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エルフの若旦那と灰色の恋人  作者: さつき けい


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3・成人前の秋の日

前話から三か月後


 その日、次の冬に成人を迎えるユイリは、その後の生活の相談を祖父母とすることになっていた。


「やはりまだ王宮勤めが続くのだな?」


「はい」


王都の中心広場に近い一等地にある老舗の服飾商会の一室。


元兵士の祖父は年老いて尚背筋が伸びた姿勢で座っている。


ユイリの返答にどこかホッとした表情を見せていた。


「王女殿下の話し相手だとギードさんが言っていましたが」


「ええ、その通りですよ、お祖母ばあさま」


祖母も、ユイリが劇場の楽団員になっても王族との繋がりは切れないと聞いて安心したようだ。


 文官見習いのユイリは成人後に正式な文官として王宮で雇用されることになっている。


しかし、父親であるギードはユイリが王宮に出仕する時に条件を付けていた。


『ユイリの夢は楽師なので劇場の楽団の試験も受けさせること。


その後は二つの職の掛け持ちになりますが、本人がどちらかに決めるまでは自由にさせてください。


どうせ、エルフの文官なんて王女殿下の世話係りでしかないんですから』


かわいい息子の夢をないがしろにしたら自分たち親が黙っていないと、担当の文官を威圧したらしい。


ユイリの両親は、その魔力や貢献度で国に認められている実力者。


上流貴族並みに多少の無理が通るのである。


ギードの毒舌には王女の父親である王太子も苦笑いするしかなかったという。




 ユイリの母親の両親である祖父母は、経営している服飾商会をそろそろ息子に任せて隠居も考えている。


三人の子供の内、長男と末娘は商人として修行をしていたが、魔術師学校に通わせていた真ん中の娘はいつの間にか王都から姿を消し、帰って来た時には脳筋魔術師と呼ばれていた。


そのうえ、エルフの夫を連れて。


祖父母は「あの時の衝撃を忘れたことはない」と孫のユイリに話してくれた。


「しかし、こうして優秀でかわいい孫が出来たことは僥倖ぎょうこうでした。 あなたたちは私たちの誇りですよ」


「はあ」


エルフの優れた容姿で服飾の商会の宣伝役をし、見習いとはいえ、貴族でもないのに王宮に勤めている。


ユイリは祖母の溺愛ぶりには毎回引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。




(僕自身はたいしたことないのに)


母親のように魔法や剣で戦うことは出来ない。


父親のように精霊魔法で完璧な防御が出来るわけでもない。


ユイリは、ただ音楽に無性むしょうに魅かれて仕方がないだけ。


(好きなように生きて良いっていつもギドちゃんは言ってくれるけど)


その言葉に甘えてままをやってる自覚はある。


だけどそれに見合った中傷や反発も日常茶飯事だ。


(ギドちゃんが王都を好きになれない理由も分かるよ)


それでも、ユイリは音楽を捨てられない。


田舎では接することが出来ない王都の音楽たちに興味が尽きないのである。




 父親からもらったビオラを抱えて、ユイリは週に一度、練習室へ向かう。


劇場内にいくつかある楽団用の個室の一つ。


「こんにちは、今日もお早いですね」


黒に近い灰色の髪の若い女性がすでに練習を始めていた。


「こ、こんにちは」


王宮の宿舎よりも狭い、楽譜台と椅子しかない部屋に二人っきり。


ユイリはこの日を何よりも楽しみにしている。


 女性の名前はマーヤと聞いていたが、ギドちゃんの調査では本名はマリーヴェル。


ユイリの祖父母の商会で後援している楽団員で、今年十七歳になる。


以前ユイリが師事していたリュートの師匠であるターラーが現在産休のため、今は彼女に指導をお願いしていた。


最初は固辞されたが、ユイリの祖父母が後援者になっていることもあって無下には出来なかったようで、何とか引き受けてもらえた。


指導といってもただ一緒に音楽を奏でるだけだが、下町に住む彼女にとってはしっかりと練習出来る貴重な時間になっている。




 二年前の出会った頃に比べれば幾分かふっくらとした体形になり、生活も良くなったのだろうとユイリは思う。


彼女は下町で菓子屋の店員をしていた。


家族五人の生活は、彼女一人の収入と下町の人々に支えられている。


現在は楽団の仕事がある日は弟と妹が店を手伝っているそうだ。


「あの、ユイリ様。


いつも練習をご一緒させていただいて感謝しておりますが、本当にご迷惑ではございませんか?」


ユイリはニコニコと微笑む。


「僕があなたの音を気に入って、是非にとお願いしたことです。 お気になさらず」


ビオラを取り出し、楽譜を用意する。


「ああ、それとも、また誰かに何か言われました?」


片眉を上げ、ユイリは整った顔をしかめる。


どこにでもうらやんで嫌がらせをする連中はいるのだ。


ユイリの言葉に彼女はうつむいてしまう。


「い、いえ。 わ、わたしにはもったいないと」


普段から物静かでおとなしい女性である彼女はあなどられ易い。


「あなたの音楽の価値が分からない者など放っておけばいい」


ユイリは少し声を低くして不機嫌さを隠さない。


マリーヴェルはいつものように申し訳なさそうな顔をして、リュートを抱え直した。




(だけど、本当にこのままでいいのかしら)


二年前、マリーヴェルは楽団の試験会場で初めてユイリと出会った。


年に一度、冬に行われる楽団の受験資格は、楽器を所持していることと成人であることだけ。


最初で最後、成人したマリーヴェルはそのつもりで受験した。


いつまでも楽器を弾き続ける意味を探して。


(行方不明の両親に届くかも知れない、いえ、弾き続けていればいつか会えるかも知れない)


捨てられなかった。


ひもじい思いをしてもお金に換えることさえ出来なかった。


 だけど十年だ。


何不自由ない中流貴族のお嬢様だったマリーヴェルは王都の下町で様々な経験をした。


それこそ何度も死んでしまいたいと思った。


自分を押し殺して、祖父母と弟妹のために働いてきた。


(一つくらい自分の我が儘を通したい)


幸い、家族はマリーヴェルの音楽に対しては理解し、応援してくれている。


(もし受からなかったら楽器は手放そう)


古くても楽器は高価だ。


もうお金のことで嫌な思いはしたくない。


そう決意したマリーヴェルは受験会場である劇場に入った。




 ユイリがゆっくりとビオラの調律を始める。


隣に座るエルフの麗しい横顔を見ながら、マリーヴェルは高揚より戸惑いが強い。


(この方はいったい何をしたいの?)


あの日、試験に合格した祝いだと言って肩に掛けられた魔道具のひざ掛け。


合格のうれしさでボーっとしたまま受け取ってしまい、家に戻ってから気が付き慌てたが遅かった。


今は身体を壊している祖父のひざ掛けになっている。


(私のことを知っていた)


マリーヴェルが夜明け前、下町の井戸の傍でリュートを弾いていることを知っていたエルフの青年。


それだけで認められた気持ちになれた。


 合格しても、マリーヴェルは楽団員になれるはずはないと分かっていた。


劇場に通うための服も練習のための時間もない。


劇場との契約を迷っていると、ある大きな服飾の商会が後援者として名乗りを上げてくれた。


断ろうと裏口から訪ねると何故か小部屋へ通されてしまった。


大きな姿見、いくつもの女性用の服が飾られ、靴や装飾品なども数多く並んでいる部屋。


「ここがあなた専用の部屋よ。 この部屋にあるものは全て自由に使ってちょうだい」


優し気に微笑む老婦人が商会長夫人で、エルフの青年の祖母だと聞かされて気を失いそうになった。


それ以来、家からその部屋に来て着替え、帰りにまたそこに寄って着替えている。


今の夢のような生活を手放すことは出来ない。


マリーヴェルはユイリのことを考えるのを諦め、音楽にのめり込むのだった。



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