04 住処
「森の守り神がいなくなれば、この村も放棄せねばならん」
話の全てはこの一言に要約されていた。
居ないと困るが、村に近づかれても困る。
それがあの狼に対する、村の人間の身勝手な意見だ。
「しかし、あの子がどうするかは、人間が決めることじゃないでしょう?」
「ワシらが手を出すことでも、手を出せることでもない。
しかし現に今、あの者が森を離れるという危機に面しているのは確かじゃ。おぬしの出現によってな」
「俺も、ルーヴには今まで通り暮らしてほしいですが……」
俺は、人間の身勝手で獣や魔物が使役されるのは好かない。
テイマーでありながら矛盾した考えだが、これは嘘偽らざる本心だ。
動物も魔物も、あるべき場所で、あるべき姿で居るべきだと俺は思う。
「そこでじゃ。おぬし、この村で住む気はないか?」
「へ? どうしてそうなるんです?
それに、ルーヴが村に入るのはダメなんでしょう?」
「あぁ、村でというのは、村と森の境界でという意味じゃ。
そこで暮らし、あの狼には森で今まで通り暮らしてもらう。
人間と獣の、適切な距離を保つには良い案じゃろう?」
「つまり、今おすわりさせてる辺りで暮らせと?」
「そういうことじゃ。あやつの気配さえあれば、森の安定は今まで通り守られるじゃろうて」
「ふむ……」
悪い話ではない。俺はパーティーから放り出されてゆくあてもないし、定住できる地が必要だ。
それに、村から適度に離れた場所というのも、あまり人間とうまくやっていけない俺にも最適だ。
「そうですね、方法としては妥当かと思います」
「よしよし、決まりじゃな。
生活するのに必要な物資などは支援するで、心配せんでもよいぞ」
「えっ……。そこまでしてくれるんですか?」
「おぬしの生活というよりは、あの狼のためのものじゃ。
元よりあやつは守り神、捧げ物は定期的に森へ送っておる。
それを、おぬしの元へと届けるだけじゃ。品物としては、肉や魚などの食料じゃな」
「そういう事ですか。あの子が腹をすかせて村を襲わないように、って事ですね?」
「勘が良いのう。そうじゃ、食料の発生元を食い荒らすほど、あやつは間抜けではないからな」
「そうですか……」
言いはしなかったが、おそらくそのせいで人間に慣れてしまったのだろう。
そしてその結果、俺に懐いてしまった……。
全てはこの村の人たちの信仰心が、あの子を変えてしまったのだ。
まったく、これだから人間は始末に負えない。
「では、ルーヴには村に近づかないように、そして森の巡回を指示しておきます。
しかし、テイムしていないので完全に制御下にあるわけではなく、くれぐれも都合の良いように使おうなどと思わないように……」
「分かっておる。なにより、神の遣いとされる者をそのように使おうなど考える者など、いるはずもなかろう」
「だといいんですが……」
こうして、俺はこの村の外れで住むことになったのだ。
「てことで、ルーヴ。よろしく頼むぞ?」
伏せをしながらコクコクとうなずき、尻尾をパタパタと振るルーヴ。本当にわかっているのだろうか?
というよりも、本当にこの子が守り神と呼ばれるほどの存在なのか、それがただただ疑問だった。
けれど、やはりただ大きいだけの、人懐っこい犬ではなかったようだ。
翌朝、俺の横で眠るルーヴは、幸せそうな寝顔を見せていた。
けれど、俺の足元には巨大なイノシシが置かれており、その首につけられた噛み跡は、どう見てもルーヴのそれだった。
「あー……。昨日村から貰った肉を旨いって言ってた時、不満そうな顔してたよなぁ……」
どうやら、村の人間たちと張り合っているようだ。
まぁ、食料を取ってきてくれるのはありがたいし、いいんだけど……。
「ごめんな、俺のせいで……」
俺はイノシシに手を合わせ、そして朝一番の仕事として、その解体を始めるのだった。
着かず離れずの距離で暮らす。
嫁姑の距離感かな?