58 赤き月(8)
魔物と人間、そして動物の入り乱れる戦場は、混沌を極めていた。
けれど、その中でもクロウは、軽い身のこなしを活かし相手を翻弄し隙を作る。
「とどめだっ!!」
ドスっと入った短剣は、魔物のコアを貫いた。
非力ではあるものの、狙いを定め急所を射ることができたなら、魔物を倒すのに力はいらない。
だが、目の前の標的ばかりに集中し、周囲が見えていないフシがある。
走り回る猪の目の前に出てしまったのだ。
「クロウ!!」
俺が突撃してくる猪に蹴りを入れれば、間一髪クロウをかすめ、そのまま走り去った。
「さっすがテイマー! ケガひとつさせずに追い払うとはね!」
「言ってる場合か! 危なっかしくて見てられんわ!」
「何言ってんだ、俺の大活躍はちゃんと見てもらわないとなっ!」
口がへらないのは相変わらずだが、それでも口だけでなく仕事もこなすその体力は、これが若さかと自身の歳を再確認させた。
もちろん、他の冒険者たちと違って、体力の消耗がまだ少ないのもあるだろうけどな。
それでもまだまだ余裕なのか、喋りかけてくるほどだ。
「しっかし、オッサンもずいぶん余裕そうじゃん?
対動物用の注射針回収するなんて、まさか針の数足りないのか?」
「そうじゃねえが、針よりも必要なモンがあんだよ」
「必要なモン?」
「針に付いてる袋だ。クロウも余裕があるなら回収しておいてくれ」
「袋? あぁ、あの血が詰まったヤツか。何に使うんだ?
まさか、ブラッドソーセージにするとか? 俺、アレ嫌いなんだよね」
「料理にも使えなくはないが、今回は別用途だ。
あの血液を材料に、血液製剤を造る。だから大量にいるんだよ」
「え……。あの輸血に使ってたのって、動物の血だったのかよ!?
とんだマッドサイエンティストドクターだな!!」
「まさか、そのまま使ってると思ってるのか!?
動物の血を輸血なんかしたら、拒絶反応起こして死ぬわ!
あとで魔法で精製するから、雑に扱うなよ!」
「ったく、注文が多いテイマー様だぜ!
ま、クロウ様に任せときな!」
そう言い残し、クロウは戦場を駆ける。
そしてパンパンに膨らんだ血液袋を拾い上げては、こちらに投げて寄越すのだ。
荒っぽくするなと言ったのにまったく……。
だいたい針ついてんだから、危ないっての。
ま、俺も投げられたくらいで針が刺さるようなヘマはしないけどな。
ぽんぽんと門の近くに血液袋を積み上げれば、十分な量が用意できている。
これなら今日の分だけじゃなく、ある程度のストックも作れるだろう。
そして戦場も、攻勢に出たことでかなり余裕が出てきていた。
「二人が来てくれたおかげで、かなり有利になった。
イーナムさん、ありがとな」
「ずっと戦いっぱなしだっただろう? 他の奴らと順番で、少し休むといい。
なんだかんだ、クロウは魔物を翻弄させてるし、そのくらいの時間は稼いでくれるさ」
「あぁ、その辺の采配は任せてくれ」
「そうだな、アンタはその道のプロだもんな」
「だが……、少し違和感がある」
「…………。副長も気付いてたか」
「ということは、そっちも?」
「あぁ、暴れ回るだけの動物なんだが、どうも何かに怯えているように見えてな……」
「魔物もそうだ。時折集中力が切れるというか、意識が別のところへ向いている感覚がある」
「戦ってる時に、そんなのまで見てるのか……。一流の冒険者ってのは恐ろしいな」
「それはこっちのセリフだ。暴れる動物の様子でわかるなんてな」
動物も魔物も、人間よりも勘がいい。
人間が無意識に感じる何かは、その勘のいい奴らの反応が普段と違うことに、経験から気付く程度だ。
冒険者の経験と、テイマーの経験が、何かあると告げている。
二つのセンサーが反応するのだから、ほぼ確実に何かが迫っているということだ。
だが、人間もまた動物でしかない。
鈍った野生の勘ですら感じるほどの何かに、戦場の魔物も、動物も、人間も動きを止めた。
身体を震わせる地響き、そして薙ぎ倒される木々。
みながそちらに注目した時、その巨体は赤き月を背に現れた。
「皆下がれ!! ブラッドベアだ!!」
ブラッドソーセージってのは、ひき肉と血を混ぜたものを使ったソーセージですよ。
食べたことないんですが、レバーがダメな人にはダメなヤツだそうです。




