53 赤き月(3)
俺は話を終え、ルーヴたちがすでに救護室へと移動したと受付嬢に聞き、二人のあとを追った。
そういえば、ギルドの支部長は会議か何かでいないと言っていたし、彼は臨時で指揮を執っているのだろうか?
支部長というのがどういうヤツかは知らないが、自身の代わりにさっきの男を置くあたり、人を見る目はありそうだ。
そんなことを考えながら、救護室の扉を開ければ、そこには受付嬢たちを含む、十人ほどの人が詰めていた。
それぞれに薬品や包帯、毛布などの準備をしており、すでに万全の体制と言っていい状態だ。
「イーナム様、話はどう付きましたでしょうか」
「あぁ、今のところは裏で手伝おう。だが、場合によっては出る必要もある。
一応そのつもりで、準備だけはしておいてくれ」
「かしこまりました」
そうとだけ言い残し、タツミは再び受付嬢たちとの作業に戻る。
さきほどまで見なかった顔の人も居るし、おそらく非番の人も緊急で駆り出されているのだろう。
そんな風に誰がいるのか確認していれば、一人ふてくされた顔の子供がいた。さっき、タツミにボロ負けしたあの子だ。
服は着替えており、身なりは綺麗になっていても、その心が晴れることはしばらくないだろう。
それに、ここに居るって事は……。少し気になって、話を聞くことにした。
「どうした、そんなしょぼくれた顔して」
「うっせぇ……」
「うわ、あからさまに元気がないな。ブラッドムーンが不安か?」
「んなわけねえだろ! 俺はっ……」
「外に出て、前線で戦いたいんだろ?」
「っ……」
「でも周りに止められた。そんなトコだろうな」
「分かってたのかよ!!」
「まー、テイマーだし? 普段から喋れない奴を相手にしてんだ。
ふてくされた子供の考えてることなんて、顔見ただけで大体わかるさ」
「がっ……! ガキ扱いすんじゃねぇ!!」
「悪い悪い。そういうつもりはなかったんだがな……。
しかしなんて呼べばいいのやら。お前、名前は?」
「クロウ……」
「そっか。クロウ、表立って活躍できないのが悔しいんだな?」
「…………」
しょぼくれた顔はうつむき、小さくうなづく。こういう時、大人に甘えろというのは酷な話だ。
まだまだ幼い、未来のある子を守ろうと大人が動くのは、それ相応の人生経験を積んだ者なら理解できる。
けれど、当事者であるクロウにとっては、自分はやれると思っているし、そのために日々努力してきているのだ。
少なくとも、ブラッドベアと偽装したあの熊は、傷の位置からしてもこの子の狩ったものだ。
その実力をもっているのに、評価されていないと思い反発するのもまた、理解できる。
なら、俺がかけてやる言葉は、慰めではない。
「じゃ、暇してるクロウには、俺の手伝いをしてもらおうか」
「はぁ!?」
「なんだよ、一流の冒険者様のくせに、テイマーの仕事もできないのか?
そりゃ、とんでもない無能冒険者様だな」
「なっ、なんだよそれ! だいたい、テイマーと冒険者じゃ……」
「立場が違うってか? そりゃそうだ、テイマーは裏方だからな。
荷物運びなんかの雑務、冒険者のサポートをするのが仕事だ。
え? まさか冒険者のくせに、そんな仕事もできないのか?」
「バカにすんな! んなことぐらい、いつもやってるっての!!」
「なら、手伝ってもらおうか。いや、逆か。
俺はテイマーですから、冒険者様のお手伝いをさせていただきますよ」
「くっ……。わーったよ! 手伝わせてやるから、ついてこい!!」
「はい。よろしくお願いしますね、冒険者様」
俺の言葉に少しばかり機嫌を直したのか、もしくは俺が付いて回るということに気を良くしたのか……。
どちらにせよクロウはやる気を取り戻したようだ。
たとえ幼い冒険者であっても、いつまでもショゲられていたらこの夜は乗り越えられない。
全力でもって迎え撃たなければ、明日の朝日を浴びることは叶わないだろう。
ならば、俺の立場やプライドなんてどうでもいい。子供の下に付くことになっても、やれることをやらねばならないのだ。
うまいことご機嫌取りして動物を使役する仕事ですからね。
人間もうまいこと操りますよね。




