10 伝説のテイマー
「失礼しますよ、イーナム殿」
村長は付き人を一人連れて、約束通り午後からやってきた。
そしてリビングの木製のベンチへと腰掛ける。
村長は、長老よりも多少は若いものの、すでにいい歳の爺さんだ。
そんな爺さんにとって、くつろぐには少しばかり硬い椅子しかうちにはない。
なのですぐ帰ってくれると思っていたのだが、そこにはクッションが用意されていた。
無駄に気を利かせやがって……。
無駄に気を利かせた犯人は、木製のカップにハーブティーを注ぎ、それぞれへと配膳を済ませる。
「これはこれは。ルナ殿、お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、お客様をお迎えするのですから、当然ですよ」
そう言うけれど、その視線は横目でこちらを向いている。
その視線の意図は「デキる私に惚れたでしょ?」という意味でしかない。
あ、ルナというのは、ルーヴの偽名だ。そりゃね、森の守り神と同じ名前だと怪しまれる……。
なんてことはないと思うが、俺がそれ以外の名前を付けられない奴だと思われてしまうしな。
ともかく俺はこいつを、はやく帰らせるようにして欲しいんだがな。
「ところで、あの狼……。ルーヴの姿が見えませんが……」
「あぁ、それなら目のま……」
「それはですね! 見回りじゃないですかね!?」
「見回り、ですと?」
「そうですよ! 狼ですもん、縄張りの巡回は、大事な大事なお仕事ですよね!?」
「はぁ、そういうものですか……」
必死にそう取り繕う本人こそが、その狼の成れの果てだとは、村長は気づくことはなかった。
しかし、ずっと狼の姿を見せていないのに、村では噂になったりしていないのだろうか……。
おそらくは、魔導士たちはルーヴの魔力というか、気配は感知しているのだろうな。
その発生源が、少女の姿をしている事には気付けていないようだが。
「それで、要件はなんです?」
「それは……。いえ、その前に確認せねばならぬ事がありましてな」
「確認?」
「えぇ。あなたが、あの伝説のテイマーと名高い、イーナム殿、その人であるかですよ」
「伝説のテイマー? どういう伝説です?」
「剣術と魔法を極め、ドラゴンすらもテイムするという、噂の人物ですな」
「はぁ……。そんな人がいるんですか」
「……。イーナム殿、魔法は使えますかな?」
「まぁ、ほどほどに」
「剣術は?」
「人並み?」
「テイマーとしての技術は?」
「その気になれば、大抵」
「…………」
なんだこの質問と沈黙は。
俺がその伝説のテイマーだと思っているのだろうか?
そりゃ俺は、テイムする相手と渡り合うために、剣術も魔法も訓練したが、極めたかと問われれば違うと思う。
俺がやったことは、テイム相手と同じだけの力をつけておかないといけないから、仕方なくやっただけだ。
だから、剣術や魔術を極めた相手とは、比較するのもおこがましいというものだろう。
「その気になれば大抵というのは、ドラゴンもテイムできると?」
「あぁ、過去に一度だけ」
「はいっ!? 旦那様、それ本当ですか!?」
「え? そんなに驚くことか?
テイマーだし、誰もが目標にするだろ?」
「目標にしたところで、達成できるものではないですよ!?」
「いやぁ、あの鱗に覆われたフォルムを見るとさ、どうしてもそばに置きたくなってな。
あいつら、あんな凶暴に見えて、鱗を磨かれると、すげー喜ぶんだよ。
一枚一枚に映る自分の姿に見惚れて、鼻先でツンツンする姿はさぁ……」
「そういうのはいいです。それよりもですよ!
つまりそれって、ドラゴンと対峙したんですか!?」
「そりゃな? あいつら見境なく襲ってくるし。
もしやり合うならブレス対策に、氷魔法のアイスシールドは必須だぞ」
「やり合う気なんてありませんよ!!
だいたい、ドラゴンのブレスを遮るアイスシールドなんて、大魔導士だって使えるかどうか……」
「そうなのか? 魔法詳しくないから、よくわからんが……」
「それで詳しくないって……」
なにやらルーヴは呆れ顔だ。
そして村長も、なにやら顔を青ざめさせている。
「やはりそなたが、あのイーナム様でしたか……」
「いや、そんなかしこまられても。ただのテイマーだぞ?」
「ただのテイマーであれば、村の守り神が懐くこともなかったでしょう……。
そして、イーナム様だからこそお願いしたい事があり、本日はやってきたのですよ」
「はぁ……。お願いですか? 話くらいは聞きますけど……」
「はい。そのお願いというのが……」
オタク特有の早口でドラゴンを語る。




