51 赤き月(1)
「ブラッドムーンか……」
ばたばたと周囲の冒険者たちが装備を整える中、俺は静かに呟いた。
ブラッドムーンといえば、魔力が濃くなる夜だ。それは前兆なく訪れるわけではない。
日々少しずつ魔力濃度が高くなり、その最高潮の時がブラッドムーンなのだ。
いや、逆か。ブラッドムーンに向けて、魔力が高まるのか?
どっちだっていい、そういうのは魔術の研究者が考えることだ。
そして魔力の高まりというのは、魔力のある環境に適応した生物であれば、全ての者が影響を受ける。
ってことは、全世界の生物が対象だ。魔力の無い環境なんて、相当稀だからな。
それこそ魔力の無い場所なんて、魔術師が結界を張った実験室とか、そういうのくらいだろう。
だから俺は気付く事ができる。魔力濃度の高まりは、動物の行動に影響を与えるからだ。
周囲の魔力を取り込み、体内にいつもより多く蓄積されれば、どうやったって変化してくるもんだ。
性格が荒っぽくなったり、オスだったら魔力の溜まる場所の関係上、性欲が増大したりな……。
なのに……。
「今回全く気付かなかった……」
「へっ!? 今回はってことは、旦那様は、ブラッドムーンの前兆が分かるんですか!?」
「普段世話してる馬の健康状態でいつもは予見してたな。
ブラッドムーンが近くなると、夜な夜な興奮して暴れたりすんだよ。
それを鎮めるのも、テイマーの仕事だ」
「……。鎮めるって、それ……」
ルーヴは、ゴミを見るような視線を送る。
コイツも、前に説明したことを思い出したので、それが「ナニをすることなのか」察したようだ。
「しかし、それをしなければ、テイム魔法さえ崩壊しかねんからのう。
並みのテイマーは、その知識が無いか、もしくは知っていてもやりたがらんじゃろうがの」
「しかし今回は、普段から世話してるヤツがいなかったんでな……。
いや、考えてみれば、ルーヴが今回無駄に騒ぎを大きくしたことや、タツミが試合をしたのも……」
「わっ! わたしはそんなのしませんからねっ!!」
「あー、そうじゃなくてだな……。オスメス関係なく、魔力が溜まれば気が立つもんなんだよ。
それは、本人も自覚できない程度のものだし、見てるヤツが気づいてやらないといけないんだ」
「そうなんでしょうか……。わたし、イライラしてました?」
「まーうん……。タツミのことで常に気が立ってたから、よくわからなかったな」
「あらあら、でしたら明日からは、仲良くできますわね?」
「おかえりタツミ。もういいのか?」
「誰もが私どころではありませんもの。ある意味でタイミングがよかったですわ」
「そうか……」
「あっ! それに、これでお薬の実演もできますね!」
「…………」
二人は人ごとのようにそう言うが、俺にとっては最悪のタイミングだ。
ブラッドムーンで活発になった魔物、それは魔力を多く持つ者を襲う習性がある。
普段からその傾向はあるのだが、魔物は魔力を取り込んで強くなるもの。
ブラッドムーンで強化されたこの瞬間こそ、普段なら勝てないであろう相手に挑み、人生一発逆転……。ならぬ、魔物生の逆転を狙うのだ。
つまりそれは、村の中に魔力量の多い存在が居るなら、村への魔物の襲撃がより激しくなるということ。
目の前に座る二人は気付いていないのだ。自身らが魔物を呼び寄せる、餌となっていることに。
「タツミ、ルーヴ……。悪いが、二人には家を頼みたい。
あんなボロ小屋でも、俺たちの家だ。なくすには惜しい」
「えっ……。でも、お薬が……」
「それにイーナム様、私はともかく、ヨツミミでは戦力になりませんよ」
「なにをー!! やるってんなら受けて立つぞ!?」
「やっぱり気が立ってるじゃないか……。いや、それは置いておくとして。
二人に任せたいんだ。二人ならやれると思うから」
うまく理由を付けて二人を村から出せば、襲撃が激化することはないだろう。
二人には悪いが、仕事を任せるふりをして、出て行ってもらおう。
それなら、村の冒険者たちでもなんとかできる程度に収まるはずだ。
そんな俺の考えを見抜いてかどうかは分からないが、長老が口を挟む。
「しかしのう……。タツミちゃんが強いのはみな分かっておるが、ルーヴちゃんを返すのは、ちと不自然じゃぞ?」
「うっ……」
「おぬしの考えなど、百も承知。じゃが、すでに奴らは狙いを定めておるし、今さら手遅れじゃろうな」
「そんな……」
「ま、ワシはここで茶をすするだけじゃ。若いモンたちで頑張れい」
そう言って我関せずと長老は、茶のおかわりを受付嬢に頼むのだった。
自由人長老は非常時にも動じない。




