33. 将棋ゲーム
いつもより長めになってしまいました。
僕らはゲームセットを手に入れてからすぐに町を出た。 そしてすぐに馬車の中でマグネット将棋の対決を始めた。
駒の配置、駒の動き、成駒、取った駒の再利用、そしてニ歩や打ち歩詰めの反則などの基礎ルールだけを教えてゲームをスタートさせた。
正直僕も含めて全員が素人だ。 最初は相手の指し手など読む気もないので、駒の取り合い合戦をしたり、成金大部隊を編成しての戦いをやったりなど、めちゃくちゃだったが楽しいひと時を過ごすことはできた。
数回手合わせしたところ、ゲームで一番強かったのはスティンガさん、次がヴァイタリさん、そしてフィリアさん、僕、アスナとなり、カードゲーム対決と全く逆となってしまった。
前回のカードゲームでストレスが溜まっていたのか、スティンガさん達が、僕とアスナを煽りまくったので、アスナなんかは涙目になってしまっていた。
流石にスティンガ達はフィリアさんに怒られて煽るのを止めていたが、2日目になってある程度先読みもできるぐらいに慣れてくると、今度はだんだん僕らが強くなりスティンガさんたちも黙り込むようになってしまった。 僕とアスナには<図面記録ボード>があるから先読みを事前に試すことができるので有利だったのだ。
森での野営2日目で事件が起った。 魔物の襲撃を受けたのである。 魔物は4匹――女鹿モドキという鹿のような魔物だった。 鹿のような姿だが雑食で狂暴なので危険な相手とされている。
しかし戦闘は一瞬で終わった。
ヴァイタリさんもスティンガさん、そしてフィリアさんまでもが剣を使って魔物を軽く捌いてしまったのである。
「すごいですね。 なんかこう洗練された動きというか何というか」
「おぅ。 俺たちは、これで飯食ってるからな」
そう言って、スティンガさんは、そのまま剣を持ったまま演舞を披露してくれた。
スティンガさんの演舞をパラパラ動画に撮り、僕も折り畳み式の槍を使って、それをゆっくりとした動きで真似てみた。
スティンガさんの動きは、以前アタスタリア王国の道場で見た動きとは大分違っていて、対魔物戦ではこちらの方が実践的なのだろうと思えた。 しばらくすると僕もその動きに慣れて来たので、今の体力に合わせて演舞のスピードを上げてみた。
それを見たスティンガさんが感想を述べてくれた。
「おお~ なんとか様になってんじゃねーか。 これってもしかすると新人冒険者レベルなんじゃないか?」
「いえいえ、こういうのは自然と体が動かせるようにならないとダメですよね。 僕は記憶を辿って動いているだけだから実戦では余り役に立たないと思います」
「カイン兄さん、列古武術流の型の演舞を見てもらったらどうなの? それなら自然と体が動くでしょ? いつも朝とかに練習してるでしょ?」
「ほう。 列古武術流というのは聞いたことがないな。 でも見てやるから、やってみろよ。 俺が指導してやるぜ」
「ありがとうございます。 では僭越ながら披露します」
列古武術流はアタスタリア王国で学んだ武術で、毎日のように練習しているのでアスナの言う通り考えなくとも体が自然と動くようにはなっている。 だがあれからまだ2年半ほどだ。 自分でも未だ修行不足であることも良くわかっている。
僕は言われるがまま列古武術流の1~5の型、そして演舞の型をやって見せた。 故郷で習った時と比べると僕のステータスは数倍に上がっているので技のキレは違ってきている。
「おおっと。 これは予想以上だったな。 武技の型としてはかなりの完成度と言えるし、スピードもそこそこじゃねーか。 こりゃひょっとして新人たちよりも強い位なんじゃね~か?」
「スティンガ、型だけみれば俺もそう思えるな。 だがな、実際にはステータス値で俺たちと差があるし、何分使っている武器が軽るそうだから威力に問題があるな。 それに演舞だけに意識を集中していようじゃ実戦では通用しないだろうぜ。 つまり、まだまだってこった」
「ヴァイタリ、ちょっと 稽古つけてやるってのはどうだ? お前ならちょっとぐらいカインに斬りつけられても大した傷も負わないで済みそうだから、受け役としてでな」
「うーん、そうだな、試しにやってやろうか?」
「はい、攻撃を受けてもらうだけということなら、ぜひお願いします」
実践稽古など久しぶりどころか、殆どやったことがない。 それでも今のステータスで僕の攻撃がどの位通用するか試してみたい、そんな気持ちもあったので模擬戦をやってみることにした。
互いに礼をした後、ヴァイタリさんの様子を窺ったが、一見隙だらけにしか見えなかった。
普通ならあり得ないが、おそらく僕が行動を起こした途端に受けの本領を発揮するのだろう。
僕は、タイミングを見計らってヴァイタリさんに槍を突き入れてみた。
それを見越していたのか、それとも余裕だったのか、”ガチン” という音とともに僕の槍はヴァイタリさんの剣でいとも簡単にはじき飛ばされてしまった。
その時の衝撃は凄い力で槍を手からもぎ取られて僕は両手を痛めてしまった。
手首を捻挫し、指もあらぬ方向を向いている。
痛い、痛い、痛い。
鋭い痛みに僕はちょっとパニックを起こしかけた。
「おいヴァイタリ、何てことするんだ! ケガさせてどうするんだよ!」
「す、すまん。 考えて見れば俺ってDEX低くて手加減が旨くないんだった。 俺としちゃぁ大分気を使って受けたつもりだったんだが……」
「なるほど、そういうことか。 しかし、これは不味ったな」
その時フィリアさんの治療魔法が発動した。
フィリアさんはその様な結果を見越して予め詠唱をスタートさせて保持していたのだ。
通常、魔法詠唱には2分ほど時間がかかる。 それを事前詠唱しておいて保持することにより、20秒ほどで発動できるテクニックがある。 ただし、その保持時間も2分ほどで霧散してしまうのであるが。
フィリアさんの治療魔法、――治療3のエフェクトが僕の手を覆ったと思ったら、 一瞬にして捻挫も指も治り、痛みも引いてしまった。
初めて治療3を受けた僕は衝撃を受けた。
HP回復や状態異常回復を受けたことはあったが、それは多少苦しかったのが治ったという感じだった。 それに対して今受けた治療魔法の効果は直接的な痛みが消えるばかりでなく傷そのものが全く治ってしまったのだ。
「あんた達のような脳筋が子供相手に稽古をつけること自体に無理があるのよ。 子供は大人と違うのよ? ステータスは1/10とか普通だから余程気を付けないとケガさせてしまうのは当たり前なのよ。 稽古は子供専用の教官でステータスが調節できるような人に任せなきゃだめなのよ。 ……それにしても指の一本も千切れて無いって、ちょっと予想外だったわね。 その程度の怪我じゃ治療1でも十分だったかな」
恐ろしい、治療師恐ろしい。
指の一本とか千切れることも念頭に入れて準備していたのか。
優れたパーティの治療師は、状況に応じてあえて治療を見送ることもあるらしいとは聞いていたが、こんなに痛いのを放置されたら堪ったものじゃない。
戦闘パーティにおける治療師は、最悪の場合メンバーの生死の選択までするというのだから、並大抵の胆力じゃできないことも頷けるし、母が戦争でひどい精神的な苦痛を受けたのも納得できる。
それにしてもフィリアさん。 そのニコニコ顔は止めてほしい。 治療師が恐ろしくなってしまう。
……成程そうか、スティンガさん達がフィリアさんを恐れているのはこういう理由だったのかもしれない。
「サブマス、……フィリア姉さん。 それなら最初から言っといてくれれば、こんなことには成らなかったんじゃないか? カインちゃんが可愛そうだろう」
「まぁね。 そうも考えたけどね。 でもカインちゃんはかなり早熟だから、早いところ体で分かってもらった方がいいと思ったのよ。 こういうのって頭だけじゃ本当の理解はできないからね。 カインちゃん、感想は?」
「……はい。 身をもって痛さと治療魔法の絶大な効果を実感しました」
「それは良かったわね。 でもその程度じゃケガの内にも入らないくらいなのよ? 気を付けてね。 手首とか飛ばされちゃうと、……かなり悲惨よ。 これを教訓にして決して大人に喧嘩売ったりしたらだめよ」
「はい、わかりました。 心します」
「よろしい!」
「じゃ、魔物から魔石抜いて、移動しましょうね」
「姉さん、姉さんはDEX高いだろ? カインちゃんの相手してやってもいいんじゃないか?」
「私はダメよ。 もし万一でもカインちゃんの攻撃がかすったら痛いじゃないの。 私痛いの嫌だから」
「姉さんって相変わずですね……」
「何? 文句があるの?」
「 「 いえ、全くございません 」 」
正直僕は大人の冒険者を嘗めていたのかもしれない。 僕はたぶん自惚れていたのだ。
今考えれば、あの人攫いたちですら、僕に手加減していたのではないだろうか。
ステータスを鍛えた人なら、幼少期の子供の頭なんて軽く消し飛ばすこともできるはずだ。
あのサディスト隷属者頭のヨリカンですら手加減はしていたのかもしれない。
今までで見たことのある悲惨な実戦は、盗賊団の襲撃を受けた時のみだ。 あの時は剣と魔法の戦いが主だったが、映画の世界のような絵図だったから、まるで実感がなかった。
しかし今回の痛みでよく理解できた。 本当の暴力は凄まじい。
まだ僕らはそんな暴力には関わってはいけない年齢だ。
やがて森を出た僕らは、すぐに街道を見つけた。
街道を進むと馬車の停留所があり、そこで馬車に乗ることができた。
街道は今も建設工事中で、森を横切る形で開発が進んでいて、あと10年ぐらいたてば森を突っ切る街道が完成するとのことだった。
馬車の中で僕らは性懲りもなく将棋合戦を始めていた。
僕とアスナは将棋盤面のパタンをかなり覚えてしまったため、ハンデ戦でないと負けることはなくなっていた。
”待った有り”はもちろん、駒落ちや初手だけ2回指せるとか、一度だけ相手の駒を封じることができるとか、ハンデの付け方も工夫して思う存分遊んだ。
そんな遊びをしながら僕らは時を過ごし、やがて首都モナッコへ到着した。
首都到着時点で、僕は9才11か月、ステータスは全て58にまで成長していた。
◇ ◇ ◇
首都モナッコ。 そこは南西から連なる高台に位置した都市で、東の方は遠くまで霞んでみえないが、ずっと行けば海がある。 南西側には遥か遠くに高い山脈が見えている。 都市の周には田畑が広がっており、 僕たちが通って来た森は地平線に隠れて既に見えない。
このサトエニア共和国はその名の通り、君主を持たない政治体制をとっているので王族貴族は存在しない。 普通の王国とは違い、能力主義的なところがあるものの、家による貧富の差は依然として存在するので、階級的な社会にはなっている。
この世の能力とは、学力であったりステータスであったりするので、この国においては努力さえすればある程度の暮らしは保証されると言える。 僕の尺度で考えるならばサトエニア共和国は他国よりかなり進んだ政治体制を持つ国であると思う。 そんな国であっても、僕の祖国のアタスタリア王国よりも技術水準は明らかに劣っていて貧しく感じてしまう。
アタスタリア王国にはミズチ様という天才がもたらした内燃機関に似た魔道具等がある。 それらはこの世に産業革命を引き起こしつつあると言って良いだろう。 そしてアタスタリアから離れている地方ではまだその恩恵を享受できていないというのが実情だと思えた。
僕らは首都モナッコの東の冒険者ギルドの近くに泊ることにした。
宿屋のグレードとしては中級レベルぐらいだ。 宿泊費は僕たちの懐から出しているが、そのくらいの出費は全く問題にならない。
宿に入るとすぐにフィリアさんたちは将棋ゲームをやりたいと主張してきたが、僕やアスナは長旅が続いたせいで疲れが出てしまい、早めにお休みをとることにした。
翌朝目覚めて、ご飯のために食堂へ降りて行くと、フィアナさん達が寄って来た。
「このショーギゲームは、奥が深いわね。 昨日は徹夜で対戦してしまったわ」
「それなのに今も食堂でやってるんですか。 すごい体力ですね。 僕らには真似できないです」
「カインちゃんも、アスナちゃんも15才になったらVITを強制的に上げさせられるわよ? そうしたら頑丈になるから徹夜の2,3日ぐらい平気になるわね」
「ええ~、 アスナはそんなの真似したくな~い」
「ちょっと、アスナ。 いい加減にその猫かぶるの止めろよ。 気持ち悪いよ?」
「アスナわかんな~い」
「そろそろマジでそのぶりっ子止めないと、後先つらいぞ? この旅は長いんだからな」
「う~ん。 カイン兄さんはそう思うの?」
「当然だ。 あ! そうだ。 あの手負いのライオンの叫びみたいなの、何だっけ。 そうだ、”この裏切者!”ってのやってみてくれよ。 あれがアスナの本当の姿のような気がする」
「ええ~? なんかいやだな~」
「ほらほら、諦めてやってみせろよ。 アスナがんばれ~」
「こ、この裏切りもの?」
「なんだ全然だな~。 もうちょっと~」
「この裏切りもの!」
「もう一声かな~」
「この裏切りもの!!」
「あとすこしだぁ~! がんばれ!」
「この裏切りものっ!!!」
「……」
「……」
「……」
「こ、これがアスナの本性です。 この魂の奥底へと響く叫びは、……何と言ったらいいのか。 ……精神攻撃の才能が開花したって感じ? アスナには大きな才能があると思うんだ」
「大きな才能を持ってるだなんて、アスナ、はずかしぃ~」
「あ、アスナちゃん、 そのぶりっ子はもういいからね。 ……さすがにお姉さんも驚いてしまったわ。 アスナちゃんのは私の威嚇よりも威力が高いような気が……」
「フィリア姉さんの威嚇は俺等には十分強烈です。 だけどアスナちゃんのもすごいな。 ……これって放置していいのか? ヤバくないか?」
「そうですよ~。 僕なんか初対面で大泣きさせられてしまいましたからね、ヤバイ才能ですよ」
「カイン兄さん酷くない? 大げさだよ~」
「これは大げさな話じゃないですよね? スティンガさん」
「ああそうだな。 大げさ云々よりも、問題があるなこれは」
「ええと、問題ってなんですか?」
「フィリア姉さんの威嚇には実があるんだよ。 あの攻略組のしかも最前線の治療部隊にいたことがあって、今もあの組織の人間なわけだから誰も逆らおうなんて気は起きないんだ。 でもアスナちゃんにはそういうバックグラウンドが無いからな。 下手すると相手に手を出される可能性があるんだよ」
「っと、スティンガ! そんなことバラしちゃダメでしょ? 私は綺麗でいい女。 そんな怖い組織なんて関係ないからね。 いいわね?」
「フィ、フィリア姉さん すみませんでした」
「分かったなら二度と言わないでね。 ……それはともかく、アスナちゃん?」
「はい」
「その迫力ある言葉遣いは当面封印した方がいいわね。 外で使っちゃだめよ? 本当に危ないからね。 わかった?」
「……わかりました。 カイン兄ちゃんにだけに使うようにします」
「……」
「……あれっ? いつの間にか、俺の銀将が手駒から無くなってる。 って姉さん、姉さんの手駒増えてませんか?」
「なにバカなこと言ってんの? 私がズルしたとでも言うの? 証拠はあるの?」
「……」
「そんなにまでして勝ちたいのか……」
「何? 文句があるの?」
「……」
「……」
「ははは。 ぶっちゃけ、このショウギゲームもこのままじゃイケないような気がしてきたぜ。 ……姉さん、正直なところどう思います?」
「そうね、 確かに中毒性が高いゲームだわね。 これもある程度封印した方がいいかも。 ならば、……対戦は一日10回までとしましょう。 それでいいわね?」
「あの~、僕が口を出していいのかわからないですけど。 だんだんゲーム一回に要する時間が長くなってきているの分かってます?」
「そう言われれば、そうね。 ……たしかに今のペースだと、10回やるのは時間的に厳しいかな」
「だから僕から提案なんですが、一日2回までで時間制限ありってことでどうですか?」
「カインちゃん。 そんなんじゃ、遊んだ気になれんぞ?」
「なら時間制限だけで。 そうだな、一日4時間までってことでどうでしょう」
「……わかったわ、とりあえずそういうルールにしておきましょう。 ほらヴァイタリ時間が無くなるでしょ? 早くして!」
「それにしてもフィリア姉さんまでこんなに嵌ってしまうなんて。 これってもしかして売るとかなり儲かったりしないか?」
「確かにそうね。 とりあえず明日商業ギルドへ行って登録しておきましょう。 お金は有っても困らないからね。 カインちゃんが見つけて来たのだから取り分は……」
「すみません。 目立つのは嫌なので取り分は全員で2割づつにしてください。 その代わり面倒な手続きとかは皆でやってもらえると助かります。 取り分が減っても僕はお金が入ってくるだけってのがいいです」
「まあ気持ちは理解できるけど。 カインちゃんがそれで良いならそうしましょう。 ところでカインちゃんとアスナちゃんは商業ギルドの会員証をもってないよね? 明日作りに行きましょうね」
「はい。 ありがとうございます。 よろしくお願いします」
「ね~カイン兄ちゃん 私お金なんか必要ないよ?」
「アスナ、今はそうかもしれないけど、将来的に備えておくのは大事なことだよ」
「う~ん、まぁいいや、分かった。 カイン兄ちゃん。 これは貸しよ? あとで返してもらうからねっ」
「 「 「 「 えええっ ! 」 」 」 」
「皆さん、僕の苦労が分かってもらえましたか? これがアスナちゃんです」
「……」
「……」
「……さて、この件は終わったわね。 それでは、ゲームの続きを、って私の銀将が、無い……」
フィリアさんはヴァイタリさんを睨んだが、ヴァイタリさんは知らん顔だ。
スティンガさんはニヨニヨしている。
さて話し合いは終わったから部屋へもどろうか。 ……いやご飯食べてないな。 ご飯食べよう。 そうしたら、部屋へ戻ってゆっくりとしよう。
それから、僕とアスナは朝食を食べてからフィリアさん達に捕まることなく無事に部屋へ戻ることができた。
結局今日の予定は商人ギルドでショウギゲームの登録だけになったってことだな。 なら今日はゆっくりとできるってこどな。
それでは早速修練を開始しよう。
あれっ? 何か忘れてることがあるような? ……まぁいいや、そのうち思い出すさ。
そして僕は何時ものように修練を開始した。
「コラッァ~! カイ~~~~~ン!!! 」
突然の叫び声に、僕の心臓は跳ね上り、頭の中は完全に真っ白になった。
何? 何だ? 何が起こった? 襲撃? まさか魔物の襲撃なのか?
慌てて周囲を警戒したのだが、そこにはアスナしか居なかった。
そりゃね、部屋の中だから魔物なんているはずがない。
「今日首都図書館に行く約束だったの忘れてるんじゃないのぉぉ~~~?」
しまった!
忘れてたのはそれだったか!
まずい! 何とかアスナに言い訳せねば!
「わ、忘れてなんかいないさ。 ほ、ほら フィリアさんの、銀将が無くなったじゃないか」
「銀将ってショーギゲームの駒のこと?」
「そう、その銀将っていう駒が無くなってフィリアさんが困ってただろ?」
「……ちょっと、また訳の分からないことを。 ……もしかして、腹黒い卑劣な手段で煙に巻こうとしてる?」
マズイ! 非常にマズイ 言い訳しようとしたのが見抜かれている。
アスナには簡単な誤魔化しは通用しなくなってしまっているのかもしれない。
僕の焦燥感は高まった。
ここは正念場だ。 考えろ、考えるんだ!
そしてこの危機的な状況を切り抜けるんだ!
「……」
「いや、そんなことないよ……」
「じゃ何なの?」
「ものが無くなったら、探さなきゃ……。 だよね?」
「じゃ早く探しなさいよ」
「いや、僕じゃ探せないかもしれないじゃないか」
「じゃぁ どうするのよ。 やっぱり話を誤魔化そうとしてるんじゃないの?」
「……」
ヤバイ、さらに深みに嵌ってしまった。
どうする、どうするんだ? 諦めるか、諦めてしまえというのか?
ああっ! そうだ。 フィリアさんたちを巻き込んでしまおう。
最悪フィリアさんのせいにしてしまおう。
「そ、そうだ。 フィリアさん、フィリアさんに頼んで冒険者ギルドへ行こう。 困った時はギルドへ依頼するのが一番じゃないか?」
「わ、わたしをコケにするのかぁぁぁぁ? この裏切り者!!!」
僕はアスナの威嚇に圧倒されてしまった。
もはや僕の敗北は明らかで、言い逃れできる可能性は風前の灯だった。
そこへフィリアさんが飛び込んできた。
「コラァ~~~アスナちゃん。 威嚇はダメってさっき言ったばかりでしょ~~~? 驚いて駒をかき混ぜてゲームで負けちゃったじゃないの。 どうしてくれるのぉ~~~?」
「えっ!えっ! アスナはお兄ちゃんに抗議しているだけで……」
「だから何? 驚いてゲームに負けたのは私なのよ? 被害者は私なのよ? そこんとこ間違わないでねっ!」
「……えっとカインお兄ちゃんが、フィリア姉さんの銀将を探して……」
よし! 流れが変わった。
チャンスだ。 ここで一気に攻め込もう。
将棋をダシに使えばきっとフィリアさんを誤魔化せるはずだ。
無理やり冒険者ギルドへ繋げてしまえ。
「そ、そうですよ。 探すために冒険者ギルドへ行かなけならないのではないでしょうか」
「何よカインちゃん、私はアスナちゃんに大事な話をしているところなのよ。 邪魔しちゃだめでしょ? こんな時に冒険者ギルドへって全く何を考えて、って、あっ! ギルドへ行って貴方達の身分を登録しないと商業ギルドの手続きもできなかったわ。 そうだったわ! カインちゃんごめんなさいね」
やった、フィリアさんが非を認めてくれた。
当初の思惑と全く違ってしまった展開だがそんなことはどうでもいい。 とりあえず非を認めてくれたことが重要だ。
ここで一気にケリをつけてやる。
「そうですよ。 身分を登録しないと図書館へも入れないじゃないですか~。 やだな~アスナに攻められてしまったじゃないですか~」
「……」
「……」
そこで突然気づいてしまった。 そう、忘れてしまっていた事に気づいたのだ。
この際だからダメ押ししてしまおう。
「それに僕たちがここへ来た本当の目的は、”査証” の入手ですからねっ! 商業ギルドでも図書館でもないからねっ。 全く本当に僕がいないと皆好き勝手なんだからっ!!」
「……」
「……」
やった! 僕の大勝利だ!
途中の会話でおかしなところが多々あったようだがそんなの関係ない。
ざまぁみろアスナ、これが僕の実力だ。 思い知ったかっ!
そういう訳で僕らはまず冒険者ギルドへ行くことになったのである。