56 赤き月(6)
「止血と清浄魔法、その他処置は済んでいる。
あとは腕の方を同じく処置した後、縫合だ」
「何が必要だ?」
「道具は揃えてある。縫い合わせたあと、添え木での固定を手伝ってくれ」
「よし、任せろ!」
クロウは、出て行く前よりもしっかりしていた。
外の方が凄惨な状況であるはずなのに、それを見てなお、この子は気を強く持っているのだ。
そして傷を負いながらも、それでも自らの役目を果たし、目の前の相手を全力で救おうとしている。
その姿を見てしまったら、俺が「合理的な判断」なんてしようとしていたのが、バカバカしくなる。
俺はやっぱり俺でしかない。自分勝手な、ただのテイマーだ。
だから、今回だって勝手にさせてもらおうか。
誰も見捨てずに、そしてこの夜を乗り越える方法、それはこの部屋の中にはない。
俺は縫合を進めながら、クロウに問う。
「クロウ、外の状況はどうだ」
「今はまだギリギリ持ち堪えているけど、それも時間の問題だと思う」
「相手の数は?」
「魔物は数えられないほど多い。こっちの三倍はあると思う。
それよりも、同じくらいの数の動物が暴れてるんだ。
魔物を相手にしているのに、そこに動物が襲ってくる感じで、それで戦力が削がれてる」
「魔力に当てられて暴走してるんだな……」
「それを止められれば、まだマシなんだけど……」
「わかった。よし、縫合はできた。包帯を巻くのを手伝ってくれ」
「あいよ!」
俺たちは処置を終え、患者に栄養剤を飲ませる。
これから先は、俺たちにやれることはない。あとは患者本人の頑張り次第だ。
そして実感した。俺はここまでやらなければ、納得できない性分なのだと。
「タツミ」
「イーナム様、答えは出ましたか?」
「悪いが、今度は俺のわがままに付き合ってくれないか?」
「かしこまりました。イーナム様の御心のままに」
「だが、このまま待ってるつもりもない。俺は、外に行くよ」
「なるほど、原因を絶てば解決と……。でしたら私が……」
「いや、タツミはこっちで頼む。魔力を絶てば、血液製剤がない今、患者たちは失血死してしまう」
「しかし、それではどのみちその場しのぎでは……」
「大丈夫だ、考えがある」
「…………。わかりました、私はイーナム様を信じますわ」
「ありがとう。よろしく頼む」
「えぇ、お任せ下さいまし」
背に視線を感じる。少し離れた軽症者たちの中、ルーヴが心配そうな顔で、こちらを見つめている。
「ルナ、お前にも負担をかけてすまない。もうしばらく耐えてくれ」
「それはいいんです。それよりも旦那様……。
いえ、旦那様ですから、大丈夫ですよね……?」
「ああ、大丈夫だ。心配すんな」
「はい……」
少しうつむくルーヴの頭を抱き寄せ、やさしく撫でる。
ぎゅっと俺に抱きつき、そして向き直って笑顔をみせた。
「いってらっしゃいませ、旦那様。こちらは私たちにお任せください。
旦那様が活躍できるよう、後ろを護るのが妻としての、わたしの役目ですから!」
「あぁ、ありがとう。行ってくる」
装備を整え、荷物をまとめて出ていこうとした時、当然のように俺の横を歩くクロウが目に入った。
「おい、お前は行かなくていいんだぞ?」
「何言ってんだよ、オッサンは俺の手伝いだろ?
それなら、俺が先頭を歩くんはあたりまえじゃん?
それに、俺はこれでも冒険者だ。後方職のテイマーを前線に立たせるほど落ちぶえれてねえっての!」
「…………。あぁ、そうだな。頼りにしてるぞ、冒険者様」
「おう! 任せとけ!」
ドンっと胸を叩き、得意げなクロウ。
その姿は、もはやタツミとの試合で駄々をこねていた子供とは違う。
この数時間で、異常な光景を目にし、その中に立った時、この子は大人になったんだ。
そして、本物の冒険者になったのだ。
だから俺は、クロウに背を預けようと思う。
テイマーよりヒーラーのシーンの方が多いんですがそれは……。




