62 日の出
ブラッドベアの額には、ドスリとクロウの短剣が突き立てられ、剣の柄だけが鈍く赤い月の光を反射している。
そしてゆっくりと、巨大な熊は後ろへと倒れ、大地が揺れんばかりの轟音と共に、その身体を地へと落とした。
それは一瞬のことだっただろう。しかし、異様に長く感じられた。
あるはずのない勝利に、俺も、クロウ本人でさえも戸惑っていたのかもしれない。
倒れる巨体を蹴り、距離を離したクロウに駆け寄る。
「やった……、のか?」
「待て、俺が確かめる。死亡確認は、テイマーの仕事だよな?」
「え……。あぁ、うん」
確実に倒したか調べようとしたクロウを引き留め納得させるが、実際にテイマーが死亡確認を行う必要はない。
大抵の場合、テイマーは獲物の素材剥ぎと、荷物運びのために、そのような作業を行うだけだ。
けれど、俺は確かめる必要があったのだ。あの不自然な動きの正体を。
「なぁ、どうなんだ……?」
「ん? 見ての通り、ちゃんとトドメさせてるな」
「よかった……」
「そうだな。これで昇格かなんかが許されるんだろ?」
「え?」
「ん?」
「あ、そっか! 俺、ブラッドベア倒したんだ!?」
「お前、そのために戦ったんじゃないのかよ……」
俺はてっきり、クロウが戦うのはそのためだと思っていたのだが、どうやら本気で村のために戦いたいと思っていたらしい。
まぁ、どういう目的であっても、倒すことができたのだから、それで問題はないんだけどな。
「よし! このまま魔物を倒しまくって、さらに昇格だっ!!」
「意気込んでいるところ悪いが、それは無理だな」
「なんでだよ!? まだ魔物は……」
「この惨状を見ても、それが言えるか?」
「あっ……」
クロウは周囲の魔物の残骸を見て絶句した。
それは、ブラッドべアが駆逐したものたち。すなわち、クロウがそれだけの魔物を倒したのと同義だ。
「それに、もう終わりの時間だ」
東の空は白ずみ、朱く鈍い光を放つ月は、周囲の空と同じ色に溶けてゆく。
日の光が魔物を縛り付け、弱体化させてゆけば、人間が優位になる。
そして敵わぬ相手に戦闘をしかけるほど、魔物もバカじゃない。
「そっか……。俺、乗り切ったんだ……」
「お疲れさん。お前のおかげで村は守られたんだ」
「…………。それは嘘だろ? 俺がやんなくたって、逃げ切れてたはずだ」
「あー、なんのことかなー?」
「白々しいな。日の出が近いから、副長たちは村の中に逃げ込んだんだろ?
でないと、逃げたところで村を壊されて全滅するだけじゃん!」
「まったく……。余計なことに気付かず、素直に喜んでおけばいいものを……」
「うっせぇ! 一流の冒険者になるんだったら、そのへんも気づけなきゃいけねえんだよ!
かー! 俺ってホント馬鹿じゃん! ブラッドベアしか見えてなかったし!!」
「ははは。ま、そういうのは経験で分かってくるもんさ。
今は、無事ブラッドムーンを乗り切った。それだけでいいじゃないか」
ぐしぐしと頭を撫でてやれば、少し恥ずかしそうにそっぽを向く。
今さらでもなんでも、気づけたのだからコイツは伸びるだろう。
こんな有望な若手が居るんだ、この村も安泰だな。
白く澄んだ、朝の空気に包まれたことで、村の門が開け放たれ、中から副長と、まだ動ける冒険者数名が出てきた。
なかでも副長は一番にこちらに駆け寄り、心底安堵した表情を浮かべる。
「二人とも! よかった、無事だったんだな!」
「おう、副長! この通りピンピンしてるぜ!」
「クロウ、お前はいつもいつも……。
ありがとうございます、イーナムさん。まさか、あんな大きなブラッドベアを倒してしまうとは……」
「あっ……。いや、それはだな……」
まさかクロウが倒したとは思っていない副長は、真っ先に地雷を踏み抜きにきた。
確実にこれは、クロウがスネる展開だ。そう思いクロウを見るが、ニコニコしてやがった。
「俺じゃなく、クロウが倒したんだ」
「そうじゃないだろ? 二人で倒したんだよ!」
「おいおい、お前がトドメ刺しただろうが」
「俺は助けてくれたヤツの手柄を独り占めするほど、落ちぶれた冒険者になるつもりはないぜ?」
「ホントお前は、口だけはいっちょ前だな」
そう言いながらも、皆がクロウのような考えであったなら、俺にも別の生活があったのかもしれない。
どうしても、そのような考えが頭をよぎってしまうのだ。
これにてクロウ編終わり!
あれ? ハーレム要素どこ……? ここ……?




