29. 修練魔法
山の中か~ これはヤバイかもしれないな。 僕はだんだん不安になってきたが連れ去られて運ばれている途中でもBRDの研究は続けていた。
そうこうしているうちに、山の中のアジトと思われる到着して拘束から解放された。 そこで見たものは誘拐被害者と見られる子供たちが勉強させれらている姿だった。 その子供たちの様子を見る限り、隷属化されて無理矢理勉強させらているらしい。 あの誘拐実行犯の言っていたことにかなり信憑性がでてきたように思えた。
雰囲気から察するに僕はそのアジトの中で主犯と思われるメンバーに引き合わされることになるようだ。 恐らくそこで隷属魔法を掛けられることになるだろう。 それだけはどうしても避けたいところだ。
引き合わされるまでの間に、僕は<図面記録ボード>にアジトの見取り図を作成して何時でも逃げることができるよう準備をしておいた。
そしてとうとう、アジトの奥へ連れていかれて主犯らに引き合わされた。
「このガキが今回のブツか?」
「へえそうです。 泣きもしねえような生意気なガキですぜ」
「ちょっと体つきが小さくないか? 年齢が若すぎないか?」
「これでも、小学校の最終学年クラスに在籍してトップの成績だったようです」
「学年じゃなくて、年齢が重要だったんだがな。 ……まあ良い。 育成期間は長くなるが、その分リターンも増えるかもしれんからな」
「……」
「では、先生、隷属魔法をお願いします」
いきなり隷属化させられるとは思わなかった。 もう少し猶予があると高をくくっていたのだ。
隷属化されるのは嫌だ。 ここが正念場だと思った僕は実行に移すことにして演技を始めた。
「すみません……。 ……が漏れそう、です」
「……」
「全く仕方が無い奴だ。 お前外へ連れていってスッキリさせてやれ」
「アアア~~もうダメぇ~!!」
僕が苦悶の叫びをあげてお尻を抑えると、僕を掴んでいた奴が怯えて僕から手を離した。
「やっちまったぁ~!!!」
僕は蹲り苦悶の叫び声を上げて頭を抱え込んだ。
このチャンスを絶対に逃してはならない。
僕は頭の魔道具を外して、即発動させた。
魔道具からは青い煙が猛烈な勢いで吹き出た。
「ぎゃ~~~!」
「ひぃ~~!」
「し、しまった!」
「わぉ~~!」
「こんガキがぁ~~!」
「ワハハハハ」
「に、にげ~~!」
「なんだこれは!」
「うひゃ~!」
「ばかやろ~~」
「早く、水、水ぅ~~」
僕は驚愕して大騒ぎする面々に構わず、煙の中をダッシュでその場から逃げ出した。
走る。 走る。 走りながらどんどん逃げる。 そしてアジトの外の山の中へと逃げ込んだ。
僕が使った魔道具は、もちろん魔物素材からできている。 それを使うと青い煙をすごい勢い出すので、山の中で遭難した場合などや、緊急の場合の信号として使われるのが一般的だ。
ただし、この方法には大きな問題がある。 この煙を吸い込むと、肌が青色に染まってしまうのである。 そしてその色は最低2週間以上消えないのだ。
つまり僕のやったことは、 煙を出して位置を知らせるとともに、犯人たちの顔を青く染めて印をつけることだったのだ。
安全圏と思われる山の奥深くまで逃げ延びた僕は、空間倉庫からサバイバル装備、組み立て式槍を取り出して尾根を登り始めた。 もう慣れっこになってしまった感のあるサバイバルを始めたのである。
遠くでは青い煙が立ち上がっているのが見えた。 そして僕の肌も青く染まってしまっていた。
サバイバル生活を開始してから2日後、遠くで赤い煙が立ち上ったのが見えた。 それは事前に取り決めた囮作戦の終結を示す合図だった。
僕は赤い煙を目指して山を下って行き、サバイバル装備類をはずしてあのアジトへと戻っていった。
そこではあの怖い――綺麗なお姉さんが僕を出迎えてくれた。
彼女は僕を見て、一瞬驚いたようだが、すぐに僕を労ってくれた。
「……ありがとうね。 お蔭様で旨くいったわ。 主犯も捉えたし、子供たちも保護できたわ」
「それにしても、貴方予防薬は使わなかったの?」
「はい、時間がなかったので、 チャンスを優先してやってやりました」
「あなたって、真のプロフェショナルね。 ……私には到底できないわ。 死んでも嫌かもしれないわ」
「そんなに嫌ですか? ……やっぱり隔離病棟行ですかね~」
「ええ。 隔離よ。 3週間ぐらい、……いやこの状態だと1か月間になるかもしれないわね」
「僕の顔はそんなに凄いことになってますか?」
「ええそうね。 そんな顔見せられたらトラウマものね。 見た方も見せた方も決して幸せになれないと思うわ」
僕はため息を着いた。 まあ自分の判断で実行した結果だ。 あのタイミングでやったことに後悔はないし、ある程度こうなる覚悟もできていた。 しかし人にトラウマを植え付ける程の酷い状況になるとは正直思っていなかったので少しショックだった。 やはりこの任務は引き受けるべきではなかったのかもしれない。
そうして僕と誘拐された子供達は、リハビリを兼ねての隔離生活に入ったのだった。 つまり僕が使った魔道具により、救出した子供らの顔も青く染めてしまっていたのだ。 このことで彼ら彼女らにトラウマを植え付けてしまったかもしれないと思うと、素直に喜べない気がしてしまった。
隔離部屋は一人一部屋で、患者は互いに合うことができない仕組みになっていた。 そして一人あたり2~3名ほどの看護担当者が付き添い、手厚く保護された。
そんな中、暇になってしまった僕はいつもの通りBRDの研究を始めていた。 外野からの干渉が全くない状態でやりたいことに思いっきり集中できる。 これほど理想的な環境は滅多にないはずなので、何かに憑りつかれたように研究に没頭した。 途中看護師さんが心配して大声で話しかけてくることもあったが、その時だけは笑顔(青いから怖いかもだが)で ”大丈夫ですよ。 数学の難問を解いているんです” と言って誤魔化しておいた。
そして20日以上経過した頃、僕は遂に<発動ボード>の中に、”点” を見つけることができた。 最初それは小さすぎて気づかなかったが、何度も<発動ボード>を調査したためか、その微かで異質な ”点” が目に入ったのである。 例えるならば野球場に小さい小指の先ほどの石が落ちていたのを発見したという感じだ。
僕はその点の部分を拡大していく。 2倍、4倍、8倍、16倍、……そして1000倍を超えたあたりから点の形が変化したように見えてきた。
2000倍、4000倍、 …そして100万倍になったところで、 やっと形状が理解できるサイズになった。 それは16個の青い丸印が縦に一列に並んでいて、それぞれの青丸印から横に短い線が1本づづ出ている図形だった。
<発動ボード>に図形があり、そこから短い線が出ているということから、僕はすぐに<配線ボード>へ線を繋げようと試みてこれには成功した。 しかし、さらに例の16ビットマルチプレクサの出力端へ繋げようとしたが、繋がる線と、繋げられない線があった。 繋がる場合は、16ビットマルチプレクサの出力端から青丸印が出ている場合だけだった。
そこで僕は16ビット2入力1制御線マルチプレクサの入力の1つを、つまり16ビットすべて青丸印に変えて、制御線のビットを操作してマルチプレクサの出力に出し、そこから<発動ボード>へと接続した。
そして次に僕が試みたことは、16ビット2入力1制御線マルチプレクサの残りの1つをVITの修練魔法パタンに変えてから、制御線のビットを反転させたのである。
そのとたん僕の体内で何かが沸き起こるのを感じた。
慌ててステータスを確認した。
アレン 9才
位階レベル 0 0/1000
HP 290/290 0/100
MP 4090/4090 0/100
STR 10 0/1000
VIT 10 1/1000 ← ←
AGI 10 0/1000
DEX 10 0/1000
MND 10 0/1000
INT 10 0/1000
状態 幼少加護 青色の呪い
ギフト BRD
期待通り、VITの修練値が1だけ伸びているのが確認できた。
やった!!!!
BRDギフトの僕でも修練魔法が発動できた!!!!!
やっと研究の成果が出た。 やっと生き延びて不遇を脱することができる。 そう思うと暫くの間涙が止まらなかった。
そして気づくと、いつの間にか看護師さん傍らに寄り添ってが心配して見守ってくれていた。 そんな看護師さんに僕は、”大丈夫です。 数学の難問が遂に解けたので感激しただけです” と言い訳するしかなかった。
それはさておき今度は発動を繰り返す実験を行ってみた。
その結果、以下のことが判明した。
1. 発動するためには、一旦は16ビットすべて ”0” (青丸印)にする必要がある。
2. 魔法発動にはクールタイムが存在する。 クールタイム中の魔法は発動できない。
3. クールタイムは2分ほど。 クールタイムは魔法種類ごとに独立している。
8入力マルチプレクサに全種類の修練魔法を繋いで魔法を発動させても、1種類あたり2分必要なのだ。 これは2分に一回、8種類まで修練値上げが可能であることを示していた。
普通の人は2分に一回1種類しか修練値を上げられないのだから、僕の修練魔法のペースは8倍の速さを持つことになる。
その日僕は寝るまで修練値上げに勤しんだ。 そして寝る直前には修練値200を達成していた。
やっと呪いも消えて 無事退院した時点では、本当にステータスを2ポイントも上げることができていた。
それにしても修練魔法の作業は苦痛だ。 何回も眠くなってミスしたような気がする。
アレン 9才
位階レベル 0 0/1000
HP 310/310 58/100
MP 4110/4110 54/100
STR 12 59/1000
VIT 12 61/1000
AGI 12 60/1000
DEX 12 63/1000
MND 12 57/1000
INT 12 57/1000
状態 幼少加護
ギフト BRD
その後看護師の方に付き添われてやっと帰宅できたのだが、僕を心配していたアスナに号泣されてしまった。 それは、以前と同じように僕の心の奥底にまで大きな影響を与え、保護者のセリーナさんまで涙を流す破目になってしまった。
やっと泣き終わると、今度は一転してアスナは怒ったように僕を攻め始めた。
「そんな危険なことなんて聞いてなかったわ。 何で教えてくれなかったの?」
「散々説明したよね? 死ぬほど説明してあげたじゃないか」
「絶対私聞いてない。 この髪に賭けても聞いてない」
「説明したけど、アスナは図書館に夢中で頭に入ってなかったんじゃないか?」
「絶対私聞いてない。 私は絶対私聞いてない」
「ほら、図書館に行けるようになった時と、セリーナさんに初めて会った時に説明したじゃないか」
「あれ? ……何となくだけど、そんなことも有ったような気が……」
「よし、 僕の勝ちだ。 その髪もらおうかな」
「ええっ! 私ぜった~いに聞いてない~~~~」
「ぼら、僕のこの十円ハゲを隠せるだけでいいから、ちょっとだけ、ちょっとだけならいいだろう?」
「ちょっとだけって何? 今度は私が十円ハゲになっちゃうじゃない。 それに……」
「それに?」
「私の髪がカイン兄さんの一部になるんなんて気持ち悪いしぃ~」
「……」
最初お怒りだったアスナだったが、やがてニコニコとして僕をからかい始めた。
そんなアスナの笑顔が、一瞬妹のミレイと重なって見えた。
そういえば僕の家族たちやミズチ様は今頃どうしているだろう。
僕はちょっと望郷の念にかられてしまったのだった。