3. 小学校なんて
そして2か月が経過した。
一時期悲嘆に暮れたり、憑りつかれた様だった僕はすっかり元通り、家族もほぼ元通りである。
僕のギフトが<BRDギフト>であることはすでに両親には伝えてある。
両親や使用人、兄は少し気遣いするようではあったが、妹は最初から全く僕に接する態度は変わらない。
さて、6才になった僕は、小学校へ入学する年齢であり、来月入学見込みである。
とはいえ、僕は不思議な記憶の知識と知力を持っており、この世の知識も<文字記録ボード>にコピーしてあるので、僕にはどうしても小学校へ行くメリット無いように思えるのである。
少なくとも今の僕の学力や知識レベルはそんなものをはるかに飛び越えているのを確信している。
<BRDギフト>の僕は時間を惜しんで研究をしたいのだが、小学校なんかの授業では暇を持て余すのは確実なので憂鬱な気分なのだ。
このまま流されるままに小学校に入学したとしても登校拒否になりそうだ。
色々と考えたのだが、このまま鬱々と思い悩んでも仕方がないので、思い切って母に相談してみることにした。
我が家の教育については母が全権を握っているのだ。
母のカイヤは上級治療師の資格を持ち、以前は王都の魔法部隊で働いていたとの話である。
ある時北方の国との軍事的な小競り合いが発生したことがあり、その軍の治療部隊に徴兵されて従軍したことがあるそうだ。
その時の現場での凄惨な体験がトラウマとなってしまったため、小競り合いが終わり平和が戻ったとたんに、あっさりと王都からこの町へ戻ってきたらしい。
家の中で母を探したが見つからない。
店の方へ行ってみると、父のソラがいたが接客中のようだった。
目があったが、そっと目を逸らしておいた。
正直父は苦手だ。
いつも笑顔なのだが、何を考えているのか読めない。
何度か商談しているのを盗み聞いたことがあるが、結果だけみれば自然と我がグレイプル商会に有利な契約となってしまっていたのだ。
それでいて相手も満足していたようなので、父は何か凄いやり手といった感がある。
もしかしたら相当な悪なのではないだろうか。
そんな思いもあったのだが、僕には父が母の夫であるというのが一番気に入らないところであったのだ。
僕は父に対して反抗期なのだ。 決してマザコンではない…と思う。
店の外を探そうとして表へ出たとたんに妹に捕まってしまった。
最初スルーしようと思ったのだが、腕を掴まれてしまったら逃げられないので相手せざるを得ない。
妹は嫌いじゃないというか、むしろ可愛いので大好きなのだが、最近はとにかく面倒臭さいことになっていた。
「まさか無視するつもりだったの? 」
なんか意地の悪そうなニヤケ顔で絡まれてしまった。
「お母さんを探してるんだ」
できるだけ簡潔に逃れようとして答えたが、そんなに甘くないだろう。
「なんでお母さんを探してるの? 私がいるでしょ?」
う-んミレイがいてもなぁ…と思ったが表情には出さない。
「相談したいことがあるんだ」
「なんで相談したいの? なんで私じゃ駄目なの?」
駄目に決まっているだろうと思ったが言葉に出すわけにはいかない。
「小学校に行くことについて相談したいんだよ」
「なんで小学校の相談するの?」
……ここまででお分かりだろうか。
妹はなんでも質問してくるお年頃なのだ。
最初の頃は気づかずに、僕は可愛いからと、つい丁寧に色々と答えてやってしまっていたのが運の尽きだったようなのだ。
そして気づいた時には手遅れで、僕を見ると獲物を見つけたような笑顔で絡んでくる。
同じ家族なのに、兄とは余り旨く行って無いというか、ミレイが勝手に兄のレビンに苦手意識を持っているようで、この "なんでなんで口撃" は僕に向くことが多い。
「小学校へ行きたくないから相談するんだよ」
非常に面倒なのだが嫌われたくないので優しく答える。
可愛いからね。 可愛いって得だよね。
「なんで小学校へ行きたくないの?」
「……小学校の勉強で学べるものがもう無いんだよ 」
とりあえず ”なんで?” を封じないとならない。 少し返され難い表現で答えてみる。
「……なんで学べるものが無いの?」
質問にちょっと間があったよね? まさか無理やり ”なんで” を繰り返してるなんとことはないよな。 僕はちょっと不安になってしまった。
まさか問答を楽しんでるんじゃ? 言い負かせたいからなんじゃないよね?
「…もう十分勉強してあるからだよ」
僕は忍耐強く答えた。
「なんで十分勉強したの?」
「……」
”興味があったからだよ” って答えることもできたのだが、次の質問は目に見えている。
仕方がないと思って無理やりに切り札を使うことにした。
「可愛いミレイのためさ 」
ふっふっふっ これでどうだ!
「なんで可愛いの? 」
ミレイは言った後、ハッと気づいたのか赤くなってしまっていた。
「……」
僕もどう反応したらよいのか分からずに、狼狽えてしまった。
まさか切り札を返されるとは思わなかったし、どう切り返したら良いかも分からない。
しばらく二人して黙っていると、 兄のレビンが眠そうにして店から出てきた。
兄、いいところに来たな!
話を逸らす良いチャンスだと思った僕は、兄に問いかける。
「お母さんを探してるんだけど知らない?」
「なんで探してるんだ?」
お前も ”なんで” なのか! と一瞬驚愕してしまったのだが、これはさすがに過剰反応というものだ。
僕はあくまでも冷静に対応する。
「小学校について相談したいことがあるんだ」
ミレイに言ったことを繰り返した。
そしてミレイの方を見やると、兄が苦手なのか空気のようにその場を離れていくところだった。
とりあえず窮地は脱したようだ。
ホッとして兄の方を振り向くと、興味を失ったという感じで兄もそのまま家に戻って行く所だった。
結局兄弟からは一方的に不毛な質問攻めを受けただけで母の情報は得られなかった。
まあ、そんなこともあるだろう。
僕は気を取り直して何事もなかったように商業区の中心街の方へ歩きだした。
僕の住むマインタレスの町は、人口5000名程のモトリオーネ男爵領の中心地で比較的平穏な町である。
南側にはドフォン伯爵領があり、そのずっと先には王都がある。
伯爵領と我が男爵領との境目ぐらいには深いダンジョンがあり、その中には魔物が多数生息しているそうだ。
ダンジョンを攻略するダンジョン開拓団という組織が伯爵領にあるのだが、この町にもその支部があり魔物素材などを町に供給しているのである。
母が通っている治療院の施設は町の中心街にある。
この世界には回復魔法や治療魔法という万能な治療手段があるためか、いつもは治療院にはそれほど混雑はしない。
とはいえ病気になったり、ケガをしたりする人は毎日少なからずいるので、上級治療師である母ともう一人の下級治療師とが交代勤務体制をとって常駐しているのである。
今日の母は非番だったはずだが、家に居ないということは、呼び出されて治療院に来ている可能性が高いので僕はそこへ向かっていたのである。