34. 小学校
僕たちは、全員で宿泊場所の近くの冒険者ギルドへとやってきた。 まずは前の町からこちらへの冒険者の移籍をすることが必要だからだ。 移籍が認められれば首都内で身元保証されたことになるので、僕らが望む色々な手続きが可能になるということだ。
僕達が訪れた冒険者ギルドは、首都冒険者ギルドの一支部なのだが、中は小ぎれいで整然としていて、まるで役所のようだった。 もちろんその中にはスティンガさんやヴァイタリさんのような強面だったり、凄みのある冒険者たちも多く居たが総じて大人しくしていて、至って平和な雰囲気だった。
僕とアスナはお上りさんのように周囲をキョロキョロしながら、珍しいものが無いかを物色し始めた。 スティンガさんとヴァイタリさんは、そんな僕たちに付き添っている。
フィリアさんは混雑している受付の列にしばらく並び、順番待ちの番号札を受け取ってから僕らのところへ帰って来た。
「さすがに混んでるわね。 昔と変わらないわ」
「フィリアお姉ちゃんは、この場所に居たことがあるの?」
「そうよ、私はこのモナッコで生まれ育ったの」
「へ~ お姉さん都会人なんだ。 すご~い!」
「そうよ。 私は都会人なのよ。 洗練されているのよ。 カインちゃんも少しは尊敬したらどうなの?」
アスナさん、……君はすでにお世辞のテクニックを習得しているんだな。 それにしてもフィリアさん、都会人だから尊敬しろとか、今までどれだけ尊敬される要素が欠乏していたんだよ。 黙って大人しくしていれば綺麗なお姉さんに見えるのに本当に残念だ。
「美人で綺麗で可愛くて洗練されているフィリアさんは、僕の尊敬すべき人で憧れですよ?」
「……」
僕はこれでもか、というぐらい最高レベルのお世辞をカマしたのだが、フィリアさんは何故か嬉しそうな顔をしてくれない。 フィリアさんって実はニブ過ぎて自分が美人だと気づいていないのだろうか? 僕はフィリアさんをじっと見つめて見た。 やはり僕には十分綺麗に見えるんだがな~。
そんな僕をフィリアさんは微妙な面持ちで見つめ返してきた。
お互いに見つめ合って様子を窺っていると、 そこへ中年のチャラい男性が話しかけてきた。
「おお~! 美人で綺麗で可愛くて洗練されている都会人のフィリアちゃんじゃないか。 フィリアちゃん元気だった? 漸く決心して僕の誘いを承諾しに来てくれたのか~。 フィリアちゃん、フィリアちゃん、僕は大変感激しているよ~」
僕を見つめていたフィリアさんの顔が一瞬にして氷ついた。 それからゆっくりを背後を振り返りソイツに言い放った。
「お前~、私に向かってフィリアちゃんって言うな! お前の誘いなんて全く知らんぞぉぉぉ~」
「ええっ? だって17年前にフィリアちゃんと甘い時を過ごす約束をしたじゃないか。 今度会ったら考えてくれるって言ったじゃないか」
「子供の前で何てことを……。 フ・ザ・ケ・ル・ナ! お前なんて見た事も聞いた事もないわ~。 あとフィリアちゃんって言うなっ!!」
「なんだ~、フィリアちゃん照れてるのか~。 相変わらず可愛いね~。 さあ力を抜いて僕に身を委ねてごらん。 素晴らしい未来が待ってるよ」
「こ、コイツっ。 いい加減にしないと……」
その時ソイツに大柄な中年男性が歩み寄って首根っこを捕まえた。
「ゴラ! ロダン。 またサボってるのか、いい加減に……。 おおっ、フィリアじゃね~か。 久しぶりだな、元気だったか?」
「班長! 何故こんなところに?」
「おお、やっと後を任せられる奴が育ったから娑婆に戻れたってわけさ。 今はここのマスターをやっているだぞ。 ……ロダン! てめぇ クビになりてぇのか? 早くあっち行け! オラ、お客様がお待ちだぞ?」
ロダンと呼ばれた不届き者はマスターさんに蹴られてから受付へと戻っていった。
いや~フィリアさんに絡むなんて命知らずな奴だったな~。 フィリアさんの名前を知っていたってことは知り合いなんだろうけど、知っててあの態度とは凄い奴とも言えるだろう。 それにしても17年前って言ったか? 僕の生まれるずっと前じゃないか。 なんとも信じがたい会話だったな。
「フィリア、すまなかったな。 ロダンと知り合いだったのか? あいつの美人への執着は半端ねーからな。 しょっちゅう業務を放り出して口説きに行きやがる。 困ったもんだ全く」
「班長、いえマスター。 助かりました。 私はあんな奴本当に覚えてないです。 あんなのは暫くダンジョン調査隊へ放り込めばいいんだわ。 男だけでね!」
「そうだな、何とかするべきなんだがな。 アイツの<ギフト>はINTで、ステータスも余り育ててないみたいなんだ。 だがらダンジョンは厳しいんだよ。 それに根っからの遊び人で勉強もやらなかったらしくてデスクワークも任せられんときた。 家柄がいいから頼まれてギルドが保護してるんだが、正直困ってるんだ」
「どんな<ギフト>だって育て方次第じゃないですか~。 若い頃怠けるとどうにもならないですね」
「そういうことだな、<BRDギフト>とかでなければ、悲観することも全くないな。 全てアイツの自業自得ということだ。 ……それはそうと、その子たちはお前の子か?」
「な、何を。 私はまだ独身です! それに年齢的にこんな大きい子がいるわけないじゃないですか!」
「そ、そうか? あの死にたがりでクールなINT使いとはどうだったんだ? 俺はてっきり……」
「わぁ~わぁ~わぁ~。 貴方たち、何も聞こえなかったね。 分かったわね」
「姉さん。 クールなINT使いってまさか……」
「スティンガ? 私の言ったことが聞こえなかった?」
「いえ、なんでもありません」
「……」
「……それはそうと、フィリア。 ここへは何か用があって来たのか?」
「……ええと、この子らと、この顔の悪い男達に、身分証明を貰いたくて来たんです。 この子らはこの年齢で、私の町の見習い冒険者になってますし、コツらはDランクです」
「ほう、この年齢で既に見習いか。 小学校はどうしたんだ?」
「この子らは大変特殊で、小学校どころか中学校、もしかしたら専門学校も卒業レベルの学力があります」
「……なるほどな。 もしかして、あの人攫い団を追い詰めたというガキがその子か?」
「それは、……言えませんが。 班長、マスター。 この子らが優秀なことは確かです」
「ふむ。 それで首都のギルド証明を貰って何をさせる気だ? お前らば一体何を企んでるんだ?」
「いえいえ 何も企んでないです。 この子らをコインロード国へ届けることになったので、査証を取りにきたんです」
「フィリアお姉ちゃん! アスナは図書館に行きたいの!!」
「あ~ そうね。 アスナちゃんは首都図書館に入りたいのよね。 ついでに商業ギルドで新規事案登録もしたいんです」
「そんなことか。 ……それならまぁ問題ないだろう。 だが、ちょっとお願いがあるのだが聞いて貰えないだろうか」
「はいわかりました。 マスターのお願いなら断る理由はありません」
「おう、助かるよ」
「それで、どんな要件なんでしょう?」
「それがな、さっきの奴みたいなのを減らしたいからその予備軍を制圧したいんだ」
「ええと、誰をぶっ飛ばせばいいのですか?」
「いやいや、予備軍って言っただろ。 要はちゃんと勉強なり修練をするように未成年の意識改革をしたいというわけだ。 それでな、<ギフト>を得る時期の小学生に的を絞ったってわけだ」
「それじゃ、私がその小学生をキッチリ締めればいいのね」
「……」
「そういうのも実際にやってみたんだがな、効果が無かったんだ。 それでな、そこの ”ぼーっとして目を開けて立ったまま寝ている子”、……多分その子が例の子だと思うから、是非手を貸して欲しいんだ。 長期間とは言わない5か月、いや3か月でいいからお願いしたい」
「……この子に何をさせるんですか?」
「何もしなくていい。 ただ10才児のクラスへ3か月間入ってくれるだけでいい。 それで何かが変わるかを見定めたい」
「……何かが変わるかって、そんないい加減なことでいいのですか?」
「ああ。 とにかくこの課題はなかなか根が深くてな、解決の糸口すら見つけられず、今では藁にでも縋りつきたいぐらいの状態なんだ。 その特別な子が何かを引き起こして解決のヒントでも得られれば儲けものなんだよ。 とにかく今は変化が必要ということだ」
「それ程なんですか。 ……わかったわ、カインちゃんもそれでいいわね?」
「……」
「カインちゃん?」
「……」
「こらぁぁ~! カイン兄ちゃん目覚めろ~!」
「ええっ?? 何? アスナ何? ぼ、僕はフィリアさんの恋愛事情にはノーコメントです」
「……」
「……」
こうして僕は不本意ながら首都の都立モナッコ小学校へ3か月間編入することになったのであった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで今日は僕が都立モナッコ小学校へ入るための編入試験の日だ。 予め合格は決まっているとのことだが、形式的なことをしておかないと問題があるとのことなので、本日が初登校となる。
「カインお兄ちゃん。 早く、早くして、小学校へ行くんでしょ? 早くぅ~!」
「なんでいつもアスナは僕を小学校へ行かせたがるんだよ! 初めて会った頃もそうだったけど、自分は行かなくていいのかよ」
「いいの~。 私は図書館で勉強するからいいの~。 お兄ちゃんは義務で学校へ行くのよ? 義務教育なのよ? 当り前じゃない」
「でも、なんで今日はそんなに急がせるんだ? 僕に世話なんか焼かないで、さっさと図書館へ行ってしまえばいいのに」
「だって、ヴァイタリさんが、私とカインお兄ちゃんを一緒に送ってくって言ってたんだもん。 お兄ちゃんが行かないと私も行けないでしょ? そんなことも分からないの? バカなの?」
「……はぁ、何時ものアレな理由なんだな。 わかったよ」
「やっと分かったの。 全くもう愚図なんだから~。 早くしてっ」
「……」
この頃可愛げが無くなって来たな~。 前はもっとこう、……今とそれほど変わらないか。 この自由人めっ! 将来が本当に楽しみだな。
都立モナッコ小学校、 そこは、サトエニア共和国の首都モナッコにある名門中の名門の小学校だそうで、学力が最高水準あるか、あるいは多額の寄付金をしたかで入学可能な学校だ。
僕はその編入試験を受けるために学校の中に入って行き、小さい教室へと案内されていた。
そこには試験官と思われる人物が待っていた。 メガネをかけていて少し不機嫌そうな顔をしている。
「では、編入試験を開始するが、事前に質問はあるかね?」
「はい、合格点はどの位でしょうか」
「満点だな。満点でなければ編入は許可できないな」
「え? 満点ですか? 聞いてなかったです」
「お前のようなコネで入学しようとするカスは、満点でも取らない限り入学させないぞ!」
え? コイツ何言ってるんだ? 僕はイヤイヤながら仕事を引き受けて編入してやるんだぞ。 なんか面白くないから、このままいっそ帰ってしまおうか? 本当にありえない!
「え~と、僕は冒険者ギルドからお願いされて、編入することになっているんですが、違うならこの話は無かったということでお願いします」
「ほぅ。 やっぱりギルドへ依頼して編入しようとしていたのか。 全くギルドも落ちたもんだ。 どうせ試験受けたって結果は見えてるんだよ。 無駄な足掻きなんだから、帰れ、帰れ、早く帰れ!」
こっちがお願いされている側で、決してお願いしている側ではないのだが、どうしてそのような敵対的な思考になるのだろう。 惚れ惚れとする拒絶反応にむしろ僕は好奇心を抱いてしまった。
この人には何が別の目的が有るんだろうか。 とにかく訳分かんないな、でもこのままバカにされたままで僕は引き下がれないな。
「そうまで言うなら、試験を受けましょう」
「クッ、 まぁ精々頑張ってみろ。 不合格でギルドに泣きついても無駄だからな。 どうせコネでカスが入学したって将来はクズになるだけだからな!」
こ、これは! 初対面の僕に対してこの怒りはなんなんだ。
この学校は問題有り有りなのでは無いだろうか。 この人は教員だと思われるのだが、コネとかに過剰に反応している。 恐らく金の力で入学した児童の中に大きな問題があるのだろう。
あ~凄くやる気が無くなってきた。
まぁ最初からやる気は無いのだが、余りにもこの後の展開が見えるようで憂鬱だ。 でも不合格になるのは僕の自尊心が許してくれない。
こうして受けた編入試験であったのだが、試験結果は言うまでもなく問題なかった。
問題は無かったのだが、試験問題に問題があった。
あまりにもレベルが低すぎたのだ。
10才児へ一桁の足し算の出題とかあり得ない。 確かにこれでは満点でないと合格はあり得ないだろう。 これに不合格な奴がいるってことだろうか。 それなら何となく教師の心情も理解できる気がしてしまった。
ええと、僕は小学校で特に何も行動に移さなくていいはずだ。 ならば授業中は存分に修練してやろう。 そうして僕は、特別特待生クラスへと編入することになったのだった。