18. 隷属そして異国へ
主人公に厳しい展開です。 苦手な方は読み飛ばしてください。
「すみません 助けてくれませんか、 山賊に襲われて逃げて隠れていたんです」
隠すことなど何もない。 僕は必死にお願いした。 すると大きな騎士風の男性が車から降りて来た。
「子供がここで何をしているんだ?」
大きい、赤い服を着た大男だ。 これは大物だ……意味は違うが大物だ。 僕は僕の境遇を説明し始めた。
「僕は商家の次男でアレンと言います。 人攫いにあって連れて行かれてしまって、さらに途中で山賊に襲撃されて、逃げて隠れてたんです。 助けてください。 お礼はできると思います」
赤服の大男が黙っていると、華奢で綺麗ではあるが、ちょっと妖しい女性が降りて来た。
「ヨリカン いいじゃない。 この子なら丁度いんじゃない? 貴方身分証明できる?」
「はい。 このネックレスですが、僕はミズチ様のところでお世話になっていたことがあります。 ネックレスで分かると思います」
「ちょっとそのネックレス見せてもらえる?」
「どうぞ」
僕はネックレスを渡した。
「……どうやら本物のようね。 これは拾い物かもしれないわ。 ヨリカン捕まえてくれる?」
えっ! と思ったが、ヨリカンに捕まってしまった。
この人たち何なんだ? まさか新手の人攫い一味なのか?
「……すみません。 これはどういうことでしょうか?」
「不運だったようだけど、またまた不運ね。 貴方はまた捕まって売られるのよ。 ヨリカン、さっさと動いて。 あと騒ぐようだったら分からせてね。 顔はダメよ傷つけないようにね」
「はい分かりましたご主人さま」
ヨリカンは隷属化されていて、主人には逆らえないようだ。
「お金ならできる限り出します。 許して……ぐふっ」
僕はヨリカンに腹パンされたのだった。 それは今まで味わったことのない苦しみで声も息もできなかった。
「馬鹿な子なの? そんな私たちが捕まるような真似なんてできるわけないじゃない。 さぁ トットと出発するわよっ。 港で魔法を掛けてもらいましょう。 ここじゃ誰が来るかわからないわ」
隷属者は隷属魔法により縛られている。 その魔法は一般には公開されていないし、王国では禁じられている。 魔法に掛けられると、大人でも魔法がつかえなくなり主人やそのまた主人に逆らえ無くなるのである。 基本的に隷属化の解除は隷属魔法か状態回復魔法でしかできない。 それ以外は主人が死亡するか、主人が解除の意思を強く念じる、かなり強い思いで念じるかである。
僕は中型車に連れ込まれた。 そこには10名の若い男女が無言で座っていた。 怯えた目で一斉にこちらを見たが、ヨリカンを見たのだろう。 僕には関心無さそうであった。
車が動き出した。 僕は猿轡をかまされた。 そしたらまたヨリカンに腹パンされた。 苦しくて声がでない。 苦しさが治まるとまたやられた……。 数回繰り返された僕はいつの間にか意識を失っていた。 ヨリカンはサディストだったのだ。
目が覚めた。 僕は頭だけ残して袋へ入れらていた。
できるだけ意識を失っているフリをしておこう。 また腹パンされたら堪らない。
途中で時々僕のようにされて苦しそうに呻めいているのが聞こえたが無視だ。 僕がその餌食になってやる必要はない。
潮の香がしてきた。
港町に入ったようだ。 暫くして車が停車した。
「起きろっ」
僕は強く揺すられた。 わざとらしく目をさました。
そして袋から出されて、また腹パンされた……。 こいつは! 狂人でサディストだ! 苦しんでいる状態でそのまま車から引きずり出されて跪かされた。
「じゃラドンさん、魔法かけてね。 あ、私直属にするからお願いね」
ラドンという隷属魔法使い?の詠唱が始まってしまった。 絶対絶命だ。 <識別ボード>には 無慈悲にも青赤の印が刻まれていく。 そして僕の中で何かが沸き起こるのが感じられた。
やられた! 僕は隷属化されてしまった。 その時僕は何とも言えない衝撃と絶望感を感じたのだった。
僕たち隷属者は、今船に乗せられて外国へ向けて航行中だ。 隷属者の数はおよそ30名。
サリン――僕のご主人様の身の回りの世話は、僕も含めて3人が担当していた。 そしてその中でも僕はもっぱら頭を撫でられていた。
最初は変態かっ? って思ったが、どうやら愛玩動物扱いのようだった。
もちろん僕の仕事はそれだけではなく、色々な小間使いの仕事やサリンが直接下す命令をうけて働いていた。
それに比べればヨリカンから命令を受けている他の隷属者たちは悲惨だ。 ヨリカンはわざと不得意な分野の仕事を課して、失敗するたびに仕置きして楽しんでいたような奴だったのだ。 また無意味に暴行も重ねていたりもした。 僕も時々あの赤服のヨリカンに捕まって腹パンを受けていたが、それ以外はそれほど悪い待遇でもなかった。
赤服のヨリカンはダメだ。 こんな奴は排除しなければならない。
僕はある日、サリンの命令で隷属者たちへ真水を配るために甲板のタンクのところに来ていた。 タンクの蛇口からは、雫が一定の周期でピタンピタンとしたたり落ちていた。
ふと音がしたので振り向くと、何とあの水生の魔物スッコロビが船に乗り込んでくるのが見えた。
これは、魔物の襲撃だ!!
遠くにいるヨリカンたちは気づいていない。 僕はさっと隠れようとしたが、スッコロビに見つかってしまった。
まずい! 僕は瞬時に閃いて、タンクの蛇口の下に潜り込むようにして座った。 そしてスッコロビが一匹こちらへ来たので、ヨリカンを指さして言ってやった。
「あの赤い服を着た人が、貴方をすっごく馬鹿にしていましたよ」
いきなり話しかけたのででスッコロビは驚いたようだが、そこで僕は寝かされてしまったようだ。 滴り落ちる水滴が僕の頭を濡らしている。 僕はすぐに目を覚ましたと思われる。 スッコロビの攻撃への対策は完璧だったということだ。
スッコロビは知能を持っていて何故か僕の王国の言語を解する。 普通の人が僕の発言を聞いたら気が狂ったと思うかもしれないが、ミズチ様との実験である程度予想されていたことなのだ。
そして戦闘にもならなかったのだろうか、スッコロビ達は数名を抱えて帰って行くところだった。 そしてその中には赤い服を着たヨリカンも居たのであった。
僕は初めて人を寝かせつけるように仕向けてしまった。 未必の故意というやつである。
この後スッコロビがヨリカンたちに何をするか分からないが、きっと食べられるのではないかな?
まさか、スッコロビの仲間にされるとかないよね?
あれ? スッコロビって、人みたいにアタスタリア語を解すって…
まあ深く考えても仕方がないかもしれない。 ただ言えるのは、スッコロビを馬鹿にしてはいけないのだ。
あの隷属魔法使いはこの船に乗っていないようだった。 ヨリカンが居なくなったためか、サリンが直接隷属者たちに指示を出していたのだ。
サリンは大変忙しそうだ。 ……ざまぁみろ!
ちょっとした”ざまぁ” なのだが、少しだけ気が晴れた。
サリンは大変忙しい。 何が忙しいって、隷属者への監視が忙しいのだ。 隷属者達って指示されるとちゃんと動くのだが指示されないとサボるのだ。 それでも、なんとか船の仕事が回っているのは、サリンが普通に能力に応じて隷属者に仕事を割り当てたからにすぎない。 いづれにせよヨリカンが居なくなったことで、我々隷属者の環境は大幅に改善したのだった。
航海が続くにつれ隷属者たちも大分余裕が出て来たし暴力沙汰も無くなったので、怖がっていた船員たちもだんだん隷属者たちに順応するようになっていた。 僕も船員たちから、目的地のコインロード王国語を直接教えてもらえたりもした。
コインロード王国の言語は、アタスタリア王国の言語と共通点が多かった。 方言レベルの違いといっても過言ではない。
僕は<文字記録ボード>に保管されている辞書を用いて、すごい速度で言語を習得していった。 そんな航海が2か月程続き、僕たち隷属者は、コインロード王国のアスペラの港町に到着したのであった。