37. 魔法師として
スッコロビゲームの登録の翌々日、フィリアさんがあの町からやっと帰って来た。 何でも野暮用を済ませて来たとのことだった。
さあこれでアラウミ王国へと向かう準備整ったので、フィリアさんにはお疲れのところ悪いのだが早々に出発してもらうことを願い出た。 スッコロビゲームに僕の名を冠した駒があるので広まる前にすぐに脱出したいと思う。 フィリアさんは流石に疲れていたのか、1日だけ待ってほしいと頼んできたので、翌日出発することで妥協した。
アラウミ王国へ行くと言っても、その王都には立ち寄らない。 このサトエニア共和国の首都モナッコを南西側に進み、そのまま山岳地帯の山辺の街道を通り、グルっと回り込んでちょっとだけアラウミ王国へ入り、南下してコインロード王国へ入る予定なのだ。
僕らはモナッコの南側の馬車停留所で馬車と御者の手配を終えて出発することになった。 その馬車は、かなり大き目で10人乗りだ。 およそ2か月程の長い旅になるから少しゆとりを持って頼んだのだ。 それではと馬車に乗り込もうとしたところで、一人の人物――あの町のマスターがこちらへやって来た。
「やぁ~カイン君、久しぶりだね。 元気そうで何よりだよ」
「あ、あのマスター、 お久しぶりです。 ここへは何か用事で来たのでしょうか?」
「あ~そうだな。 すまない名前は伝えてなかったな。 私の名前はサトリというんだ。 あの町のギルドを止めて冒険者となったばかりなんだよ。 INT系の魔法を得意していてね、あとAGIも育ててあるからちょっと特殊だね。 あと位階レベルは156で冒険者ランクはBだよ。 よろしく頼むね」
「それでサトリさんが何故ここへ? まさかフィリアさん絡みですか?」
「よくわかったね。 さすがカイン君だ。 実はね1か月ほど前に僕らは入籍してね。 それで僕はフィリアにくっ付いて来たというわけさ」
「 「 「 「 えええっ ?! 」 」 」 」
「まぁそういう事だから今後ともよろしく頼むよ。 いや~旅っていいね~。 心が洗われるよね~」
それでフィリアさんは2か月程の間あの町へ帰っていたのか……。 まさかフィリアさんから迫ったのか? まさか、フィリアさん……、これは中々侮れないところがあるんじゃないだろうか。 うん大したもんだ、やったねフィリアさん。 ってアレ? これってヤバくないか?
今までパーティの面々はちょっと抜けている人ばかりだったから、僕の手の平で思うように踊ってもらってたけど、サトリさんはそうはいかないだろ。 それどころか僕の方が操られそうだ。
マジマズイ、マズイ これは マズイ ぞ。 考えろ考えるんだ、考え抜けカイン~。
……ふぅ、よく考えてみたけど、僕がこの面々をコントロールしてる方がおかしいよな。 今後はサトリさんに、厄介ごとを任せてしまえばいいんだ。
なんだ楽になるじゃないか。 やったね。
「はい わかりました。 今後ともよろしくお願いします。 ところで、今後の方針なんですが、どうすれば……」
「ああ、私はフィリアにくっ付いて来ただけだからね。 今まで通り君たちをコインロード国へ送るのはフィリア達の仕事さ。 仕事とプライベートはわけて考えないとダメだよ。 ということで、リーダーは、やはり君なのかな?」
「ええっ? サトリさん。 こんな10才児に意地悪しないでください。 本当に頼みます」
「……そうだね。 本当に困るようなら相談してくれていいよ。 私のできることなら何とかするさ」
「ありがとうございます。 よろしくお願いします。 それで早速お願いなんですがいいですか?」
「なんだね?」
「えーと。 馬車は2台にできませんか? 僕ら新婚さんと一緒じゃ、なんとなく居心地が悪いので」
「あっはっは。 流石にカイン君だ。10才児とは思えない配慮だねそれは。 いや恐れ入ったよ。 でも気遣いは無用だよ。 馬車だとやはり警戒は必要だからね、新婚なんて言ってられないさ。 ただ宿泊場所では別の部屋に泊まらせてもらうことにするよ」
「はい。わかりました」
うぁ~ あのフィリアさんが赤くなっている。 相当だったんだな~。 それにしてもスティンガさんとヴァイタリさんは随分と怯えているな。 そんなにサトリさんは怖い人なんだろうか……。 そういえば、ここのマスターさんが、”あの死にたがりでクールなINT使い”とか言ってたような。 そんな無茶する人のようには見えなんだが、さて実態はどうなのだろう。
僕たちのパーティは、僕カインとアスナ、フィリアさん、サトリさん、スティンガさん、ヴァイタリさん6名となり、10人乗りの馬車へと乗り込んだ。 今回の旅では僕らの他に、同行する乗合馬車が2台、個人馬車が5台、人力車の荷馬車が18台、そして護衛としてCランク冒険者6名パーティが付いて前後を固めていた。 かなりの大所帯での移動となったのだが、国家間の移動ということで定期的にこのぐらいの規模の馬車隊が組まれるのは珍しくもないらしい。 僕等はこの旅にかなりの金額をつぎ込んだが、資金は潤沢なので全く問題がない。
馬車は順番に発車していき、僕らは先頭から2台目で出ることになった。 さて暇になってしまったのでショーギゲームのお時間だ。 今回の旅のために僕はショウギゲームを5セット用意してある。 そのうち1セットはお土産用として空間倉庫の中だ。 早速ショーギゲームを取り出そうとしたところ、先にサトリさんが異なるゲームセットを机の上に置いてしまった。 それはなんと、あのスッコロビゲームだった。
「出発する前に、商業ギルドに寄ったら面白いゲームを紹介されたんだ。 正式にはスッコロビゲームと言うんだそうだが、通称珍獣カイン討伐ゲームだそうだ。 かなり傑作なゲームだったから、知り合いに頼み込んで譲り受けたんだ。 どうだいやってみるかい?」
「あれ? これってカイン兄ちゃんが、小学校の不良を更生させるために作ったゲームじゃないの? でも登録したのは一昨日よね?」
「いや、3日前だよ。 それになんで珍獣カインとか通称になってるんだよ~。 ほんとにもう信じられない。 アイツら僕を嵌めたんだな~」
「あっはっは。 カイン君、君は相変わらず凄いな。 自分の名前が付いたゲームだなんて、しかも珍獣カインとは、聞いただけで興味をそそる上手い名づけ方だよね。 かなり商売が上手い人が絡んでいそうだね」
「くそ~、だからアスカル先生は僕の反対をあえて無視したのか~。 おのれ~アスカルめ~。 もっといいゲームを作って、淫乱獣アスカルって名前をつけてやるぅ~」
「カインちゃんは、この国を出て行くんでしょ? きっとこの国を出ていくカインちゃんを忘れないために付けたんじゃないかと思うわ。 恨みを買ってた訳じゃないでしょ? なら否定的に考えないほうがいいわね。 それに冒険者ギルドに立ち寄って聞いたら、困難な任務をやり遂げたってかなり評判になってたわよ」
「そんなこと言われると照れるじゃないですか~。 って誤魔化されませんよ。 僕はそんなに、チョロくないです」
「まーまー。 兎に角このゲームやってみましょ? さて珍獣カインは勝てるでしょうか~」
「うぐっ……」
それからスッコロビゲームの対戦が行われたが、このゲームでは正直サトリさんが強すぎた。 次いでフィリアさん、そしてヴァイタリさん、スティンガさん、僕、アスナという順番の勝率だった。 やはり攻略組織にいたと思われる二人は大変強く、僕達と対戦する時には各駒のステータスを調整するハンデが必要な位だった。 実戦に強い人が、強いということはこのゲームはかなり実践的な仕上がりになっているのかもしれない。 とはいえスッコロビゲームについては、僕とアスナは全く勝てないので、このままじゃ面白くないどころかストレスが堪るばかりだ。
そこでショーギゲームに切り替えて貰ったりして馬車の旅は続いていった。 馬車は昼間運航し、夜は宿泊所へ泊るといった感じだ。
そして旅が始まって5日後の早朝にとうとう僕の修練値が100を超えた。
さて、まだ馬車の場所まで行くまでには時間があるので、宿屋の中で実験をすることにした。
魔法の発動には16ビット4制御ラインのマルチプレクサを使い、その出力側に2入力1制御ラインの魔法発動用のマルチプレクサをつないでいる。 使い方としては、4制御ラインに使いたい魔法の経路を入力し、そのあとで魔法発動の制御ラインを0→1、1→0とするのである。 これによって、魔法を選択して実行という流れで魔法を発動できるようにできた。 そして僕はこの一連の動作を発動ONと名付けることにしていたのである。
「アスナ~ ちょっといい?」
「良くないけど、いいわ」
「……えっとね、遂に修練値が100を超えたんだ」
「えっ?えっ? それでどうだったの?」
「まだ試してないんだよ。 実験に付きあってくれる?」
「わかったわ。 ……まずは、危ないかもだから、回復魔法ね、 回復魔法を私にかけてみて?」
「よし、じゃーいくよ」
僕はアスナを見て、MND系魔法のHP回復Lv1を発動――ONにした。 その途端微弱な光がアスナを包み込むのが見えた。 そしてアスナのHPと状態も見えたのである。
アスナ(エミリ) ※ 名前は知っているか、信じていると表示される。
HP 100 %
状態 幼少加護
これは事前情報で知っていたので驚くまでもなかった。
「どうだった? <識別ボード>に表示された?」
「ええ出て来たわ。 カインお兄ちゃん、HP回復Lv1が発動したようよ。 やったね。 これで兄ちゃんも魔法師の仲間入りね。 おめでと~」
「お、あ、お。 ……あ、ありがと~。 まさかアスナから祝福されるとは思わなかったよ」
「なに言ってんの? 早く次にいきましょ~。 次は 状態回復Lv1 をお願いね~」
そんな感じでMND系魔法は、 HP回復Lv1、状態回復Lv1、治療Lv1を無事発動させることができた。 そのついでと言ってはなんだが、防御付与Lv1まで出来てしまった。 防御付与Lv1は、MNDとINTの修練値が共に100以上にならなければ使うことができない魔法とされていたが、僕は全ステータスを同時に上げているのだから出来てしまったのは当然と言えば当然のことだ。
「じゃ~ね。 次は自己強化してみてよ。 見ていてあげるからね」
僕はSTR強化Lv1、 VIT強化Lv1、 AGI強化Lv1、 DEX強化Lv1 を試してみたが、これも問題なく出来てしまった。
「次は、水生成魔法ね。 やってみて」
僕は、水生成Lv1 を発動させた。 その結果、1000ccほどの水がアスナの頭上10cm位に現れた。 そしてバシャっという音を立ててアスナの頭を濡らしてしまった。
「何やってんの!。 今私を見ながら魔法使ったでしょ? 生成させる場所をよく考えてよね。 じゃ~もう一度やってみてね」
僕は水生成Lv1を発動しようとしたのだが、発動できなかった。
「あれ? 発動しないよ? もしかしたら修練魔法と同じようにクールタイムがあるのかもしれないな」
「わかったわ。 じゃ発動するまでやってみてよ。 クールタイム?がどの位か確かめるのよ」
僕は、必死で魔法のオンとオフを繰り返したところ。 すぐに発動した。 そして水がアスナの頭上10cmに生成されて、またもやアスナに降りかかった。
「……」
「あああああ~、ごめんなさ~い!」
「……わざとじゃ無いみたいだから、別にいいわ。 で、クールタイムはどの位なの?」
これには驚いた。 まさかアスナが大人の対応を習得していたとは。
「おそらく30秒程度だと思うんだけど。 ちょっとクロックを使って32秒間隔で試してみるね」
「わかったわ、やってみて~」
結果としてアスナの頭をもう一度濡らしてしまったが、何回か試したところクールタイムは約30秒であることが判明した。
「ほんとにアスナごめんね。 クールタイムは約30秒か~。 ……でもよく考えたらこれって回復魔法で確かめたらアスナを濡らすこともなかったかもね」
「そ、そうね……。 でも、もし魔法の種類でクールタイムが違っていたら怖いから、全部確かめておくべきよ」
「ええ~、面倒だな~。 でも必要なことは理解したよ。 それで後は、火魔法、氷魔法、操作魔法か~」
「まぁ頑張ってやってしまいましょ」
「オッケー」
ということで、僕は、水生成Lv1 、HP回復Lv1、状態回復Lv1、治療Lv1、防御付与Lv1、 STR強化Lv1、 VIT強化Lv1、 AGI強化Lv1、 DEX強化Lv1、 火魔法Lv1、氷魔法Lv1、空気操作Lv1、水操作Lv1、土操作Lv1 の合計14種類の魔法発動に成功したのだった。
そのうち、火魔法Lv1と 氷魔法Lv1 はレベル的に殆ど使い物にならない威力なので覚えた内に入らない。 なぜなら火魔法Lv1は、指定範囲の空気約1立米位を100℃ぐらいの気温にする魔法で、氷魔法Lv1は、同じく10℃ぐらいのにする魔法だからだ。 レベル1では両者とも使いどころが余りない魔法なのだ。
これらの魔法が水を直接温めたり冷やしたりできれば強力な魔法となるのだが、空気を対象とした魔法なので本領を発するにはLv6以上にする必要がある。
あとMP消費量なのだが、驚いたことに通常の半分だった。 これは推測するにBRDギフトの特性によるものなのかもしれない。 Lv1魔法は通常MPを10消費するものなのだが、5の消費で済んでいたということだ。 さらに僕のMPは現時点で5000もあるし、それに応じてMP回復速度も早くなっている。 一分間に15もMPが回復する計算なので、レベル1なら魔法をクールタイム毎に使い続けても永久にMPは無くならない。
丁度テストが一段落し二人で今後の活用方法などを考え込んでいたところに、僕らが部屋からなかなか出てこないのを心配してスティンガさんが呼びに来たため、魔法のテストは一旦中断となった。
それにしても我ながら魔法チートな奴になって来たなと思えた。 何故かというと、無詠唱で即発動、クールタイム30秒、扱える魔法の種類が13種類、MPが驚きの5000、そして10才で魔法が使えるからだ。
僕はつい ”これで英雄にもなれるはずだな” とも思ってニヤけてしまったのだが、よく考えるとこれらの魔法の大半は戦闘行為で使うことが多いものなので、平和主義者の僕にはあまり良いものでは無いのかもしれない。
さて僕らは、また馬車に乗り込んで移動しているわけだが、魔法のクールタイムが30秒というところに引っかかってしまった。
なぜなら複数同時に魔法を発動していた場合、クールタイム管理が大変になるからだ。
これは是非ともクールタイムが終わっているかを知るためのタイマーを作りたいところだ。 検討した結果、丸印の色の変化を利用したクロックを使う安易な方法を思いついた。 突き詰めれば30秒ジャストのタイマーも作れるはずなのだが、 今は単純に魔法の数だけクロックを並べることにして32秒タイマーで妥協した。 これで発動ONの後ですぐにクロックをスタートすればよいのだ。
今後は魔法発動時には、魔法選択、魔法発動操作、タイマースタートの3種類のONが必要となる。
僕はこれらを一連の動作をまとめて、改めてスイッチONと呼び直すことにした。 ちょっと複雑な回路となってしまったが、これによって30秒に一回13種類の魔法を全て発動できる体制が整った。 これだけでも2分に一回1種類の魔法しか発動できない通常の魔法師と比較すると最低でも4倍、最大で約50倍の速さを発揮できるはずなのだ。