55 赤き月(5)
「クソっ……! 出血が多すぎる!
血液製剤をとってくれ!! 赤の札だ!」
「イーナムさん! もう赤の札ありませんよ!?」
「あっ……! さっきので最後だったか!
くっ……、もっと用意しておけば……」
今回のブラッドムーン、準備不足がここにきて響いている。
前兆に気付き、入念な準備をおこなっていたならば、このように治療用品の不足など起こすはずがない。
だが、いまさらそんなことを言っても遅い。
「しかたない、紫の札をくれ!」
「はいっ!」
渡された紫の収容札。
札の中にはアイテムが収容されているのだが、色によって中身がわかるようになっている。
その中の紫、それは魔力増強剤だ。
ビリっと札を破れば、薄茶色の小瓶に入った液体が、12本現れる。
そのうちの3本を開け、そして飲み干した。
「自分で飲むんですか!?」
「ああ。血液が足りないなら、俺の魔力を使って少ない血液で無理やり回す!
その場しのぎでしかないが、他に方法もない!」
「そんなっ……! ずっと魔力を注ぎ続けるなんて、体への負担が大きすぎます!」
「だからって、見捨てるのか!?」
「それは……」
俺だって分かってる。今は一人だからなんとかなるが、これ以上増えればどうしようもないと。
けど、俺は諦めたくない。手が回らないからと、トリアージなんてまっぴらだ。
俺の目の前で、絶対に黒タグなんて付けさせはしない!
「あがっ……、いい……。俺は……、いいから……」
「俺は諦めねえからな! 絶対に助けてやる!
だからお前も諦めんな!!」
弱々しくなってゆく血まみれの患者の言葉を遮り、強く語りかける。
けれどそれでも、力は失われてゆき、今にも生を手放そうとしていた。
そんな俺の手を、冷たく白い手が触れる。
「イーナム様」
「タツミ……?」
「あなた様の御志し、そして優しさは十分に理解しております。
けれど、あなたさまが倒れてしまっては、この者だけでなく、他の者も助けられません」
「諦めろって言うのか!?」
「…………。率直に言えば、そうです。
根本的な解決策がない以上、無理があるかと……」
「だからって……」
タツミに向き直り、目を見据える。
その瞳に写る俺は、今にも泣きそうになっていた。
「あなた様には、時間が必要かと存じます。
しばらくの間、この者への魔力投与は私が代わりましょう。
少し頭を冷やして、方法を考えて下さい。この後に来る者たちも助かるための方法を」
「…………。わかった。タツミ、頼む……」
「お任せ下さい。ご心配なく、魔力量には少々自信がありますので」
「あぁ……」
いつものように、優しい微笑みを浮かべるタツミ。
こんな時でも変わらないのは、彼女にとって普段も、非常時も変わらないということ。
こんな状況でさえ、元ドラゴンにとっては、所詮他人事の日常なのだ。
だが、それでも俺の代わりに延命魔法を使ってくれている。
俺が諦めないから、タツミも諦めないでくれている。
なら、俺は諦めたほうがいいのか……?
座り込み考える。俺のやるべきことを。
信念を捨て、命の取捨選択をすれば、最大数を助けることはできるだろう。
そして、この夜を乗り越えることもできるだろう。少数を犠牲にして……。
迎えた朝日を、俺はどんな気持ちで見つめるだろうか。
あまりに無力な俺を、朝の光はどう映すだろう……。
結論を出せずにいる俺の目の前を、さらに多くの負傷者が担ぎこまれてくる。
早く答えを出さなければ……。そう焦るほどに、答えは一つに絞られてゆく。
けれど俺は、それを選べずにいた。
「おい! オッサン! んなトコでなにやってんだよ!!」
「クロウ……」
「おら! 取ってきたぞ!!」
そこに立っていたのは、冒険者クロウ。
小さな傷を全身に負いながらも、それでも目の前の一人を助けるため、戦場を駆けた少年。
「患者が待ってんだ、休んでられねえぞ!」
「あぁ……。行こう」
その姿は、ウジウジと悩む俺よりも、よほど大きく、立派に見えた。
トリアージってのは、災害や戦争の時の治療の優先度を決めること。
黒タグってのは優先度最低、「手遅れ、または処置不能」と判断された者に付けるタグ。




