった。 8才の頃に故郷で兄弟とともにサバイバル訓練を一通り受けており実戦も積んでいたから必要ないのだ。 その代わりに僕は体術や剣術、棒術、弓術の道場に通って訓練を受けていた。
年齢にそぐわないステータスの高さはバレると不味いので、DEXを活かして10才程度ににまで落とすようにコントロールしている。 道場の先生もまた10才児に合わせてステータスをコントロールをしてくれるのでかなり実践的な練習が出来ていた。
それでも図面記録ボードのパラパラ動画のお蔭で、かなり技術に関する才能が高いと評価されてしまい、ほぼ大人が覚えるような技術まで教えてもらっていた。
面白いと思ったのは対魔物戦の訓練だ。 VITの高い教官が魔物に扮して対戦してくれるのである。 魔物なのだから動きは人の動きからかけ離れている。 そこを教官が魔物の挙動を模倣して戦ってくれるのだ。 ステータス差が大きい子供相手だからこそできる訓練だった。
そんな訓練に明け暮れて2週間程経過した時にアスナが僕に嬉々として報告して来た。
それは<識別ボード>についての新発見だった。
「カイン兄ちゃん。 ちょっといい? 重要な話なんだけど」
「なんだよ。 アメならやならいぞ」
「……重要な話って言ったでしょ! <ボード>に関係した話なんだけど、…そうか、聞きたくないのね?」
「……すみませんでした。 ちゃんと聞きます」
「わかったわ、じゃあ ”僕は珍獣だぁ~、珍獣カインだぞぉ~!” って言ってくれたら謝罪を受け入れましょう」
「なんでだよ! 僕はやらないぞ!」
「やらないの??」
「ぐぉぉぉ~~。 僕は珍獣だぁ~~~。 珍獣カインんだぞぉ~~~!!」
するとアスナは空間倉庫から木剣を取り出して構えた。
「何をしてるんだ? アスナ」
「何って決まってるじゃない。 珍獣と戦うのよ」
「アスナ、なにを言ってるんだ?」
「だってカイン兄ちゃん、道場で魔物に扮した教官と戦闘訓練してるんでしょ? 私もやらないと不味いでしょ?」
なるほどこれは一理あるのかもしれない。
フィリアさん達と行動を共にするなら対魔物の訓練は必要だろう。
ならばひとつ相手をしてやろう。 そして良いチャンスだ、アスナの頬をつついてやろう。
「頬をつつかれて泣くんじゃないぞ。 珍獣カイン参る!! ぐぉぉぉ~~!!」
よし、リアル珍獣カインゲームの始まりだ!
僕は、アスナと同じ年の8才レベルの手加減で、珍獣カインとしてアスナに襲い掛かった。
アスナは木剣を両手で持ち、僕に袈裟に斬りかかる。 僕はそれをスウェーして躱す、が少し頭にかすってしまった。
僕のVITは現時点で123であり、鍛えてない大人の防御力の約4~5倍に相当する。 全くダメージは受けていない。
「ぐぉぉぉ~~!!」
少し手加減が過ぎたのか? なら9才レベルの手加減だ! 覚悟しろアスナ~~~。
僕は一旦バックしてから、右に行くようなフェイントを掛けて左側から襲いかかる。
流石にアスナはそこまで予想していなかったのか、少し引き気味だ。
そんな隙を僕は見逃さない。
獣のような速度でアスナの左腕をひっ捕まえて木剣を奪いとって投げ捨てた。
そして引き寄せて右頬をつつこうとした。
「きゃ~~!」
「ぐぇっ、ぐぇっ、ぐぉぉぉ~~~!」
その時突然フィリアさんがアスナをつつこうとした僕の左腕捕まえた。
そう、フィリアさんも訓練に参加したのである。
二人ががりとは卑怯だぞ!
こうなったら手加減はできない。
僕は、アスナを捕まえていた手を放して、フィリアさんが捕まえている手をフルパワーで振りほどいた。 フィリアさんが相手ならDEXによる手加減は不要だ!
「あ、痛い!」
フィリアさんは振りほどいた時に手を痛めてしまったようだ。
ん? ちょっとやりすぎてしまったか?
僕は、回復セット2(防御付与付き)をフィリアさんに使った。
フィリアさんには一瞬にして僕の、治療Lv1 、 状態回復Lv1、 HP回復Lv1、防御付与Lv1 の連続魔法を受けてほんのりとした光に包まれた。
よしこれで回復したはずだ。
僕は一旦バックステップして距離を取った。 フィリアさんは何か真剣な目で僕を睨みつけている。
これは、フィリアさん本気だな!
フィリアさんの実力なら本気で対応しなければ負けてしまうだろう。
ならばやることは一つだ。
「ぐぎゃぁ~~~、ぐぉぉぉ~~~!」
僕は、自己強化セット2 (防御付与付き)を使って自分をフル強化した。 そして一旦前進するフリをして、さらに右、左とフェイントで揺さぶってからフィリアさんに左から襲いかかる。
フィリアさんは顔を歪ませて僕の攻撃を右へと避ける。
だが甘い!
僕はフィリアさんの頬をつつくために、フィリアさんを追って移動する。
フィリアさんはまた逃げる。
「カイーーン。 コォノ~~! 調子に乗るな~~!」
フィリアさんが叫んだが、僕は追う。
しかしフィリアさんが僕の頭を狙って足技を繰り出してきた。
僕は腕でガードして、そのままフィリアさんの足を捕まえた。
よし! チェックメイトだ!
そして僕はフィリアさんの足を抱えてそのまま押し倒そうとした。
その時だ。
「この裏切り者!!!」
僕はフリーズしてしまった。
フィリアさんもフリーズしてしまった。
アスナのスタン攻撃だ。
スタンは僕を狙って掛けられたようで、スタンから早めに回復したフィリアさんは、僕の手を振り払って難なく逃れてしまった。
しまった!
フィリアさんに夢中になってアスナの存在を忘れていた!
複数を相手にする場合は、弱い敵から倒すのが常識なのに僕はそれを失念していた。 僕はアスナに振り向くと咆哮した。
「ぐぉぉぉ~~!!」
その時、僕は目にも止まらぬ速度で乱入してきたサトリさんに両腕を捕まえられてしまった。
いやいやいや、サトリさん、サトリさんの相手は無理だから!
いったい何を考えてるんだ~!
「サトリン助けて! カインちゃんが狂った。 私を襲おうとしたのよ。 婦女暴行未遂よ!」
「えええっ??? フィリアさん、人聞きの悪い事言わないでください。 ただのリアル珍獣カインゲームじゃないですか! 形勢が不利になったからって卑怯ですよ!」
「……」
「……」
「……」
「……カイン君、君は何をしていたんだ?」
「だから、リアル珍獣カインゲームです。 アスナが誘ってきたので相手してやってたんです。 そこへフィリアさんが参戦してきたので、2対1で戦ってました」
「……」
「……アスナちゃん。 カイン君の言ってることは本当かい?」
「ち、ちがう。 わたしは、……私は冗談のつもりで。 そしたらカイン兄ちゃんがいきなり、”珍獣カイン参る!” とか言って襲って来たんです」
「ちょっ、アスナ話がちがうだろ!」
「……」
「……フィアちゃんは、どうして参戦したの?」
「アスナちゃんがカインちゃんに襲われて悲鳴をあげたから、助けようと思ってカインちゃんの腕を捕まえたのよ。 そしたら凄い力で私の手を振り解いて、咆哮をあげて自己強化まで掛けて襲ってきたの」
「……だって、自己強化しないと本気のフィリアさんには負けるって思ったんです。 アスナだって本気でスタン攻撃を使ってきたじゃないですか」
「……」
「……」
「はぁ~、君たちは一体なにをやってたんだ」
サトリさんは肩を落として頭を横に振っている。
「リアル珍獣カインゲームです」
やましいところなどない僕は堂々と答えた。
「……」
「フィアちゃん? フィアちゃんは大人なんだから状況確認は慎重にした方がよさそうだね」
「……」
「アスナちゃん? 冗談は、ほどほどにした方がよさそうだね」
「……」
「そしてカイン君。 ……何事にも一生懸命なのは良い事だけど、やり過ぎは良くないよ?」
「ええ~? だってこれは元々、アスナが魔物相手の訓練をしたいって言ったからやっただけで……そんなやり過ぎだなんて」
「カイン兄ちゃん。 間違ってる。 元々は<ボード>について重要な報告をしようとしていたのよ。 それなのに、どうしてこんな……」
「あ! そう言えばそんな気が……。 なぜこんな……」
「……」
「ふぅ~、……まあカイン君もアスナちゃんも悪乗りする傾向があるから気を付けることだね。 いいね? 分かったね?」
「 「 すみませんでした 」 」
怖い、サトリさん怖いよ。 終始ニコニコ笑顔だったけど怖かったよ~。
だが、これで珍獣カインの件は許してもらえただろう。 そしてこれからが僕達の本題だ。