14. 世相
時は移り8か月後、僕たちは、未だに王都に居た。
ミッチーラ魔道具マスターは、時々帰ってきて魔物の僕と一緒に研究をしていたのだが、割とあっさりとゴネもせず王宮へも戻ってたりもしていた。
流石にメロディアさんは最初の頃だけの護衛だったようだ。 僕には、新たにサイヤジさんという平民の護衛がついた。 僕はこれ幸いとサイヤジさんを伴って好き勝手に行動していたのだ。
兄レビンにも、オラクラさんという護衛がついたが、基本は塾みたいなところに強制入院させられており、自由な時間はほんの少しのようだった。
兄よ、今の努力は将来の君のためになるのだよ。 僕は余裕をもって上から目線でそう思っていた。
僕は好き勝手していたといっても、塾みたいなところに行ってないだけで、実際には道場で訓練したり、図書館で業務していたりしていたのである。
道場では、型の練習を続けている。 やるならちゃんと覚えようと、パラパラ動画を見ないでも動けるように練習もしていた。 さらに型を使ったちょっとした打ち込み練習やら、基本的な体術さえも経験させてもらっていたのである。
図書館では、大した業務はなかった。
外国語の翻訳家たちのお手伝いだったのだ。 要は生き字引として使われたのである。 週二回 6時間の拘束時間で、実際には呼ばれた時だけの対応なので非常に楽な仕事だった。
暇なときには司書のコンセンスさんから発音記号の発声までも教えてもらえたりした。 翻訳には、その国の単語だけでなく、文化や歴史、地理や風土、宗教は思想、政治情勢など多岐にわたる知識が必要となるため、それらをかなり早く検索することができる僕は大変重宝されたのである。
さて僕の興味は、どちらかというと自然科学系、さらに魔法関係だったので、百科事典はもちろん、専門書に至るまで積極的に、<文字記録ボード>に取り込むことにしていた。
たま~に娯楽小説なども取り込んで置き、旅などで暇を持て余すときなど備えてもいた。
また将来に備えて、一回だけ〇ッチな本なども写真としてコピーしておいた。 これは図書館には無かったので、それらしい書店に潜入して、”お兄ちゃんに頼まれたんです”と言って、探すフリして立ち読みでコピーしたのである。 立ち読みって言っても、わけが分からないフリをして、かなりの速度でパラパラ捲るだけなので、書店員さんもたいして気にしなかったようだ。
はい、それはほんの数冊程度です。
まあ沢山あっても僕が所有しているかなんて誰にもバレないんですけどね。
また、本ばかりでなく、実践的な写真なども多く取得した。 植物園や、博物館、動物園や、魔物博物館、果ては美術館まで通ってしまった。
さらに多くの工房も見学した。
ミズチ様の書生という身分を利用すれば、大体の工房は細かいところまで見学させてくれたのである。
そして僕の蔵書はいつの間にか十万冊を超えていた。 写真の枚数はパラパラ動画も多数あるため数えるのは困難だ。
これで長生きさえできれば、英雄にはなれずとも、僕は十分一角の社会人にはなれるとの確信は持てていたのである。
そんな生活が日常であると思えるようになった頃のある時、商店街で目ぼしい物をさがして歩いていると、気になる会話が聞こえてきた。
「あんたさぁ~ また値上げかい? こんな短期間におかしいでしょ 何考えてるのよ!」
「いや ちょっとまってください。 仕入れ値が高騰していて、私らも困ってるんですよ」
「なんで高騰するのよ。 小麦は去年は豊作だったし、今年もそこそこだったって聞いてるのよ。
おかしいでしょ~」
「おかしいのは同意しますがね、仕入れ値が高騰しているのは確かなんだし、何なら他の店でも聞いてみたらよいですよ」
「近所の店が高かったから、ここへ来たんじゃない。 ここでも高いなんて聞いてないし。 まさか誰か買い占めとかやってるんじゃないの?」
「それは分かりませんが、出回る量は確かに減っているようですね。 私もね小麦に関しては全く儲けはでないんですよ。 むしろ今は仕入れ値でそのまま出してるんですよ。 こんな状況が続くなら一旦店をたたむしかなくなるんですよ 」
「……わかったわ。 それでいいからこれください」
「いつもありがとうございます。 本当に困りますよね。 全くもうどうなっているやら」
原因不明で、小麦粉が高騰しているようだ。
まさか保存食料が全体的に値上がりしているとかないよな?
武器とか防具とか値上がりしてないよな?
僕は多少不安に思ったので色々と調べることにした。 その結果、確かに保存食料とか武器防具類なども高騰しているようだった。
これはヤバイかもしれない。 また小競り合いとかあったら、早めに逃げ出さないと母が徴兵されてしまうかも! 僕は、慌ててミズチ邸まで戻ることにしたのだった。
ミズチ邸に戻った僕は、すぐに母かメロディア様を探した。
母は居なかったが、メロディア様はいらっしゃったので、すぐに面会を申し出た。
メロディア様はすぐに会ってくれた。
「メロディア様。 至急お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ん? そんなに急いで何かあったの?」
「えっと、小麦とかの穀物や、武器とかも価格が高騰しているようです。 何か戦争とか小競り合いとかの兆候はないですか?」
「……」
メロディア様は黙ってしまった。
「アレンちゃんからそんなこと聞くなんて思わなかったわ。 そろそろ隠しきれないのかもね」
僕は ”ドキッ” としてしまった。
「そうよ、隣国との情勢が微妙なの。 隣国だけじゃなくて、他の国々も同様なのよ」
それって世界大戦? それはヤバイなんてものじゃない。特に王都なんて危険すぎる。
「まさか、世界的な大戦争が起こる可能性があるのですか?」
「う~ん そこまでは無いとは思うけど、絶対ないとは言えないわね。 それでも兆候を市井の者たちまで気づき始めてるとなると、ちょっと放置できないわね」
「うん。 ちょっと王宮まで行ってくるね。 それからアレンちゃん。 身の回りのものを整理しておいてね。 できるだけ早めに男爵領へ帰った方がよいと思うわ。 もしかしたら移動禁止令とかが出るかもだから」
「それから、アレンちゃん サイヤジを呼んできてね。 すぐに自動車の手配とか移動許可申請してもらうから」
僕は一礼をしてから、すぐにサイヤジさんを呼びに行ったのだった。
それからは早かった。 次の日の早朝には僕たち一行はミズチ邸を出発したのである。 僕らには護衛として、サイヤジさんとオラクラさんが同行してくれた。
ミズチ様からは伝言が一言 ”何もなかったら、わしも直ぐ後を追う” とのことだった。
この話を聞いた母は、かなり怯えていた。 やはり前回の小競り合いがトラウマだったのだろう。 兄は不安げであったものの、事の重大さは理解できていないようだった。 それはそうだろう、映画とかが無いこの世界では、体験しなければ戦争の怖さ、悲惨さは理解できないだろう。
だが兄よ。まだそんこと理解しなくていいのだよ。
15才まではまだ守られるべき子供なのだから、怖いことは考えるべきじゃないよ。
僕が立派な大人だったら、レビン兄さんを守ってあげるよ。 僕はそう思うのだった。
どんな世でも、どんな時代でも子供は幸せでなければならないのである。
王都を出る前に、車中泊ができるように色々とサバイバル用品も買いそろえておいた。 費用はミズチ様から十分いただいてきたのである。 もちろん要所要所で宿泊しても良かったのだが、移動禁止令とかがでたら悲惨だから急ぎに急いだのだ。
車の運転は、兄以外の全員が資格を取得していたが、僕には運転を許可してもらえなかった。 夜昼ノンストップで運転を交代しながら、やっと男爵領についたが、その2日後には移動禁止令が出たのだった。
僕たちが家に戻ると、妹のミレイに大泣きされた。 僕もあの時と同じように不覚に貰い泣きしてしまった。 兄は必死にこらえていたようだが、結局少し泣いていたようだった。 母も泣いた。 父以外みんな泣いたのであるが、ミレイについては翌日も泣いていたのだった。
そうだよね。自分だけ置いて行かれたんだものね。
ミレイは昔の僕よりも泣いたんではないだろうか。
それからは大変だった。 ミレイは通っていた小学校へ行きたくないと言い出し、小学校の卒業試験を受けることになったのである。 当然ながら優秀なミレイは、6才にして小学校の卒業資格を得てしまい、僕や母に始終まとわりつくようになってしまったのである。 僕や母が外出しようものなら、かなり厳しく追及してくるのだ。
不穏な世相にも関わらず、そんな毎日に僕は小さな幸福を感じていたのだった。
◇ ◇ ◇
そして僕は8才になっていた。
<識別ボード>と <線引きボード>を覚えたのである。
<識別ボード>の機能は、誰かが魔法を使えば、魔法の発動の様子が青と赤の丸印の羅列のパターンとして見えるのである。 このパターンは魔法大全に載っていたものと同じであるので、そのものの価値はなかったが、何の魔法が使われようとしているのかが、事前に判断できるというメリットもあったのである。
そして<線引きボード>についてである。
この<線引きボード>は多層構造にすることが可能で、枚数は10枚程度まで増やせるようだ。 それに<線引きボード>には線が書き込めるのである。 曲線は書けない。 不可解な<ボード>なので、いろいろと試行錯誤していると、多層構造の任意の<ボード>間を垂直線を引いて繋げることも可能だった。
それ以上何もできなかった。 ある意味事前情報通りだ。
立体模型でも書いてみるかと思ったが、記録ボードのように外部視野からのコピペができないため、非常に使いずらい。 結局僕の結論も、<線引きボード>は意味不明としか言いようがなかったのである。
移動禁止令が出てからは、やはり隣国との小競り合いがあったのである。 小競り合いといっても、十数年前の小競り合いと比較すると規模が大きく被害も大きかった。 子供には余り関係がなかったかもだが、母を連れ出したのは正解だったのだ。
それでも半年たった今では、隣国との和平交渉が成立していたので、アタスタリア王国は平穏を取り戻していた。
他の国々では紛争がまだ続いているようであり気がかりではあったが、アタスタリア王国は、海や高い山、断崖絶壁などで囲まれており、接しているのは隣国だけであったので、隣国すなわちムラサメハルナ連合国以外の情勢を考慮しなくて良かったのである。
外敵候補が隣国だけで、魔道具技術によって栄えているこの国は、中規模より少し小さいくらいの国に関わらず、非常に恵まれた国家であることは間違いないと言えた。
そんな中、僕たちはどうしていたかというと、不謹慎だが簡単に言ってしまえばピクニックを楽しんでいたのだった。
具体的には、サイヤジさんとオラクラさんを伴って、男爵領内の山や川、野原などで色々と観察したりキャンプしたりして学んでいたのである。
僕も兄も妹も、全員現時点で必要な卒業証を持っていたので可能な所業であったのである。
ピクニックと言っても、サバイバル装備を身に着けて、薬草採取や、山や川からの食料の調達、狩猟や、簡単な魔物討伐までやっており、実践的な勉強、つまり実習をしていたと言ってもよいだろう。 サバイバル装備は、あらゆるサバイバルに必要な道具が附属されている胴着のことで、防御力もあり、その使用法の習得はダンジョン開拓団などの所謂戦闘職では必須とされていた。
それにしても、キャンプで見た夜空はきれいだった。
花畑で見た妹の笑顔は可愛かった。
大自然の中での家族との談笑は大変楽しかった。
もちろんそれら全ては記念写真に残して大事にしたのだった。