01 優しい追放
『イーナム、やめて欲しいの』
その一言だけ覚えている。俺の目を見て、パーティーリーダーの女、リビィはそう告げた。
俺はいつも通り、テイマーとしての仕事をしていただけ。
けれど奴らにとって必要なのは、俺ではなく、動物だった。
だから俺はいらない。わかりやすい理由さ。
朝、起きた時には、すでに誰もいなかった。
夜に飲んだ酒には、薬が入ってたのだ。
けれど気づかぬふりして一気に飲んだ。
毒ではないとわかっていたし、こうなることもわかっていたから。
「アイツ、意外と甘ちゃんだよな」
不要なら斬り捨てておいたって、誰も怪しんだりしないだろう。
魔物の彷徨う森で、死体がひとつ増えたって誰も不思議に思いやしない。
魔物が寄ってこないよう結界まで張ったまま、眠らせた男を放っておくなんて、そんな親切な行動普通ならしないだろうな。
だからアイツらを追う気にも、復讐しようなんて気にもならなかった。
俺は一人、のんびりと生きていく方が性に合ってるしな。
「しかし、追わないわけにもいかないか……」
誰にいうでもなく呟いて、俺はアイツらの進んだであろう道を歩く。
鬱蒼としげる森の中、目印なんてない。けど、アイツらの目的がわかっていれば、どっちに進んだかくらいはわかるもんだ。
その勘を元に、進み続ける。いつかは追いつくと信じて。
数時間歩いただろうか、俺の耳は獣の息遣いを感じ取った。
少し弱々しく、そして苛立ちを隠せないでいる、獣の気配。
「数は……、一匹か」
テイマーにとって、遠く離れた場所であっても、獣の気配を感じる事などたやすい。
相手の気性の荒さも、テイムする難易度を測ることが何よりも重要なのだから、感じ取れて当然だ。
今回の相手は……、条件次第といったところか。
難しければ放っておこう。
息遣いが近くに感じられ、そろそろ見える頃合いか。茂みに隠れ、相手の様子を伺う。
ふむ、狼だ。一匹の黒い狼。前足に怪我をしている。なにより痩せ細り、弱っていた。
けれど、その大きさは普通ではない。かなりの巨体だ。
牛よりも一回り大きいくらいで、俺が乗ったって違和感ないだろうな。
「難しくはないが、テイムする必要もないしな。
こちらに気付いていないし、そっとしておくか……」
様子をうかがいながら、難易度を測る。10段階評価で、難易度8ってところか。
怪我をしている相手のテイムは難しい。身を守るため、近づく者に敵意を見せるからだ。
そんな事、俺には関係ないんだけどね。
「しかし、怪我は……。あの様子から見て、狩りも満足にできていないだろうに……」
見てしまったからには、放っておけない。
お節介だとは思いつつも、俺はカバンから一枚の収納札を取り出す。
その札は、アイテムを札に封印した魔道具。
ビリっと破れば、封印されていた壺が飛び出してきた。
「おっと、危ない。中の状態はっと……」
蓋を開ければ、中には白い軟膏。
これは、ひどく染みるが、普通ではありえないほどの効能のある薬だ。
傷・火傷・あかぎれ……。大抵の外傷には効く薬だ。
「さて、どうやって塗るかが問題だな……」
暴れる狼を取り押さえながら、無理やり薬を塗ることもできる。
けれど、お互い疲弊するだけだ。こういう時は、魔法に限る。
パチンと指を鳴らせば、さすがに相手も俺に気付いたらしい。
ばっと起きあがろうとするが、前足の怪我を庇って体勢を崩した。
その隙に、周囲の茂みから延びた蔓が巨体に巻き付き、狼を大地へと張り付けにする。
「悪いな、ちょっとの間だけ我慢しろよ?」
マズルも縛られ、唸ることさえできない狼は、その蒼い目で睨みつける。
しかしそれも、俺が軟膏を塗り始めた時、涙を貯めた情けない眼差しへと変わった。
「そんな情けない顔すんなよ。凛々しい姿が台無しだぜ?」
そう言って笑うも、返事などあるはずがない。
俺は薬を塗り終え、包帯を巻き、食料に干し肉をどっさりと置いて、その場を後にした。
この主人公は特別な訓練を受けております。
酒で薬を飲むのは危険なのでマネしないでください。