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エルフの若旦那と灰色の恋人  作者: さつき けい


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5・大人になるための冬の夜


「ユイリ。 お前にはまだやることがあるだろう」


そう言って、ギードはマリーヴェルを呼び寄せると金色の膜の中に取り込んだ。


恐る恐るマリーヴェルを見て、ユイリは戸惑い、自分が汗をかいていることを感じる。


「二人だけで話しなさい」


部屋を包んでいたギードの結界の膜が、いつの間にかユイリとマリーヴェルだけを包んでいた。 


「あ、あの、ギドちゃん」


ユイリは慌てて手を伸ばすが、結界に遮られて届かない。


「すみません、ユイリ様。 あの、先ほど何をお話されていたのか、教えていただけませんか?」


マリーヴェルは祖父母の様子が気になっていた。


祖父母は黒髪のエルフの話を聞いて、うれしいような、悲しいような……、複雑な顔をしている。


「あー、うん」


金色の膜の向こうでは、ギードが眷属精霊エンを紹介しながらマリーヴェルの弟妹と楽しそうに話をする姿が見えた。




 ギードは無類の子供好きだ。


不幸だった幼少期のせいで、どんな子供にでも慈しみの視線を向ける。


それを知ってユイリの母親であるタミリアは、ギードとの間に子供をもうけた。


ユイリは母親の言葉を思い出す。


「最初は愛情なんてない結婚だったの。


だけど、確かにお互いが必要で、二人でいることに不満はなかったなあ」


いつの間にか、ギードはただ傍にいるだけでも有難い存在になっていった。


何か返せるものを、と考えたら。


「子供好きのギドちゃんに彼自身の子供をあげたくなったのよ」


顔を赤くした母親の照れ隠しだった可能性もある。


だけど、ユイリの父親ギードは本当に家族を大切にしてくれた。


 その子供たちが早くに自立してしまったのはギードの愛情過多のせいかも知れない、とユイリは思う。


三人の子供たちには、自分がどこで何をしていようとギードは必ず見守っていてくれるという安心感がある。


どんな夢だろうと否定せず、必ず道を探して後押ししてくれた。


だからこそ、伸び伸びと好きなことが出来ているのだ。




 そして、ユイリはマリーヴェルに出会えた。

 

「父は貴女様の家族を決して悪いようにはいたしません」


ユイリは、王宮で覚えた目上に対する正式な誓いを立てるための礼を取った。


「ユ、ユイリさま、そんなことなさらず」


マリーヴェルは顔を赤くしてアワアワしている。


「いえ。父の話ではマリーヴェルさまのご両親は元の街で、元の地位のまま過ごされているようです」


そうなるとマリーヴェルは貴族令嬢。


エルフであっても、庶民であるユイリにとっては気軽に声をかけられる相手ではない。


「えっ、お父様が?」


マリーヴェルは本名で呼ばれていることにも気づかず、両親の情報にただ唖然とした。


「な、何故、私たちに、何も知らせてくれないの?」


誰に問いかけるでもなくマリーヴェルは呟いた。


「どなたかが故意に隠していたようですね」


ユイリは顔を歪めて吐き捨てる。


貴族である両親からは家族を探す費用を、王都にいる家族からは労働力を搾取するために。


「そんな……」


ユイリは真っ青になった彼女の手をそっと掴む。


ギードに顔を向けて頷いたユイリは、マリーヴェルの手を引いて外に出た。


他の家族は年頃の二人のことは見て見ぬふりをしてくれている。




 ユイリは井戸の側まで行き、自分の上着を脱ぐと、それでマリーヴェルの肩を包んだ。


冬の空気に息を白くさせながら話を続ける。


「それを知った私の父は、貴女方ご一家に早急に元の街に戻れるように手はずを整えました」


ユイリの言葉を聞いて、先ほどの祖父母の躊躇いの表情の原因をマリーヴェルは察した。


「出立は明日の早朝です。


それまでにご準備をしていただくようにと、お話したところです」


家族の再会を妨害している者に知られない内に移動してもらいたい。


 ユイリは、うつむく灰色の髪を見つめる。


そして穏やかに声を落とした。




「今から僕は貴女に無茶を言います。


絶対に受け入れられないと思われたなら、僕を殴ってください」


マリーヴェルは「何を言い出すの」という顔で、頭一つ高いユイリを見上げた。


「殴らないのであれば、それは了承したと受け取りますよ」


ニコリと微笑む金髪に紫水晶の瞳のエルフ。


緊張しているのか大きく一つ深い息を吐いて、そして胸に片手を置くと、キリッとした顔で彼女の前にひざまづいた。




「僕には貴女の音が必要です。


どうか王都に残って、僕と結婚してください」




ユイリは顔を上げ、目を閉じ、じっと判決を待つ罪人のようにマリーヴェルの返事を待った。


「え?」


思いがけない言葉に、マリーヴェルは目を見開いたまま茫然としている。




 しばらく時間が流れたあと、マリーヴェルはようやく口を開く。


「ユイリさまは、私が殴ることなど出来ないと分かっていますよね」


思ったより冷静な声だった。


ユイリは目を薄く開いて、いたずらっ子のようにニヤリと笑う。


「ええ、まあ」


マリーヴェルは揶揄われたと思い、呆れたように目を逸らした。


「でも、貴女も今更音楽を捨てることなど出来ないでしょう?」


彼女は自分と同じように音楽に魅入られているとユイリは確信している。


答えはきっとユイリの傍にあるはずだ。


「冬の夜は冷えます」と言いながら、ユイリは大切な彼女の指を温めるように両手で包み込む。


「貴女の指は音楽のためにある。


僕なら、貴女に音楽を続けさせてあげることが出来ます」


真剣な声にマリーヴェルはハッとして身体を震わせた。


 確かに元の街に帰れば、せっかく入った楽団も退団することになる。


マリーヴェルの音楽はただの貴族令嬢のたしなみとなり、今までのようなしっかりとした練習など続けられないだろう。


それでもマリーヴェルは家族と離れ、一人王都で暮らすなど想像も出来ない。




「じゃあ、一つ賭けをしましょう」


揺らいでいるマリーヴェルの瞳に気づかないふりをして、ユイリは言葉を続ける。


「僕は明日、楽団の試験を受けます。


不合格なら、もう二度と貴女に会うことはしません」


今まで自分勝手にさんざん付け回して、マリーヴェルには迷惑をかけていた自覚はある。


もう付き纏わないと誓う。


既にマリーヴェルが王都に残ることが前提になっているのは内緒だ。


「でも、もし受かったら、そのまま一緒に教会に行ってもらいます」


神に結婚の報告をするために。


「僕は年下で、エルフで、ただの庶民で、貴女には釣り合わないかも知れません」


子供が出来にくいため、一般的に異種族間の婚姻は嫌われる。


特に上流階級になるほど結婚には反対される傾向にあった。


それに、この国は恋愛結婚を推奨してはいるが、身分差は何ともし難い。


「愛情など無くても結構」


ユイリは、唇を噛んで考え込んでいるマリーヴェルを見守る。


「お試しでいいんです。

 

王宮文官の名誉にかけて、無理強いもしません」


ただ一緒に暮らすだけで、何不自由ない生活をユイリは保証した。




 この国の教会では、まず本人たちが神に結婚の報告をして生活を始め、約ニ年以上夫婦として無事に過ごせれば本当の夫婦として改めて式を挙げて親族に御披露目となる。


「僕は貴女の音を守りたいだけです」


本当の意味での夫婦でなくてもいいのだとユイリは囁く。


 マリーヴェルは迷っていた。


今さら両親の元に戻って、何食わぬ顔で貴族令嬢として生活出来るだろうかと。


まだ子供だった彼女が下町で家族を背負って生き抜いて来た十二年は長い。


胸に甦る様々な苦悩の日々を思い出して、マリーヴェルはフツフツと怒りと悲しみが湧き上がるのを感じていた。



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