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小桜戦姫  作者: 小桜project
3/5

プロローグ3

 「しいちゃん!しいちゃーん!」

名前を叫び、両手を広げて駆け出す。

「京ちゃーん!」

詩花もまた同じようにして私に走り寄った。

「「おっとっと。」」

お互い二、三歩進んだところで急ブレーキをかける。正面衝突ギリギリ回避だ。ドラマのような感動の再会には距離が少し足らなかったが、嬉しさはヒロインが感じたそれ以上だ―のはずだ。

 そうだ。本校にはこの子がいたんだ!ハァハァと肩で息をする。走った距離は2メートルもないが、突然の興奮が呼吸を荒くした。

 「しいちゃんがこっちにいるのすっかり忘れとったで!」

「え。ひどーっ。」

しーちゃんはぷくっと頬を膨らませ、私に上目遣いを向けてくる。ツリ目もあいまって少しきつい印象を受けるのは、保育園から変わっていない。

「なんでこんなところにおるん?授業中やろ?」

「京ちゃんを迎えに来たに決まってるじゃん。廃道からくるって予想大当たり。」

イヒヒッといたずらっぽい笑みを浮かべる詩花。これも保育園の頃のまんまだ。

「ウチを待っててくれたんか!ごめん。ゆっくりきてもた。」

しまった。ところどころで道草したことを悔やむ。いつから外にでていたんだ。身体は冷えていないだろうか。

「気にしないで。風に吹かれてたら気持ちの整理つけれたし。」

「気持ちの整理?」

「うん。」

「…。」

「…。」

少し間の後、詩花はこう続けた。

「罪悪感が帳消しになるくらい幸せにすればいいんだって思えたんだ。」

その時、風が私達の間を過ぎた。自然と風が来た方を向く。鉛色の空だ。

「…ほぉ。」

静かにうなずく。正直彼女の言葉の意味は理解できていない。けれど意味と共に放たれた「雰囲気」は私にも伝わった。なんか、甘い。甘くて、アブナくて、大人っぽい。まるで少女漫画のセリフではないか。しばらく会わない間にずいぶんロマンチックなことを言うようになったものだ。

 そう感じたのは彼女の格好も一役買っているのかもしれない。詩花の服装はシャツにカーディガン、首元にリボンときた。なんとまぁ垢抜けちゃって。

 「さ」

私が感心していると、詩花が両手をパチンと合わせた。

「続きは中で話そうよ。案内するから。」

「それもそうやな。…ん?」

手が伸びてきたからちょっと戸惑う。手が肩に触れ、食い込んでいたひもが浮いた。

「重かったでしょ。」

「あ、ありがとう。助かるわ。」

ランドセルの上から背負っていた体育袋を持ってくれるようだ。キリキリする肩の痛みが消え、気が晴れる。

「じゃ、行こっか。」

「せやな。」

ふむ。キャラものの体育袋を背負ったことで、大人っぽさは二割減といったところか。私は年相応に幼くなった少女の後に続く。

 「あ。」

詩花が振り返る。遠心力のかかったおくれ毛が私の鼻先をかすめた。

「忘れてた。京ちゃん。」

詩花の目が爛々と輝く。

「私達さ、同じクラスだよ!」

 窓がない廊下は、日中だというのに薄暗い。

「ウチ転校の事さっき知ったんや。急すぎるやろ?」

前の話題が一段落し、次の議題に移る。「前の話題」とはもちろん、私達が同じクラスだったことについて。当時の状況は想像に難くないだろう。

私の問いかけに詩花が上目づかいでこちらを向く。背が低い彼女は、人と話すとき相手を見上げる格好になる。百五十センチの私より頭一つ…は言い過ぎか。でもその手前分くらいには小さい。

「しーちゃんはウチのこといつ知「先生から聞いた!」」

「すごい食い気味に言うじゃん!?」

前のめりになる詩花に思わずツッコむ。まるで早押しクイズの髙橋名人だ。なにが彼女を急かしたのか。あと会話がかみ合ってない。

 道なりに角を右へと曲がる、と。

「お。」

視界に広々とした空間が映った。

「ここが一年棟。」

私から見て左側には教室が立ち並び、ガラス窓からは蛍光灯の灯りがさしている。向かい側はがらんとしており、まぁおなじみの構造だ。

「この先に階段があるから。」

「りょーかい。」

通路と教室を隔てる壁は上半分がガラス張りになっている。だから、横を通り過ぎるとき中の様子がよく見えた。教室では小柄な子供たちがお行儀よく座っている。前にいる先生の話を聞いているようだ。一年生ということは、この前入学式があったばかりだ。保育園と環境が変わって緊張しているのかな。

 「華奢やなぁ」

子ども達はみんな凄く小さい。小さいというか、薄いというか。腕も胴も足もペラペラで、片手でも持ち上げられそうだ。

「なぁ、しーちゃん。ウチらも四年前は保育園児だったんやで?」

隣にいた同じくらいペラペラした女の子に話を振る。深い意味など無く、頭に浮かんだことを言ってみただけだった。でも、受け手は思いのほか深刻に受け取ってしまったらしい。

「四年…か。」

詩花はそうつぶやき、歩みを止めてしまった。

「…。」

「え。ちょっと。しーちゃん?」

無言のまま来た道を戻り、おもむろに教室に近づいていく。壁まで進むと、腕を開き窓の下縁に両手をついた。

「ふー…。」

深く息を吐く。目はどこか遠くを見つめている。

「…。」

「…。」

「っていや、ドラマで犯人が回想シーンに入るときのやつ!」

ちょっとの間あっけにとられてしまっていた。いや、私の話がきっかけで四年間を振り返りたくなったのは、まぁ分かる。けれど、教室の大窓に手をかけるのは全然わからない。

しかも今は授業中。こっちから中が見えているということは、向こうからもこちらが見えるということだ。いかんでしょ。

「担任に気が付かれたら怒られるで!」

私の場所からはドアが邪魔して担任が見えない。私、扉、先生と横一列に並ぶ位置にいる。見えはしないが怒鳴り声があがっていないなら、まだ詩花を見つかっていない証拠だ。はやく窓から遠ざけないと。

「ほら。はよ行くで!」

「…。」

微動だにしないやん。両手を机の端につき少し前かがみになる、通称セミナー講師スタイルで固まっている。おかしい。背丈は一年生と同じくらいだと思うが、詩花をみて片手で持てるイメージがわかない。両手で抱えることがやっとだろうか。とにかく詩花は重そうな印象。

ガラスから詩花をはがそうと、私も近づいた。

「ヒッ」

詩花の横に立ったときだった。教室全体を見渡せる位置に立ったとき、状況に血の気が引いた。半分くらいの生徒がこちらを見ていたからだ。

トクントクンと鼓動の音が聞こえる。オワッタ。これだけの数が廊下を向いているんだ。先生が気づいていないわけがない。今すぐにでも金切り声が上がるだろう。待てよ、私達が行こうとした瞬間に飛び出してくるタイプかも。どっちみちもう手遅れだ。

上級生が、「観念して事件当日を振り返り始めた犯人」の真似をして自分の授業を妨害している。先生の怒りは想像もしなくない。きっと顔を真っ赤にして怒るだろう。ヒステリックを起こすだろう。詩花がこんなことをした理由を聞くだろう。私にも分からないだろう。

「…!」

怒鳴り声に備える。

「うっ…!」

今すぐにでも来るはずの怒鳴り声に備える。

「…!」

「…!」

…。こない。もしかして、気づいていない?なら!

「いつまでやってんねん!演技力は評価したるから!」

詩花の手を握り、引っ張る。そして駆け出した。

 上へ続く階段を登る。結局先生が出てくることはなかった。信じられないけれど、本当に気づいていなかったらしい。天然で有名な担任の琴ちゃんでもあれなら分かると思うんだけど。でもまぁ結果助かった。それはいいのだが。走っている間、私はそれとは別の事がきになっていた。

「さっきさ、こっち見てた子達いたやん?」

演技を終えた女優に尋ねる。

「いたね。」

「なんかさ。みんな変じゃなかった?」

「変って?」

足元をよく確認する。片手に花束、片手に詩花の手だ。階段を踏み外しても手は付けない。

「なんていうか、怖がってたっていうか。」

怖がってたというか、顔が引きつっていたというか。

「そう?京ちゃんの茶髪が珍しかったからじゃない?」

「せやろか。」

「…。」

詩花からの返事はない。

 意識が会話から外れ彼女とつないでいる手の方に向く。女の子にしても細い指が、私の指との間にこっちりとはまっている。手を離すタイミングを逃してしまった。今振りほどくのもおかしい気がしてそのままにしておく。

 「あー、でも。」

話はまだ続いていたようだ。

「気持ちわかるかも。」

「え?」

反射的に顔を上げる。

「あいつら一年生でしょ。怖いよ。」

怖いよ。

彼女の口から出た言葉は、底にたまるような確かな重みをもっていた。

「なにが怖いん?」

「んー。一つのものが怖いというよりは、漠然と怖い。」

「バクゼン」

「うん。漠然。」

「しーちゃんもそうだったん?」

「低学年の頃なんて恐怖しかなかったよ。漠然とした、ね。」

「そっか。」

意味も分からず私はうなずいた。「バクゼン」の言葉の意味は分からない。でもその響きは黒く不気味なものを連想させた。


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