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エルフの若旦那と灰色の恋人  作者: さつき けい


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2・半年前の初夏の会話

前話の半年前に遡ります


 ユイリの両親は王国から遥か北にある自治領で暮らしていた。


父親が経営するギード商会の本部がある『幻惑の森』と呼ばれる木々に覆われた町。


その中央には『決して枯れない泉』と神殿があり、そのすぐ近くにユイリの実家がある。


王都の広場にある移動用魔法陣から直接飛ぶことは出来ず、魔法の塔の町で魔法陣を乗り換えて、ユイリは泉の神殿へと向かう。


神殿の地下にある魔法陣から出て、泉の側にある館に入った。


 商会の仕事用の部屋に眷属精霊のコンと共に机に向かっている父ギードがいた。


「ギドちゃん」


「おや、ユイリ。 珍しいな。


獣人族の友達に会いに来たのか?」


父親は我が子の気配は感じていても、すぐにこちらに来るとは思っていなかったようで驚いた顔をした。




 ギードの長子である双子のユイリとミキリアは、現在修行中で家を出ている。 両親に用事がある場合は、まずは手紙で知らせてくることが多い。


何の前触れもなく、突然訪ねて来ることは今までなかった。


「うん、ちょっとね」


ユイリはそう言いながら、ギードの側にいる一番の古株で口うるさい眷族をチラッと見る。


見かけは従者の服を着た普通のエルフの男性だが、実は最上位の精霊である。


「あー、コン」


ギードは仕事の手を止め、口元を歪めて眷属精霊に目配せした。


念話で何か指示しているのだろう。


そう思いながらユイリは二人を眺めていた。




「タミちゃんは町へ出てるよ。 部屋へ行こうか」


「うん」


ユイリの母親であるタミリアは、人族の魔法剣士。


脳筋と言われる彼女の仕事は町の警備だ。 ギード商会の店員たちや客を守るため、毎日かなり広い範囲を巡回している。


「実はこちらからも話があってね」


ギードがニコリと笑うと、コンは頷いて部屋を出て行った。




 ギードの私室は館の地下にあるため、ユイリは立ち上がった父親について行く。


一度廊下に出て、隠し扉から地下への階段を下りた。


 土属性の最上位精霊であるコンが造ったギードの部屋は、質素で薄暗く落ち着いた雰囲気である。


中央に眷属会議用の大きな円形のテーブルがあり、壁の飾り棚には六体の眷属たちが勝手に持ち込んだ酒瓶などが並んでいた。


その部屋の片隅にギードの寝床があり、他には私用の机と本棚しかない。


これがそこそこ有名な商会の長の私室には見えないなと、王都で数年暮らしているユイリは思う。


それでも、子供の頃から見慣れた懐かしい部屋に、フッと息を吐く。


 会議用の椅子に座るとギードが二人分のカップを出し、闇の収納から取り出した薬草茶を入れてユイリの前に置いた。


「ありがとう」


ユイリは暖かいカップを手で包みながら父親の顔を伺った。




 基本的にユイリの両親は無口だ。


雑談などあまりしないので、用がある者が話さないと会話は進まない。


「実は聞きたいことがあって」


思い切ってユイリは口を開く。


ギードはゆっくりとお茶を飲みながら息子を見ている。


「えーっと……」


しかし、いざとなるとどう話していいのか分からず、ユイリは口籠った。


「あー、うん。 実は、リュートがいまいちしっくりこなくて」


ユイリの話は本題から逸れた会話になっていく。




 ユイリは未だにリュート以外の楽器を模索している。


ギードはそれをユイリのリュートの師匠であるターラーからの手紙で知っていた。


「王宮の楽師から色々話を聞いて、一つ用意しているものがある」


少し早いが、この冬に成人する息子のために両親が用意した贈り物だと言う。


「新しい楽器?」


「ああ。 ビオラというらしい。 リュートと同じ弦楽器だが、手ではなく、弓というものでくそうだ」


ユイリは驚いて立ち上がる。


「ほんとっ?」


ビオラは知っていた。


宮廷楽師にもビオラ弾きがいて、最近、劇場の楽団にも導入されるという噂もある。


「弾き方の指導をお願いしているから、後日王宮の楽師を訪ねるように」


「う、うんっ」


興奮して赤くなった頬で、ユイリは何度も頷いた。


なりは大きくなったが、まだまだ子供だなとギードはくすりと微笑んだ。




 しかし、ユイリたち双子の誕生日は冬のいちの月。


「うれしいけど早過ぎない?」


今はまだ夏が始まったばかりなので、半年も先の話だ。


ユイリが首を傾げる。


「成人したら楽団の試験を受けるんだろう?。


今から新しい楽器に慣れる必要があるかと思ってね」


ギードは薬草茶を啜る。


「あー、そうかー」


色々あって、試験のことは忘れていた。 というか、ユイリは今、それどころではないのだ。




 息子の様子を窺っていた父親は、どこからか一枚の紙を取り出してテーブルに置いた。


「まあ、余計なことかもしれないが。


試験の準備と仕事に忙しいユイリの代わりに調べておいたよ。


例の彼女と、その家族の経歴と資産状況だ」


一瞬固まったユイリは、恐る恐る父親の顔を見た。


「……なんで?」


『腹黒』と呼ばれたエルフの商人。


人嫌いのギードの実際の姿を見た者は少ないが、獣人族の解放、海上輸送の開始など、その実力は国で知らない者はいない。


お茶を啜るギードは、ただ微笑んでいる。


 実はギードの眷属からだけでなく、王都の祖父母からもユイリの情報は流れていた。


何しろ、ユイリはある楽師の女性を祖父母に紹介し、後援者になってもらっている。


身元を調べられるなど当然のことだが、ユイリは父親にそこまで報告されているとは思っていなかった。




 表情を険しいものに変え、ユイリはその紙を手に取る。


「マーヤと名乗っているようだけど、本名はマリーヴェル。


元連合国の首都に住んでいた中流貴族のお嬢様だねえ」


あの街はギードが引き金となって混乱状態になり、王国の第二王子が介入して一度崩壊している。


 当時、荒れ地を中心とした少数の周辺国は連合国と呼ばれており、獣人を迫害して奴隷のように扱っていた。


特に上流階級の者ほどその傾向が強く、ギード一家はお世話になった獣人の村に迫った彼らと戦い、これを退けたのである。


その時、混乱した首都の街から多くの貴族が逃げ出した。


ユイリたちが二歳か三歳ぐらいの頃の話なので、おそらくその彼女が五歳くらいの時だろう。




「一家で街を脱出したようだが、途中で両親とはぐれ、祖父母と弟妹の五人で王都に辿りついたらしい」


今なら海路で十日とかからないが、当時は街から王都へは馬車で急いでもふた月ほどかかったはずだ。


「王都の下町にいた知り合いを頼り、その人の援助があって東門近くの共同住宅に落ち着いた」


ギードは淡々と事実を語る。


ユイリはじっと手元の紙を見つめていた。


「両親の消息はつかめず、しばらくして祖父は無理をしたために身体を壊し、祖母の看病が必要になった。


弟と妹はまだ未成年。 今の働き手は彼女一人だし、よくがんばってるよ」


ギードの声はどこか哀れんでいるように聞こえる。


「それでも楽器を手放さなかったのは、両親からの贈り物だったからだろうねえ」


『このリュートは呪われているの』


ユイリはマーヤと名乗った、まだあの頃は少女だった彼女の言葉を思い出す。


最後の一文まで目を通したユイリは、思わずその紙を風の精霊魔法で塵にまて粉砕し立ち上がった。




 ギードは、思い詰めたような顔で出て行くユイリの後姿を見送った。


「あの子が楽器を忘れるとはね。 あとで届けておいてくれ」


「はい」


眷属精霊であるコンは無表情の下で、エルフとしてはまだ幼いユイリを心配していた。




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