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小桜戦姫  作者: 小桜project
1/5

プロローグ

プロローグ1


 「えー…とぉ。」

言葉が出てこない。三十人以上が私を見ている。

「…っ。」

気圧されて一歩下がる。三十本―目は二個ずつあるから六十本?―以上の視線が私の身体をおつけているのだから当然だ。

 「焦点みたい」以前、理科の教科書をめくっていたときに見つけた図が頭に浮かんだ。両脇に三本ずつの線が描かれ、真ん中にある点に向かって伸びている。図の周りには文字がぎっしりと載っていた。凸レンズがどうとか、「きょ像」「実像」がどうとか。難しい話はよく分からない。というのも、これは中学校で勉強する内容のようだし、そもそも理科は苦手だ。けれど、黒丸がたくさんの真っ赤な線に突き刺されていることの深刻さだけは私にも分かった。「あの黒い点もこんな気分なのかな。」冷静さを失いかけ、一目見ただけの紙のシミと自分を重ねてしまう。

 身体の表面は冷えているのに、内側は暑い。さっきからお腹は落ち着かないし、足は力を込めないとプルプル震えてしまう。

 現実逃避のネタも尽き、再びクラスメイト達と向き合う。とにかく何か話さなければいけない。沈黙はダメだ。

 最後の希望をかけて、今ストックしてある唯一の定型文を放つ。

「つ、ついさっき分校から転校してきた明空京(akezora・kei)や。みんな、よろしゅうな!」

「「…。」」

言葉が大気に当たり、サラサラと崩れて消えていく。

「う…、分校に帰りたい。」うつむいたその時、「プスッ」正面から聞こえた、空気が抜けるような音で私は垂れた頭を再び起こした。「空気が抜けるような」というか実際にその通りなのだが。これは教卓の真正面に座る流々川露(rurukawa・arawa)によるものだ。私の注意を引くためにやったのだろう。「露ちゃん、ウチそれ知ってるで。外国のドラマで時々見かけるやつやろ。」口から息を勢いよく吹き出すあれだ。テレビではたまに見るけれど、自分に対して使われたのは十年の人生で初だ。こんなに近いんだから普通に声かけてくれればいいのに。

 その露ちゃんが、人差し指を自分の机に向けて激しく上下させている。分かってる。眉間に寄ったしわを見なくても、彼女の言いたいことは分かってる。「渡した原稿を読め。余計なことはするな。」やろ?この就任演説が始まる前、原稿を私に手渡しながら何度も言っていた。分かってはいるが、正直やりたくない。「だってウチこんなキャラじゃないもん。」第一印象はとても大切なのだ。同級生たちの中で私の立ち位置が決まってしまう。それに、原稿の内容に受け入れられない一文もあった。

 「でも…。」左側をちらりと見る。入口の扉の前に立つ少女に視線を送る。

「…。」

「…。」

「ウンウンじゃないで、ホンマ。」私からのSOSを受けた一色詩花(issiki・siika)はコクコクと小さく頷いた。絶対伝わってない。でも、約束してしまった以上やるしかないか。

 スピーチを始めるときに置いた、教卓の上のA4用紙を左手に持つ。「スー」深く空気を吸い、「ハー」吐き出す。覚悟を決める。原稿を黙読し、その後読み上げる。

 【初めまして。一色代表から保健相及び外務相に任命されました明空と申します。(おじき)】

「はじめまして。一色代表から保健相及び外務相に任命されました明空と申します。」

一度原稿から目を離し、クラスメイト達を見た。蛍光灯に照らされた仏頂面が三十ばかり並んでいる。そんな彼らに向かって一礼した。

【私は小桜源流小学校分校の出身であります。(申し訳なさそうにおじぎ)ですが、熱意と行動力には自信があります。(声を張る)】

「私は小桜源流小学校分校の出身です。」

再度原稿から目を離し、一度目線を上げ頭を下げる。

「ですが!熱意と行動力には自信があります!」

【それは先述した負の差分を、必ずや(ゆっくり大きく)補いうるものであると確信しております。】

「それは先述した負の差分を」

ここまで話し、右の人差し指をピッと立ててから声を張る。

「か・な・ら・ず・や!補いうるものであると確信しております。」

【みなさんの健康そして権利を守り抜きます。(つつけて)よろしくお願いします。(おじぎ)】

原稿を机に置き、左から右へとゆっくりとクラスメイト達を見渡す。そして正面に向き直った。

「みなさんの健康そして権利を守り抜きます。どうか、どうかよろしくお願い致します!」

そういった後、私は三度目のおじぎをした。なんだコレ。

 その瞬間、ワッと―まるでトタン屋根にヒョウが降り注ぐような―拍手が沸き起こった。

礼の姿勢のまま拍手を浴びる。白いチョークの粉が残った教壇の木目を見ながら、私は震えていた。緊張、疲労、恥ずかしさ、分校を悪く言わされた怒り、そしてほんの少しの満足感が由来のプルプルだ。

私はそんな感情たちでめちゃくちゃになった頭でこうつぶやいた。

「どうしてこうなった。」

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