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小桜戦姫  作者: 小桜project
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プロローグ2

 三十分前、午前八時五十分。

 私は小桜源流小学校分校の脇を歩いていた。この先にある小桜源流小学校へ向かうためだ。分校からならこの裏道を通った方が断然早い。

 歩くたびにラッピングされた花束がカサカサと音をたてる。

 車一台がギリギリ乗るか乗らないかのこの道は、校舎に沿って一周している。アスファルトで舗装された灰色の道だ。休み時間には美弥(miya)ちゃん達とよく一輪車を走らせた。ここは私達のお気に入りの場所だ。地面がデコボコしていないからお股が痛くならないし、なにより人がほとんど来ないからスピード出し放題。体感だと六十五キロはでていると思う。みんなはこの道、というか校舎の裏に近づきたがらない。先にある草原と川が怖いのだ。「怪物をみた」とか「お化けがでる」とか様々な噂が立っているからだろう。どアホ。そういう輩は決まって夜行性なのだ。昼間は寝ている。人でごった返すと困るので言わないけれど。

 まぁ、とにかく、楽しかった。そんな日常があと二年続くものだと思っていた。それなのに。

 よどんだ空のもと、今朝も私は登校班の子供たちと共に学校に向かっていた。この班には六年生がいないから五年生の私が一番のお姉さんだ。列の一番後ろを歩いて低学年の子達を見守る。

 校門に差し掛かった時、玄関に人が二人立っているのを見つけた。あれは…琴ちゃんと美弥ちゃん?

「おはよ、どないしたん?」

班の子達と別れてから二人に声をかける。なにごとだろう。二人とも目が赤いし、美弥ちゃんは手にスタイリッシュな花束をもっている。

「おはようございます。京さん。」

最初に口を開いたのは琴ちゃんこと、担任の朝吹琴(asahuki・koto)先生だ。去年教師になったばかりの新米で不慣れなところもあるけれど、いつも優しくしてくれる。あと、いつものことだが、スーツがちょっと小さい。胸のあたりがパツパツだ。

「あのね。」

先生はそう言うと下を向いてしまった。

「何かあったん?」

琴ちゃんはお腹の下あたりで組んでいた手をぎゅっとしてから顔を上げた。

「京さんは本校で生活することになりました。」

「え?」

「京ちゃん、これ。」

美弥ちゃんが、お花を差し出してくる。彼女のトレードマークのポニーテールがかすかに揺れる。

「え?」

「スイートピー」

ちゃう。花の名前を聞いたんとちゃう。けれどそんなツッコミさえ声にならない。…どういうこと?私が本校で生活する?

 角に差し掛かったとき足を止めた。道が二つに分かれている。直進か右折かだ。いつもならここで右に曲がる。校舎の裏を通って、再び右折すると正面に出られるのだ。でも今日は真っすぐに進まなければならない。

 おかしい。琴ちゃんは、本校と分校とで五年生の数を合わせるためだと言っていた。でも、そんなことってある?人数は春休み中のクラス発表の時点で分かることじゃないか。もう始業式も終わっているのに、なんで今頃?それに本校と分校の間で生徒の移動があるなんて初耳なんだけど?それも、よりによってどうして私?納得いかない。

 …まずは行かないと。教室を出た時点で一時間目の直前だったのだ。近道といっても、さすがに分校まで五分はかかる。遅刻だ。再び歩き始める。

 「…っと」

風が吹き付け髪を揺らす。今までは校舎が壁になっていたから感じなかったのか。冷たい風に撫でられてお腹が痛くなってくる。なれない道に踏み出した途端、不安が襲ってきた。

 どこからか、ふわりと甘い匂いがする。出どころは美弥ちゃんがくれたスイートピーか。左手の花束を顔に近づけてみる。水色のラップが軽い音をたてた。ピンクと黄色をそれぞれ牛乳で割ったような、柔らかい色をした花びらだ。

 …美弥ちゃん。本校には美弥ちゃんも、琴先生も、優しいクラスメイト達もいない。身内をよく言うのもあれだけど、私がいた五年三組は特別気のいい人たちが集まっていたと思う。さっきもクラスのみんなは私のためにお別れ会を開いてくれた。

 転校を伝えられた後、状況がよくわからないまま美弥ちゃんと共に教室に戻った。すると、黒板には私の似顔絵と思われる大きな絵と、みんなからのメッセージが書かれていた。「いつも笑顔の京ちゃんが大好きです。」「また関西弁が聞ける日を待っています。」「ずっとその茶髪に憧れていました。」「おれたちの白ギャルを返せ。」などなど。こんなに愛されて、ウチは幸せ者や。

「皆さん、お待たせしました。」

職員室に寄ってから行くと言っていた先生の両手には、お菓子やジュースがたくさん入った袋が下げられていた。

 分校から本校までは三百メートルある。そして、この一本道は両脇に建物がなにもない。ここはいわゆる河川敷だ。夏は背丈ぐらいまで草が生い茂るが、今はみんな雪の下敷きだ。道路のはとっくに溶けたけれど、誰も手を加えない河川敷には四月までなら余裕で雪が残っている。

 「もう行ってもうたんかな」

川が近くうるさい国道からも離れたこの場所には、冬の間白鳥が訪れる。クゥクゥ鳴きながら歩く姿がかわいくて、校舎裏からよく見ていた。姿が見当たらないということは飛び立ったのだろう。寒さを求めて飛び回るなんてもの好きもいいところやな!

 「げふっ。」

さっき炭酸飲みすぎた。今ゲッてしても水の音で分からないやろな。橋のらんかんから身を乗り出し川を覗きながら、そんなことを思った。下では水がしぶきを上げている。ところどころから突き出た岩が流れを複雑にしているせいだろう。深緑色の水がオォー…、と低い音を立てて流れている。雪解け水も加わってか、かなりの水量だ。ずっと昔はまだ橋もなく、対岸に行くには船が必要だったとか。

 「はぁ。」

川にできた模様を眺めているうちに、ため息がもれた。

「ウチこっちに友達おらんねんけど、大丈夫やろか。」

「…あかん、向こうの先生に怒られてまう。」

先へ進もうと身体を起こしたその時だった。視界の右端に人が映った。本校側の土手に女の人が立っている。

「…あれ?」

いない。よく見ようと顔を向けると、そこには誰もいなかった。セーラー服の、高校生?がいた気がしたんだけど、思い過ごしか。

この木造の橋を越えればいよいよ目的地だ。

 「京ちゃん!」

人がやっと一人通れるかという裏口から敷地に入った時、ふいに左から声がした。聞き覚えのある声だ。

「あ!」

声の主を確認し、思わず声をあげる。

門柱の横に立つ少女をみて、力んでいた肩が下がるのを感じた。

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