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2『揺らぐ決意』


「妖精の取り違え子……ですか?」

そう訊ねるお父様の、お兄様と同じロイヤルブルーの瞳に冷やかな炎が灯る。表情はいつもと同じ穏やかさだが、放たれる言葉の端々に感じる鋭さに私は驚く。


「驚かれるのも無理はありませんが、ええ、そうです。皆様も一度は耳にされた事がおありなのでは?」

人の良さそうな柔和な笑みを絶やさず応える男は、自らを妖精の『代理人』だとうそぶいた。



「では、わたくし共の娘が妖精と取り替えられた、と仰るのですか?」

お母様はいつになく怒っていらっしゃるよう。……当然だろうと思う。取り替えが事実ならば今ここにいるべきは私ではなく、父と母の本当の娘なのだから。


妖精の取り違え子。

幼い頃、母に読んでもらった童話にそんな話があった。

人間を嫌う妖精は、自分の子供と、同じ時に産まれた人間の子供とを取り替えると。


……だけど、あのお話は、『取り違え子』ではなくて『取り替え子』だったような気がするのだけれど。


「ええ。納得し難いとは存じますが、紛れもない事実。そちらの少女は貴殿方あなたがたとは赤の他人、妖精の子供なのですよ」


事も無げに告げられて。

足元が、崩れていく、音がした。



私はフィオネッタ・モンドレイ。名門公爵家の長女で半年後には十五になる。

……自分が、家族とは違うという事は自分が一番よく分かっている。

毛先に少しクセのある髪は、暗くて重いピアニー。

瞳の色は冴えないヘーゼルブラウン。

地味で目立たない凡庸な顔立ちに、お世辞にも健康的とは言えない青白い肌とちっとも女性らしく膨らまない貧相な身体。


どこを切り取っても、家族の誰にも似ていなくて。

どれもが、優しい父母に恥をかかせるだけのもので。



父は公爵家当主カインシェス・モンドレイ。

切れ長の目に澄んだロイヤルブルーの瞳。

落ち着きのあるチャコールグレーの髪が上品で、とても素敵な紳士。


母の名はエメンダ・モンドレイ。艶やかなライムイエローの長い髪と神秘的なカーマインの双眸を持つ、少女のように愛らしい美女。


そして、そんな父母の特徴を顕著に受け継いだのが兄。

名を、オルディアス・モンドレイ。父からは蒼の瞳を。母からは甘やかな金の髪を。


涼しげな目元に通った鼻梁、ほっそりとした頬に形の良い唇。美しい所作に穏やかな物腰、匂い立つ色香と滲み出る知性。両親を敬い、愛情深く、この不出来な妹を大きな心で受け入れてくれる、とても優しい人。

誰もが羨む、完璧な人。


「複雑なご心中お察し致します。しかし……」

男はそこで一度、言葉を切って。

意味ありげな視線を私に寄越した。

「ただの一度も、そういった想像に至らなかった──とはとても」

「っ!」

あからさまな嘲弄に私は小さく息を呑んだ。だけど返す言葉などないのだ、だってそんな事、私が誰よりも一番、……分かっているから。

悲しさよりも惨めさが勝って私は俯いた。次第に表情を険しくする両親から目を背けるように。


父や母の顔を見るのが辛い。

溢れんばかりの愛情を惜しみなく注いでくれた優しい人達。たくさん愛してくれた、私の愛する人達。


だけど、だからこそ。

……この家を出ようと決めた。

両親が本当の娘を迎え入れるのなら私は此処にいてはならない。心優しい人達だから放り出す事を躊躇うかもしれない、だから尚更、私は私の意思でこの家を出なくてはならない。例えどれ程──身が引き裂かれる程に悲しくて寂しくても。


そしてこれは思いがけず他者から与えられた好機だ、ここを逃せばきっとまた足を踏み出せなくなる。

だけど怖い。

失うのが怖い。

愛しているから。


だからこそ一層、嫌悪されるのが……怖い。

私は彼等から、本当の娘との時間を──故意にではなくても奪ったのだ。決して赦される事ではないのだ、憎まれても仕方ないのだ。分かっているのに、その感情を向けられる覚悟が、出来なくて。


どろん……と、心に何か、汚ならしいものが覆い被さってきた。

……ああ、これは、おりだ。

なんて浅ましい。この期に及んでまだ、愛を乞うのか?

嫌わないでと、……愛して下さいと、泣いて縋り付けば満足なのか?

なんて愚かなのか。



「フィー」

不意に、名前を呼ばれた。甘い声音が耳をなぞって、胸の汚泥を何処かへ押し流そうとする。

「お兄様……」

「そんなに思い詰めるものではない」

私に寄り添う優しい兄、心根まで美しい人だ。

「自分を責めて、苦しむものではない」

膝の上で強く握った震える手に、そっと手が添えられた。暖かい手は大人の男の人の手で、私の大好きな人の手。


いつも、手を握った。


嬉しい時、楽しい時、幸せな時。いつも私は彼の手を握った。


悲しい時、寂しい時、不安な時。いつも彼は私の手を握ってくれた。


そうしていつも、私を照らしてくれる貴方は私の光。優しい人、愛しい──人。


だけどそれも、今日で終わる。




「お話はよく分かりました、そちらの言い分もね」

冷たい声に、ひゅうっと喉が鳴った。




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