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エルフの若旦那と灰色の恋人  作者: さつき けい


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7/7

7・ある新婚夫婦の周囲

最終話のため、少し長めです


 その日の早朝、東門近くの下町の住人たちはいつもの女性の姿が見えないことに首を傾げる。


「マーヤちゃん、どうしたんだい?」


家を訪ねたが、その一家ごといないことに気付いて騒ぎだす。


 その内の一人が近くの菓子店に走り、異変を伝えると、


「まさか、そんなこと」


と、店主の妻は信じなかった。


開店の準備をしていた夫を呼びに行く。


「そんなバカな」


店主夫婦は急いで駆け付けたが本当に何もない部屋だけが残っていた。


家の中にはボロい家具と食器くらいしか残っていない。


店主の妻が床に座り込んだ。


「ど、ど、どうしよう。


あの娘がいなけりゃ、私らはどうやって生活したらいいの」


十年以上もマーヤと呼ばれる元令嬢を使って収入を得て来た夫婦は狼狽えた。


次はあの娘の妹か弟を引き込むつもりだったのに。


「とにかく、すぐにお得意様に連絡しなきゃならん」


店主は急いでどこかへ走って行った。




 その姿を、三階建ての共同住宅の屋根から見下ろす者がいる。


気配遮断の魔道具を身に着け、顔をすっぽりと覆うフードの付いたマント姿。


「やっぱり動いたな」


屋根伝いに足音もなく走り、店主の男の姿を追って行く。


 ユイリは王宮の寮を出た半年前から、毎朝散歩のついでにマリーヴェルの様子を見に来ている。


あの日、ギードから伝えられた情報はユイリに大きな衝撃を与えた。


「僕が彼女を守る!」


それはまだ未熟なエルフの青年にそう決心させるには十分なものだった。


彼女の音を止める者は全てユイリの敵になったのだ。


 今日は楽団の試験のため当然王宮の文官の仕事はお休み。


(ユイリさま、今日は試験の日ですよ?)


よく見ると屋根の上を走るユイリの側に、小さな光が纏わりついている。


父親の眷族精霊の分身だ。


「ああ。 だけど最後まできちんと彼女の安全を確保しとかないとね」


「妻になる女性だから」とフードの下のエルフの顔がだらしなく緩む。


光の玉からはハアとため息が漏れた。


(まあいいですけど。 あまり派手にやり過ぎないでくださいよ)


「分かってる」


ユイリは今までマリーヴェルにちょっかいを出そうとする者たちを何度も牽制してきた。


姿は見せずに近づいて警告したこともあれば、魔法の矢を使って見えない場所から攻撃したりもした。


実は何度か怒りのあまり殺しかけたこともある。




 ユイリは正義感が強いわけではない。


基本的にエルフを含む妖精族というのはあまり他人に興味がないのだ。


ただ気に入ったものに対してはとことん固執する傾向がある。


ユイリは、自分についている眷属精霊から、マリーヴェルに対する行為が段々と度を超してきていると何度も注意されていた。


さすがに自分でも不安になって父親に相談に行った。


言い出す前に情報を渡され、相談することをすっかり忘れて帰って来てしまったけれど。




『腹黒』エルフはきっと予想していたのだろう。


あの時、ユイリは知らなくてもいい彼女の秘密まで知り、さらに度を越えて攻撃的になっていった。


眷属精霊がギードに抗議したのはいうまでもない。


「いや、でも、やるなら徹底的にやらないとさー」


黒い笑顔は森に引きこもっていても健在である。


「あいつらも貴族や金持ちが憎いっていうのはあるのかも知れないけど」


他所から来たばかりの、王都に疎い貴族を信頼を得てから騙した上に、外からの情報を妨害した。


「今頃、保護者が出て来てそれを知ってしまったら『仕方なかった』では済まない。


本人も家族も不幸になるだけさ」


ギードは、ユイリが破って処分した報告書の写しをヒラヒラと振って笑う。


「守るべき大人が幼い者を騙して一生の傷を負わせたんだ。


償ってもらわないと」


ユイリなら喜んで手伝ってくれるだろう。


冷たい笑みを浮かべ、ギードは眷属精霊にユイリの補助を怠らないよう指示した。




 マリーヴェルには両親との再会を素直に喜べない事情がある。


「お父様とお母様が生きていらした。


ちゃんと元の街に戻られて、以前と変わらない生活をなさっていたなんて」


では、自分がやってきたことは何だったのだろう。


一人になると涙がとめどなく零れた。




 下町といえ、家族五人の生活には相当な金が必要になる。


高齢の祖父母は身体を壊し、家にいることが多くなった。


「お嬢さんに向いたお仕事がございますよ」


王都で住む家や買い物の手配をしてくれていた菓子店の夫婦が言う。


彼らはマリーヴェル一家とは同郷だった。


貴族だった一家の生活を知っているので、下町での暮らしに馴染めないことも理解している。


特に高齢の夫婦にはキツイだろうことも。


「お嬢様にしか出来ないお仕事ですよ。


ええ、年齢は関係ないのです。


あるお爺さんのお相手をするだけで、お給料をいただけます。


ただし、他の誰にも言ってはいけません。 羨ましがられますからね」


一緒にお茶を飲んだり、話し相手になるだけ、と誤解させた言い方に気付かなかった。


マリーヴェルは幼かった自分を恨んだ。




 それは彼女の家族には漏らすことの出来ない秘密。


そしてそれ以上に、ユイリがそれを知っているということは絶対に秘密だ。


「マリーヴェルが生活に困って彼らに食いものにされていたのは分かっている」


ユイリには許せない。


「今日で決着をつけてやる」


店主の男がある館の裏口の戸を叩いた。


 風の精霊魔法を発動し、フワリと長距離を飛ぶように屋根の上を移動する。


結界魔法を得意とする父親を持つユイリには、王都の館程度の結界は通用しない。


結界をスルリと抜け、高い塀を越え、館の屋根に降り立つ。


 まだ早朝の空気の中、館の主は寝ていたようだ。


特定の使用人と共に庭にある小屋に向かい、そこで店主と会う。


こそこそと聞こえる話し声はどんなに潜めていてもエルフの耳には丸聞こえで、ユイリは黙ってそれを聞いている。


「どっちをやろうかな。 いや、いっそ両方やるべきだな」


ユイリの顔に笑みが浮かんだ。


(若旦那、ギードさまに似てきましたよ。 笑顔が黒いです)


「ふふっ、それは誉め言葉だね」


ユイリは小屋の窓に向かってギードの父である祖父から受け継いだ大弓を引き絞る。




 王都は新たな年を迎えた。


夜明けと共に教会の鐘が鳴り響く。


ある富豪の館で、その鐘の音に紛れて騒動が起こっていたことは一部の者しか知らない。


 館の主は元は他所から流れて来た貴族だという噂があった。


高齢のため、すでに家督は子供たちに譲り、王都で静かに暮らしているということだった。


見るからに温厚そうな老人だが、その過去を実際に知っている者はいない。


その老人が再起不能になるほどの大怪我を負った。 


高齢だったため、部屋の中で転んだのだと使用人は医術者に伝えたが、その部屋に居た者全員が傷だらけになっていたという。


そして館はいつの間にか人影もなくなり、出入りの商人たちもひっそりと姿を消した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねえ、お姉ちゃんはいつこっちに来るの?」


ある街の貴族の館で少女は姉の姿を探していた。


王都では確かに一緒に暮らしていたのに、この街に移って来てから顔を見ていない。


両親だという男女が涙を流して抱き締めてきたが、幼い頃に別れたため、少女にはいまいち実感がない。


「お姉ちゃんがいれば何でも教えてくれるのに」


あの日エルフがやって来て、少女の一家をこの街に魔法で転移させてくれた。


しかし到着した街には姉の姿がない。


「お姉ちゃん、どこ?」


祖父母に問うが口止めされているらしく、笑って誤魔化される。


「いつか会えるさ」


一つ年上の兄が少女を慰めた。


「本当?」


「ああ、その時は一緒に劇を見に行こうな」


少女は王都の劇場を姉と一度だけ見に行ったことがある。


確か姉が勤めている劇場だと聞いたが、下町育ちの彼女には遠い世界の話にしか聞こえなかった。


「そっか。 お姉ちゃんはあそこにいるのかも。


なら、いつか会いに行けるね」


その距離がどれくらい遠いのかも知らず、少女は屈託なく微笑んだ。



        ~ 完 ~


お付き合いいただき、ありがとうございました

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