17 竜の巣
足音を立てず、ゆっくりと暗がりを進めば、大量の枯れ木の山が立ちはだかる。
それぞれはかなり太く、立ち枯れしたようなものではない。
意図的に折られ、ここに山積みにされたのだ。
触れば、カサカサと乾ききっており、これもまた意図的に乾かさなければ、こうはならないだろう。
「はは、ドラゴンにとっては、巨木も藁と大差ないよな」
まったく、ドラゴンって動物はいちいちスケールがでかい。
しかしこれを見て、俺は少し安心した。
少なくとも相手は、巣を作れないほどに弱ってはいないということだ。
暗く乾いたトンネル内の空気を伝わる気配も、静かで落ち着いた呼吸音を俺の耳に届けていた。
積み上げられた木々の隙間から覗けば、巨大な鱗を纏った赤黒い身体が、規則正しく上下しているのが見える。
どうやら、体力を回復させるために眠っているようだ。ならば、絶好のチャンスだ。
俺はカバンから、収納札を取り出す。
一気に破りされば、あのルーヴに塗った軟膏の入った壺が出てくる。
これを使えば、ドラゴンの傷も治せるはずだ。
全体像は見えないが、確実に翼は負傷しているはず。
他にも争った時の傷がないか確認しながら、全身を見て回ろう。
あとは、俺がぜひ見たいアレもないか、見られればいいのだが……。
「浮遊」
魔法を使えば、ふわりと身体が宙へと浮かぶ。
まずは翼だ。まるまって寝ている背の方へと向かえば、やはり翼は折れていた。
しかし、完全に断切していたわけではなく、いわば骨折のような状態だ。
最悪の事態ではないが、これは軟膏では治せない。
確実に気付かれる方法になるので、ここは後回しにしよう。
他にぐるりと見回せば、首元に噛み傷がある。
壺の中の白いクリームを手に取り、塗ろうとした瞬間、俺はうっかり大事なことを忘れていた事を思い出す。
そう、この軟膏は、かなり染みるのだ。
触った瞬間、傷の無い俺の手がヒリヒリと痛むくらいなのだから、そんなのを傷口にぬれば、どうなるかはいうまでもないだろう。
そして、どれだけ隠蔽魔法で隠れているとはいえ、その状態で相手が気付かないはずがない。
「睡眠・麻痺」
ドラゴン対応用に、全力の魔力を練り込み状態異常魔法をぶっ放す。
といっても、詠唱は静かに、起こさないように。
そうすれば、ドラゴンの寝息は今まで以上に静かに、そして深いものへと変わる。
念のため、振り切られるとは思うが、植物魔法で軽く縛り上げ、俺は傷口に薬を塗った。
ビクリと艶めく鱗を纏う肌を震わせたが、どうやら起きる気配はなさそうだ。
ほかの傷口にも薬を塗って回るとしよう。
そして全身の傷口に薬を塗り、俺は後回しにしていた翼へと向かう。
ここは栄養剤を打ち、当て木をしてやるしかない。
本当は栄養剤も経口摂取の方がいいのだが、寝てる相手にそれは難しいので、注射だ。
俺は地面へと魔力を流し、鉄を抽出する。そして太い針を作り上げた。
もちろん人間にとって太いだけで、ドラゴンにとっては細いもんだ。
それを腕の鱗の隙間から差し込み、輸液を注入する。
しばらく時間がかかるので、その間に当て木を準備だ。
といっても、方法はさして変わらない。
同じように大地へ魔力を注ぎ、岩製の包帯を作り、折れている場所へ巻きつけるだけだ。
もちろん、魔力が途切れれば、ただの岩に戻るため、硬くなり動かせなくなる。
これで下手に動かして、治りが遅くなるのを防ぐわけだ。
しかし、相手はドラゴンだ。
魔力の操作に長けているから、その上に魔力を拡散させる陣を描いておこう。
こうすることで、魔力で無理やり当て木を外せなくするのだ。
もちろん、ずっとこのままでは意味がないのだが、翼が治れば、岩の当て木くらいその怪力で破壊できる。
なにせトンネルの壁に、一本の筋を刻むくらいなんだしな。
それぞれの処置をしたあと、身体中の鱗を磨いてやった。
弱っているせいもあって、身なりを整える力もないようだったからな。
えらくドロドロだったが、水魔法も併用すれば、ものの1時間程度で完了だ。
あとは、楽しみに取っていた調査を行い、帰るとしよう。
害悪プレイヤーの流儀、毒★麻痺★眠り。




