一冊目:タイトル「第一章・いじめっこをやっつけろ」パート1
このノートを読んでいるということは、私はここにはいないという事だろう。
誰がこれを読んでいるだろうか?
真っ先に思い浮かぶのは、あの天才肌の刑事さんだ(階級は警部だったか?ちょっと思い出せない)。あの人は頭の回転も早いし知識量もすごい、発想だってユニークだ。だが、相棒の監察医さんの方だって負けていない。確かに頭の回転や発想力は凡人レベルだが、行動力や洞察力は彼の方が上だと思う。
まず警部さんに監察医殿、あなたたちが第一候補だ。
警部さんが本命だとすれば、対抗馬と言えるのはやはり「天才少年探偵」君だろう。頭脳明晰かつスポーツ万能な彼は、おそらく私が同年代にいたならば憧れか嫉妬のどちらかの感情を抱いていたに違いない。
少年探偵君、もしかしたら君がこれを真っ先に読んでいるかもね。
本命、対抗とくればやはり大穴がいなければ。そう思って色々考えをめぐらせたが、最終的に残ったのはとある刑事だった。
この刑事さん、先ほどの警部のような天才ではもちろん無い。下手をすれば凡人以下の頭脳しか持ち合わせていないだろう。
だが、この刑事さんは私が関与している事件をいち早く嗅ぎ付けるんだ。私の喉元に近づいたことが多いのはあなただ。
案外、あなたが私を捕まえる未来が一番確実なのかもしれない。
何より、あなたが私を追っている人間の中で一番「いいひと」だから。
「いいひとには、いいことがある」。
これは亡くなった祖父が私に言った言葉だ。情けは人のためならず、とは少し違うが「いいひとには、良いことが返ってくる」「わるいひとには、悪いことが返ってくる」と祖父は私に繰り返し言っていた。
だから、私は子供の頃からいいことをしようと努力していた。
だが、この世はあまりに無常だ。
「憎まれっ子世にはばかる」
私が最も嫌いな言葉だ。
わるいひとほど、余計に世の中に広く存在している事を示しているからだ。
なら、いいひとは肩身を狭くしていないといけないのか?
否、断じてそんなことは我慢できない。
このノートを読んでいるという事は、私の足取りを掴もうと必死になっているのだろう。
その期待に応えなければいけないと思う。
時間は三か月ほど前にさかのぼる。
この時、私はコンビニで昼ご飯を買って昼下がりの住宅街を散歩していた。
大通りを散歩するのもいいものだが(実際私は街中の喧騒が嫌いじゃない。人の営みを感じ取れるじゃないか)、静かな住宅街を散歩するのも悪くない。
しかも具合のいいことに、比較的裕福な家が多いのか見た目からして小奇麗で豪華な家が多かった。
失礼にならない程度に様々な豪邸(実際はそんな大層なものじゃないんだが、私の基準で行くと十分豪邸としてカテゴライズされる家だ)を眺めていると、ふっと妙な音が聞こえてきた。よく聞いてみると、何やら子供の声のようだ。
一瞬、この時間は学校なんじゃないのか?とも思ったが私はすぐに
(そういえば今日は土曜日か)
と思い直した。休みだというならば、子供たちが遊んでいても不思議はないっていうわけだ。
だが、どうにも様子がおかしい。私はそう思って声のする方へと歩みを進めてみた。
(どうせ私もその日はオフだったからね、厳密に言えば違うんだけれども)
裏道のような場所に入ってしばらく進むと、胸糞悪くなる光景に出くわした。
一人の男の子を、四人くらいの男の子が石を投げていたのだ。
(男の子たちは見たところ、石を投げている方は小学校高学年くらいだろうか。最近の子供は発育がいいから、もしかするともっと下だったかもしれない)
当然、石を投げらている男の子は逃げようとするが…その先は袋小路、当然ながら逃げられるわけもない。
石を投げている子供たちの方を見ると、まるで遊園地のアトラクションで的当てゲームをしているようだった。
「逃げるなよー」
「動くんじゃねーよ」
「あたらねーだろ、ばーか」
と、口々に石を投げる男の子たち。
と、主犯格とおぼしき少年(何でわかるかって?さっきからその男の子が率先して石を投げていたからだ)が投げた石が男の子の顔に当たってしまい出血したのが見える。
「おっもしれー、もっとやってやろうか?」
声をかけて注意してやろうかと思ったが、そんなことしても捨て台詞を吐いてまた翌日も繰り返すに違いない。
もう少し、痛い目を見せてやってもいい。
いいひとには、いいことがある。
なら、わるいひとには?
私は近くにあった石を拾い、勢いをつけて男の子に投げた。
クリーンヒット、主犯格の男の子の後頭部に命中した。
「いたっ」
面食らった主犯格の少年はうずくまってしまうが、むしろ好都合だ。私は次々と手に取った石を投げた。
(他の男の子たち?主犯格の男の子がうずくまった瞬間に逃げて行ったよ。蜘蛛の子を散らす、とはまさにこの事だ)
「なにすんだよ、おっさん!」
最初に石が当たった少年が、うずくまりながら懸命に叫ぶ。
「君たちの真似だよ」
そう私が言うが早いか、すぐに私は主犯格の少年の顔面に石を勢いよく石を投げた。
「ふざけんじゃねぇよ!」
鼻血を出しながら泣きそうになっている少年を見て、私はそれまでより少し大き目の石を片手に
「確かに人が鼻血を出しているところって、結構面白いな。もっとやってみようか」
私はほほ笑んだつもりだったが、少年の目にはまるで悪魔が笑っているように見えたらしい。
よろよろと慌てて立ち上がった少年は泣きそうな顔をして、鼻血をだしたまま走り去っていった。
走り去っていくいじめっ子(この表現はどうにも好きになれない。いっそ加害少年、とでも呼ぼうかな?)を尻目に、私は石を投げつけられてうずくまっている男の子に近づいて
「大丈夫かい?」
と声をかけた。男の子は心底怯えた表情で私を見ていた。
それはそうだろう、いきなり子供に石を投げつける大人はこの子にとってみれば異常な存在だから。
だが、額から血を出している以外は(少なくとも服の上からは)大きなけがは無さそうだった。
私は持っていたウェットティッシュ(こういう時に便利なので、よく携帯している)を男の子に手渡してからゆっくりとほほ笑んで
「大丈夫だよ、きみはいい子だ。近いうちにいいことがあるよ」
私の言った言葉をどうにか理解しようとしたが、理解が追い付かないと言いたげな表情で男の子は私を見つめていた。それからゆっくりと立ち上がってお辞儀をして、慌ててそのまま去って行った。
「本当だよ、きっといいことがある!いいひとには、いいことがあるんだ!」
去っていく男の子の背中に、私はそう呼びかけた。