38. 遭遇
旅は順調に進んでいたが、数日後いきなり先頭の方で怒号が聞こえた。 魔物が出たのだ。
よく見るとそれはアシエラプトルだった。 <文字記録ボード>に保存してある魔物解説本によれば、アシエラプトルは極稀に森へ出現し、鋭い牙と爪、固い鱗、強靭な足腰を持っていて、素早い動きと激しい物理攻撃を有するBランクの魔物である。
またそれは人間の匂いに敏感で、一度その嗅覚範囲に入ったら倒さない限り決して逃げられないとされている非常に厄介な魔物でもある。 直ぐにCランクの護衛パーティが魔物に向かっていった。
僕たちも状況を確認するために馬車の外へ出て、護衛パーティの戦いを見た。
なんとCランクの護衛6名がアシエラプトルを取り囲んで攻撃と防御を繰り返していた。 すなわち護衛全員が前衛で職で、高位の治療師を有さずに必要に応じて下級魔法による回復を前衛が担うという、主に格下を相手にするパーティであることを示していた。
フィリアさんは一瞬顔を強張らせたが、サトリさんに何か言ってから戦場へと向かっていった。
スティンガさん、ヴァイタリさん、サトリさんがそれに続いて行く。 僕も遅れてついて行き、大きな岩の影に身を潜めて様子を伺うことにした。 どのみち護衛が負けてしまったら逃げられない。 もしもの場合には僕も微力ながら参戦するつもりだ。
岩に隠れていた方が、馬車の中にいるよりも安全だから、アスナも僕に付いて来て一緒に岩に隠れた。
ガッキッ!、ガン!!、ドン!、キン、キン、ガーン!!
があぁぁ~~!!!!
護衛パーティが戦闘を続けていく。
護衛パーティはディフェンダーが4人、アタッカーが2人で、ディフェンダーが傷ついた場合にはすぐに退いて低級の治癒魔法や回復魔法を使うのだ。 この世ではギフト持ちの高位治療師の数が大変不足しているため、このようなパーティ構成になることが多い。
そこへスティンガさんもアタッカーとして参戦した。 スティンガさんのランクはDで、アタッカーとしての攻撃力は護衛パーティのメンバーには及ばない。 しかし攻撃力が低いということが必ずしもデメリットにはならない。 何故なら敵の標的になりにくくパーティの連携の邪魔にならないからだ。 逆に攻撃力の高いアタッカーは敵の標的となりやすく危険だし、戦いなれたパーティにとってはかえって迷惑になってしまう場合もある。
そして、この護衛パーティは、アタッカーとディフェンダーとの攻守バランスが絶妙だった。 それでも相手が強すぎたのか、戦況的にだんだん押され始めていた。 そしてついに、ディフェンダーの1名に強烈な一撃がヒットし重症を負ってしまった。 そのディフェンダーは退いたがすぐには復帰できそうにない。 そのまま放置すればHPが0になってしまうのは明らかだった。
マズイ! これでは戦線が崩れてしまう。
僕はそのように感じたが、その時、退いていたディフェンダーの人が光に包まれた。 フィリアさんの治療魔法Lv7の大魔法が発動したのだ。 またほぼ同時にサトリさんのHP回復Lv5が発動した。 この魔法は魔法レベル5の上級魔法だ。 二人は事前に魔法を詠唱して貯めておいたので、素早く発動できたようだ。 ものの数秒間で怪我が治りHPも回復したそのディフェンダーは戦線に復帰していった。
ディフェンダーが復帰すると、直ぐにフィリアさんとサトリさんは次の詠唱を開始した。
二人の顔は、この戦闘に場違いとも思えるような、ぼーっとした無表情を保っていた。 僕はその表情に攻略組の凄さを感じとった。 こんな激烈な戦闘においても淡々と魔法を詠唱していくフィリアさんとサトリさん。 それは魔法をミスしないために必要な技量であり、それを獲得するのに凄まじい努力と試練が必要なのは誰でもわかることだった。
僕はモナッコで小学校の活動状況をギルドマスターに報告した際にフィリアさんについて教えてもらったことがある。 フィリアさんはモナッコ出身の孤児だった。 孤児になった理由は、冒険者だった両親がダンジョンの中で治療師不足のために不幸にあったためだそうだ。
フィリアさんは15才になると、自ら進んで大金をつぎ込んで隷属化してもらい、過酷な修練を積んだとのことだ。 隷属化修練は一日3回だけ継続意思確認の機会があるのだが、フィリアさんは隷属化修練を1日8時間以上を5年間休まずに続けたそうだ。
そして<ギフト>がMNDだったせいもあり、20才になった時には魔法レベル8まで習得し、そのままダンジョン攻略組織に勧誘されて入隊し、5年間戦いを続けて経験を積み、自身のレベルを上げてから除隊したとのことだった。
この国の攻略組織の治療部隊は3つの部隊に別れている。
新米のMND<ギフト>持ちが所属する後方治療部隊、中堅のVITかSTR<ギフト>持ちが所属する遊撃治療部隊、そしてベテランのMND<ギフト>持ちが所属する前線治療部隊だ。
攻略組織の前線は過酷とのことだ。 前衛のHPが消し飛ぶことがあるためだ。
そんな前衛は、遊撃治療部隊の手で後方へと運ばれて、HPが0であっても瞬時にHPの半分を回復するレイズという魔法レベル10の極大回復魔法の処置を受け、それと殆ど同時と言って良いぐらい少しだけ遅延させて、魔法レベルLv7~10の大魔法か極大魔法の治療魔法を受けることになる。
レイズはHPを戻し蘇生させるの魔法なのだが、そのまま治療を受けないでいると、傷が残っているのでHPが直ぐに0になってしまう。 このため蘇生と治療はできるだけ短時間で連続して施す必要があるのだ。
フィリアさんは後方治療部隊に1年、前線治療部隊に4年所属していたとのことだ。 前線治療部隊は、主に戦闘中の前衛の治療やHP回復、状態回復などを行う部隊で、戦況を判断し即座に必要な魔法を発動させることが求められる。
アシエラプトルとの戦闘は続いている。
だんだんアシエラプトルは少し弱ってきているようだが、こちら側はさらに苦しくなってきている。
ディフェンダーの回復が遅れ始めているのが明らかだ。 すでにフィリアさんの治療魔法は自転車操業状態になってしまっている。 このままではフィリアさんのMP枯渇も時間の問題と思われた。
と、その時ディフェンダー2名が吹っ飛ばされてしまった。 そしてアシエラプトルの標的がフィリアさんに向いてしまった。
フィリアさんは魔法詠唱を中断し、アシエラプトルの攻撃から逃れようとしたのだが、これでは間に合わない。 ダメかと思った瞬間に、ヴァイタリさんがフィリアさんとアシエラプトルの間に割り込んで盾で攻撃を受け止めた。
ガガ~ン!!!!
ヴァイタリさん盾が大きく鳴り響いた。 盾で攻撃を受け止めることに成功したのだ。 成功はしたのだが、ヴァイタリさんの両腕は不自然に折れ曲がり、さらに脊椎にも損傷を受けたと思われる傷を負ってしまった。 護衛パーティのディフェンダーの方々よりもランクの低いヴァイタリさんではアシエラプトルの攻撃を防ぎきることはできなかったのだ。 そしてヴァイタリさんは呻き声を発して倒れ込んだ。
このままではHPは長く持たない! 僕は大きく動揺してしまった。
だが、ヴァイタリさんの活躍のお蔭で、アシエラプトルの標的は護衛パーティのディフェンダーへと移り、彼らがアシエラプトルの攻撃を受け止めた。
ガガガ~ン!!!!
だがしかし、そのディフェンダーもすでに2名が離脱中となってしまっている。
フィリアさんは、一瞬ヴァイタリさんに視線を送ったが、無表情のまま躊躇なく護衛パーティのディフェンダーへ治療魔法を使い始めた。
つまりフィリアさんは選択したのだ。 護衛パーティのディフェンダー達が崩れると戦闘が終わってしまうからだ。 それ自体は正しい判断に思える。 だがそれは同時にヴァイタリさんを切り捨てるという非情な判断でもあった。
「アスナ、このままじゃダメだから行ってくるね」
言うが早いか僕は岩の影から飛び出してヴァイタリさんに駆け寄った。
そして HP回復Lv1、状態回復Lv1、治療Lv1、水操作Lv1 を立て続けに使った。
ヴァイタリ
HP 49.66 %
状態:苦痛大(低減効果小)
僕の魔法によってヴァイタリさんが淡い光に包まれて効果が現れた。 HP回復Lv1 でHPを10%回復したものの全回復には到底及ばない。 水操作Lv1によって腕からの出血を抑え、治療Lv1で背骨の損傷の回復を試みたのだがその効果はケガの大きさに対して小さかったようだ。、
また、状態回復Lv1により苦痛を少し低減させたため低減効果小が付いている。
僕は続けて自分に強化魔法を掛けた。
防御付与Lv1、 STR強化Lv1、 VIT強化Lv1、 AGI強化Lv1、 DEX強化Lv1。
身体強化は出し惜しみせず全てを使ってみた。 これらの効果は30分と長い。
そして30秒のクールタイムが来たので、もう一度ヴァイタリさんに HP回復Lv1、治療Lv1を掛けた。
ヴァイタリ
HP 49.08 %
状態:苦痛大(低減効果小)
HPの減りが早くて回復が追いついていない。 僕のHP回復Lv1、治療Lv1では効果が薄いようだ。
だが延命措置にはなっているはずだ。 このまま諦めなければ戦闘終了まで延命できるだろうか。
僕はフィリアさんとサトリさんに視線を移した。
二人とも僕のしたことに気づいているはずだが、無表情で治療魔法とHP回復魔法の詠唱を続けている。 この状況下でも全く動じることがなく自分の成すべきことを粛々と実行している。 正に鍛え抜かれた一流の戦闘職と言って良い。 ダンジョン攻略組織の最前線での様子はこんな感じだったのだろうか。
するとフィリアさんに変化が現れた。
今まで治療Lv7をかけ続けていたのだが、治療Lv4にグレードがダウンしたのだ。
そしてサトリさんが口を開いた。
「カイン君、あちらの回復を任せるよ」
サトリさんは僕が回復魔法を使っているのを完全に気づいていた。 その上で回復先を護衛パーティのメンバーに変えるように指示してきたのだ。 明らかにサトリさんも命の選択をしていて、僕にもそれを要求してきたということだ。 僕は異論を挟もうとしたのだが、サトリさんはすでに次の魔法の詠唱に入っていた。
その魔法を<識別ボード>で確認した僕は驚いた。 GI強化Lv5、それがサトリさんが詠唱している魔法だった。
この後に及んで、速度上昇の身体強化魔法を自分に掛けている。 確かに速度上昇の効果は、詠唱時間の短縮にも影響するだろうが、今その時間を使って強化するメリットがあるだろうか。 僕はサトリさんの考えていることが分からなくなってしまった。
ただハッキリしていることは、僕が護衛パーティに回復魔法を掛けないでいると戦線が崩れてしまうことだった。 僕はサトリさんを睨みつけたあと、泣く泣くヴァイタリさんではなく護衛パーティに回復魔法を掛けることにした。
そしてフィリアさんの治療Lv4が発動した途端に、フィリアさんの表情が突然崩れた。
「サトリ、後は任せたわ。 MP切れよ」
まずい! これは今までで一番まずい。 このままでは全滅パターンだ。
僕は大声で叫んだ。
「アスナ~~~~!!! 道具出して助けて~~!!」
「わかった~~!! 任せて~!」
僕はアスナに、魔力移動用の魔銀器を出して、フィリアさんのMPを補充するようにお願いした。 魔力の大きい人から小さい人への魔力移動の効率は高いがその逆は低い。 今のアスナのMPは4080のはずだが、フィリアさんのMPがそれより高いか低いかは分からない。 仮にアスナの方がMPが低かったとしても治療Lv7を一回使えるぐらいはMPを移動できるかもしれない。 今は少しでもフィリアさんおMPを回復してもらいたい。