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彼女の左目

作者: 小笠原留守

私,左目に星があるのよ」


確かに彼女の左目には星があった。


青味がかった彼女の瞳の周囲に星がひとつ。


「みんなただのほくろだとか,なんとかいうけれどね,私は星って言ってるの。だって,その方が素敵でしょう。どう,あなたには星に見えるかしら。」


そういって彼女は僕の顔をじっと見つめた。


僕は彼女の左目を見つめた。


小さな星


そして僕の高鳴る鼓動。



そして目の前は真っ暗な宇宙に。



初めてのキス



初夏の暑い午後だった。



6ノットの風が,休日のプールサイドの水面をなでていた。



震えが止まらない,怖いのでも寒いのでもない。


腕の中の彼女をとても愛おしく感じて,震えがずっと止まらなかった。



僕よりも小刻みに,彼女は震えていた。



「夏休み明けにね,転校するのよ。」



彼女の左目の星が,涙で滲んだ。



そして,僕も,泣いていた。



大人になった今でも,あの日の彼女の左目の星を僕は鮮明に覚えている。



13歳,夏休み,休日のプールサイド


何年振りだろうか。



僕はこの街に帰ってきた。



友人から譲り受けた白いクーペに乗り,思い出のプールサイドへ



あの夏の日が100%なら,僕はずっと100%に満たない恋をしてきたような気がする。



だが,もうやめよう,たかが中学生の思い出じゃないか



「あのね,もしあなたがずっと私のこと好きだったら,また会えないかしら。ねえ,いったい何歳までをずっとにしたらいいのかな,私だっておばあさんになってまであなたのことを思いたくはないわ,それはそうでしょう,そのときはね,お互い,ちゃんとやり直すの。違う人とね。そして私もきっと結婚するんだわ」



リミットは彼女の25歳の誕生日,そうきまった。



その後彼女の消息は分からない,手紙のやり取りもいつしか途絶え,久々に出した年賀状は僕のもとへ戻ってきていた。



そして今日,僕はあの日の約束だけを頼りに車を走らせている。



バカだと思う,我ながら。



だが,そうせずには前には進めなかった,これで前に進める,彼女がいるかいないかなんて関係ない。僕の中のけじめだった。



僕の中の100%をゼロにするのだ,そして生まれ変わるために。



ラジオからはクリストファークロスのニューヨーク・シティ・セレナーデが流れていた。

彼女の家で,こっそり彼女の父親の書斎で聴いた曲の中のひとつだ。



クーペをとめる。



駐車場の裏がすぐプールだった。



約束の日のプールは,中学生であふれていた。

夏休み中のプールの解放,彼女の誕生日は夏休みの真っただ中だった。



車を降りて,少しずつプールに近づく。



怪しいものと思われては困るが,せめて思い出のプールサイドにさよならをしたかった。



プールにいる大人は二人の監視員と当番の母親が三人。よくある光景。



プールサイドにサヨナラをして,僕はまたクーペに戻った。



学校近くのサービスステーションに立ち寄る。



隣には大きなワゴンRに若い夫婦が乗っていた。助手席にはチャイルドシート,女の子が一人おとなしく座っていた。


窓は全開放,狭いサービスステーションは隣の会話も風が運ぶ



「このあたりに中学校はありませんか」


「はい,次の信号はいって左です」


「ありがとう」



ドライバーは男性だった,奥さんは後部座席にいるのだろう。



「バイバーイ」



助手席の女の子が僕に手を振った。




暖かい笑顔,5歳に満たないだろうか。





僕もせいいっぱい微笑みをかえす。笑顔は得意ではない。




そして,黒目がちな女の子の瞳を見つめ,僕はゆっくりと目を閉じ,大きく深呼吸した。



女の子の左目にも小さな星が入っていた。



彼女と全く同じところに。



すべては終わった,そして又始まりを迎える。




いったい今日まで彼女の左目の星は何光年の光を発していたのだろうか。




僕が胸を焦がした光は11年前のあの日彼女の星から発した光だったのかもしれない。




11年たって,いま僕はやっと次の世界に踏み出せるのだ。


11年たって届いた光は,これで安心して今を見つめるだろう。



11年かかって届いた光を,僕は静かに見送った。

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