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ペナルティギフトと呼ばれたBRD  作者: 猫又花子
第二章 コインロード王国編
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22. ダンジョンを抜けて

 僕たちは運がいい。 

 武具店に来ていなければ逃げられなかったかもしれない。

 エミリ様は漸く何が起こっているかを理解したようで怯えて震えていた。


「大丈夫、このダンジョンを抜けた先の、ランドリフ侯爵領へ向かいましょう。 そこなら王都からも第二ダンジョンからも離れているから、敵軍は攻めて来ないと思うわ」   


 第一ダンジョンにはクローク伯爵領側とランドリフ侯爵領側に入口があるかなり広いダンジョンだ。 僕らはそのダンジョンを利用してランドリフ侯爵領側へと逃れようとしているのである。


 すでにダンジョンンの入口には避難民が少し到着していたので、僕らはその中に紛れて一緒に中へと入って行った。 


 途中で大きな荷物を抱えて困っていた親子を発見した。 事情を聞くと、乗っていた人力車の運転人が突然料金を吊り上げがそれに応じることが出来なかったために降ろされてしまったとのことであった。 現在僕らの人力車を引いている運転人はキャサリンさんである。  キャサリンさんはその親子と交渉して乗せることにしたようだった。 エミリ様の身分を隠すために乗合人力車としてカモフラージュするために利用したのだろう。


 第一ダンジョンの中は舗装されているわけではないので人力車のスピードは出ない。 それでも僕らは避難民の中では先頭グループにいたのである。 避難を先導しているのは冒険者たちの中でも実力者達のようであり、前方での安全は十分確保されている。 


 僕たちは3日ほど掛けてゆっくりと進み、漸くランドリフ侯爵領へと入ることができたのだった。途中人力車での車中泊をし、食事は、空間倉庫を持っていることをバラすことはできなかったので、乗せてやった親子の荷物から分けてもらっていた。 もちろん相応以上のお金は僕を経由でキャサリンさんが払っていたのだった。


 第一ダンジョンのランドリフ侯爵領側の出入口は多少混乱を始めていた。 僕たちは先頭グループの避難民だったのだが、戦火の情報は早く敵が入り込むことを恐れて、それなりに念入りに検閲が行われていたのである。  人力車を引いていたキャサリンさんはそういう仕事の人とみなされ、僕たちは小さいのでチェックされず、乗せて来た親子とその荷物のみが検査されたのである。 そして当然問題があるはずもなく、無事に侯爵領内へと入ることができたのだった。



 ◇   ◇   ◇



 僕らはそのまま侯爵領のサマイヤ市へと入って行った。 サマイヤ市に入ったところで、知人を訪ねると言って、乗せていた親子は分かれて行き、僕らは停留所へ人力車持って行って売却した後、市内のサマーズという宿屋へ泊ったのであった。


 僕たちはその夜、疲れて果てて泥のように眠った。 そして翌日キャサリンさんは、外を調べてくるといって外出して行ったのだった。 


 僕とエミリ様は宿屋サマーズで待機することになったわけであるが、暫くするとエミリ様が泣きだしてしまった。 エミリ様の心情は痛いほど理解できる。 母を失い、家を失い、故郷を失い、今まで一緒にいた親しい家臣たちとも別れたのである。



 そして散々泣いた後にポツリとつぶやいたのだった。


「私はもう貴族ではないのね、……ただのエミリなのね」 



 この国では領地を失うと貴族の称号を剥奪されるのである。 失った領地を取り戻せば爵位は復活できるのだが、そうでない場合には、取り戻した者や功績のあったものに爵位が移るのが普通なのだ。  従って領地を失った元貴族とは平民そのものであり、親戚関係にあったり余程知名度が無い限り、どこかの貴族に庇護されることは無いのである。


 ツキヨミ様の領地内においては、平民どころか隷属者にまで実力主義を通しており、他の貴族の血族を優遇することはなかったようだ。 それに第二ダンジョンから産出される空間倉庫関係以外では貴族同志の付き合いはなかったので、 エミリ様には頼れる貴族が居なかったのである。



「……うん。 今は、……そうですね。 でも僕はエミリ様とこれからも一緒です。 もう家族みたいなものだもの」


「それに僕はツキヨミ様の隷属者だったんです。 知ってましたか? 僕って500ギリルもする高級隷属者だったんだよ?」


「えっ? アレンは隷属者だったの?  ……それは知らなかったわ。  ……でも、だったってことは、今は隷属者じゃないってことなのね。  そしてそれなら、……母様は亡くなったということね」



 エミリ様は随分かしこい。 そして頭が良い事で厳しい現実を理解してしまったのだ。 何とも救われない話である。



「あるいは解放を強く念じてくれたのかもですね」



 可能性は低くともあり得なくもない話である。 今は少しでもエミリ様に希望を持たせてあげたいと思った僕である。



「アレン。 もう私を見捨てて逃げてもいいわよ……」


「そんなことできないよ。 だって僕はエミリ様を教育するって決めたんだ。 教育して育てて、エミリ様から元を取るんだよ。 これからもビシビシ教えるから覚悟してよね」


「もう私を様付けで呼ばないで。 それに元を取るって言っても、私長生きできそうにないから……」


「なんで長生きできないのさ。 僕やキャサリンさんが守ってみせるよ」


「私の、私の<ギフト>はBRDなの。 あの呪われたペナルティギフトなのよ」



 僕は衝撃を受けてしまい動揺を隠せなかった。



 なるほどエミリ様のギフトはBRDギなのか、 それで理解できた。 6才にして悲嘆にくれて自暴自棄だったこと、  ツキヨミ様が僕がBRDと知って非常に驚いていたこと、 ツキヨミ様が僕に何を期待していたのかも、 そしてエミリ様の異常なまでの記憶力も。


 エミリ様は僕と同じBRDだったのだ!


 僕の目からは自然と涙が零れ落ちた。 僕と同じ境遇の子供がいたのだ。 

 だが僕はまだいい。  神に授けられた不思議な記憶を持ち、大人の思考力を持って、さらにミズチ様という良き師匠に恵まれて研究の喜びを知り、記憶力による無双までして見せたのだから。 


 エミリ様は、使えない<文字記録ボード>を抱えて、どうしたらよいか分かっていないのであろう。 

<文字記録ボード>の、索引機能や階層管理機能、そして検索機能等を発見できているとは思えない。 そんな希望を見いだせない状況のまま今まで耐えてきたのだ。  そんなエミリ様の苦悩の程はいかほどだっただろうか。 


「同情なんて今更いらないわ。 ……もう慣れたから」


「エミリ様。 僕も、……僕のギフトも、BRDなんです」  


 僕は遂にうち開けてしまった。



「そんな嘘はつかなくていいわ。  BRDは極めて稀な<ギフト>で、その時代には1名だけしか居ないって誰でも知っている話なのよ」


 考えてみるとエミリ様が僕を信じないのはもっともな事だ。 僕だって<BRDギフト>持ちが他にもいるなんて信じられないのだから。


<BRDギフト>持ちであることを証明するには、<文字記録ボード>を使い、瞬時記憶を披露するのが一番である。 しかしこの場所には、おあつらえ向きの本とかはない。

 何とかエミリ様に信じてもらう方法は無いだろうか、僕は懸命に信じて貰う方法を模索した。


「では僕がBRDであることを信じてもらうために、BRDについて知られていない事実をお教えしましょう。 僕はエミリ様の師匠ですから」 


「師匠だなんて、……もういいわよ」


「先ずは騙されたと思って聞いてください。 <文字記録ボード>なんですが、 階層に分けて分類管理できることができます。 そればかりでなく記録した文字を瞬時に探し出すこともできるんです。 ご存じでしたか?  これらは、<魔法大全>にも、僕が記録してきた十万冊を超える書物にも書いてない事実です」


「何を言い出すの? 私がそんな嘘を信じると思う? そんな機能は<文字記録ボード>には無いのよ」


「無いんじゃなくて、その機能を見つけてないだけなんですよ。 見つけようとする意思と努力が重要なんです。 とにかくまずは、<文字記録ボード>に転写されている文章の一行目以外を選択して、その一行目の中に隠すように、ちょとだけ頑張ってみてくれませんか?  その位やってみてもいいでしょ? 減るもんじゃないし」


「……わかったわ。 減るもんじゃないし、やってみるわ。 無理だと思うけど」


「あ、真剣にやってくださいね。 そうしないと絶対に見つかりませんから。 とりあえずは30分ぐらいは頑張ってみてくださいね」


 エミリ様は真剣に取り組み始めたようだ。 そして20分ぐらい経った時、エミリ様が唐突に目を見開いた。 


「なんか、文章を隠せてしまったみたい。 これっていったい何なの?」 


 エミリ様は驚愕した表情をしたまま、僕のほうへ視線を移して問いかけてきた。


「それは”索引機能”です。 それの索引をいくつか作って、さらにそれらの索引をまとめて隠せば 階層的に文章を管理できるようになるんです。 そうすれば、<文字記録ボード>はスッキリ整理できます。 そして図書館の書架のように分類管理できるので、 多くの本を取り込んでも混乱しなくなるのです。 今度は索引を階層的に管理できるように試してみてください」


 エミリ様は再度真剣な表情で僕の課題に取り組み始めた。 そして20分ぐらいが経過した後、またもや目を見開いたのであった。


「できた! 検索機能を階層的に整理することができたわ。 意外と簡単なのね」


「これで僕が<BRDギフト>持ちって分かってもらえましたか?  BRDにだって未だいろいろな可能性が隠されているんですよ。 <図面記録ボード>だって似たような機能があるし、 まあエミリ様が<図面記録ボード>を覚えたら教えてあげますよ」


「アレンがBRDだったなんて本当だったんだ……。 わたし、わたし……」


 またエミリ様に泣かれてしまった。

 泣き止むのを待ってから、課題を追加してあげた。


「時間はかかりますが、調べたい文字がどこにあるかを探す、”検索”という機能もあります。 検索機能については、探し当てるのに非常に時間がかかるので、気長にそして(くじ)けずに頑張てみてくださいね。 ちなみに僕は1週間程度かかりましたよ」



「そんな、まさか本当に、……本当にアレンは、……本当に師匠は、スパルタだったのね」



 エミリ様は涙を流しながらも、やっと笑顔を見せてくれたのだった。

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