42 当たらぬ攻撃
恍惚とした長老が無理やりに進めた、タツミと若い冒険者の試合。
それは進むにつれて、ジジイの顔から表情は抜け落ちていった。
というのも、それを試合と呼ぶには、あまりにお粗末なものだったからだ。
武器を持たぬタツミは、たとえ木刀とはいえ、一撃もらえばかなりの痛手を負うだろう。
まぁ、元ドラゴンなんで、人間と同程度の耐久性とは限らないけど。
だが、その装甲の強さを見せつけることはなく、ただただ振り抜かれる木刀を避けるだけ。
それは、風に舞う鳥の羽のように軽やかで、舞を見せられているかのようだった。
つまり、血湧き肉躍る戦いを期待していたであろう長老にとって、なーーーーんも面白くなかったのだ。
「いつまでもっ! 逃げてんじゃっ! ねえっ!!」
「当てられぬ小僧が悪いのではないか?」
「んだとっ!?」
ゼェゼェと息を切らしながら、木刀を振る少年に対し、タツミは息一つ乱れていない。
それだけでなく、避ける際の動きですら、髪が乱れぬように緩やかで、時折身だしなみまで整え直すほどだ。
つまり、完全にナメられているというか、遊んでいるのだ。
だが、少年も素人ではない。
その斬撃は素早く、そして一本調子ではない軌跡が、なぜ避けられてしまうのか……。
そう疑問に思うのは、本人だけでなく周囲の者達も同じだった。
「あのねえちゃんすげぇな……。
まるで、数秒後の未来が見えてるようだ」
「あぁ。あんなのに当てるくらいなら、羽兎相手にした方がまだマシだ」
そんな野次馬達の声が耳に入る。
羽兎ってのは、重力を無視するように飛び回るうさぎのことだ。
素足っこさに極振りしたようなヤツで、冒険者にとっては、最も相手にしたくない獲物だろうな。
ちなみに、羽兎は罠にかけるのが基本だ。
つまり、それ以上の逃げ回る相手に、何の準備もなく挑むのは、勝ち筋なしと同義だ。
「試合ふっかけた時は、何考えてんだって思ったが、腕に自信があったんだな」
「んなことなら、ニセモン作るより、素直にブラッディベア探す方が楽だったかもな」
「あ? あれマジで偽モンなのかよ?」
「あたりめえよ。倒せるかどうかはともかく、レアすぎんだよ。支部長も人が悪い。
ブラッディベア見つけたとして、その頃には年齢制限解除されてるだろうって魂胆よ」
「なるほどな。あの支部長ならやりそうなもんだ」
「ん? どういうこった?」
ふと話の内容に疑問を持ち、うっかり二人の会話に入ってしまった。
「なんだ? お前さんは知らないのか?
そうか、テイマーなら仕方ねえか」
「冒険者の手伝いはしたことがるが、内情は詳しくなくてな」
「まぁ、説明してやるか。簡単にいえば、ランクには年齢制限があんだよ。
ランクが上がれば、危険な仕事も受けられるようになるからな。
若造が無理してくたばらねえための制限さ」
「なるほどな。若いヤツってのは、無茶するからなぁ……」
「だが、世の中特例ってのがあるもんでさ、それが支部長の権限だ。
支部長に認められる成果を残せば、他にもある制限やらなんやらを、全部無視できんだよ」
「そうだな。本当に有能なヤツなら、低ランクに縛るのもギルドにとっての損失だしな」
「よく分かってんじゃねえか」
「適材適所。動物の生態に合わせた使役をさせる。これはテイマーの基本だからな」
「ほう。テイマーってのは、そういうのも考えるモンなのか」
意外に色々考えてるんだなと言いたげな反応だが、それも当然だ。
冒険者にとっては、テイマーなど荷物運びの動物を連れるだけの存在だ。
そんな相手のことをちゃんと理解してはいないし、理解する気もないのが冒険者というものだ。
『ねぇ。キミは、どうしてテイマーをしているの?』
ふと、昔かけられた言葉を思い出した。
そういえばアイツは、俺のこと聞きたがっていたな……。
つまらん!お前らの試合はつまらん!!
と長老ご立腹のご様子。




