十
新春三日の昼。
羽生宅のまえに色吉と留緒、それに太助が人待ち顔に並んでいた。
「おう、あんたはなかで待ってていいぜ。寒いだろう」
色吉が言った。
「ち、おめえ、手柄ァ独り占めする気かよ。田尻の隠居のじいさんをみつけたなあおいらだぜ。おいらもここで待たしてもらわア」
太助が応える。
「そんなつもりはねえ、あんたの手柄だってこた、みんなに言ってあるぜ……あ……まあ勝手にしろよ」
話している途中で思いだした。そうだ、こいつは羽生の旦那が怖いんだった。
「あ、あれじゃない? きっとあれだよ」
留緒が言った。大名駕籠ほど大きくはないが、ふつうの駕籠よりもみるからに高級な駕籠が八丁堀の通りを向かってくる。駕籠人足は中間だし、さらに荷持ちの中間も横に従っていた。
留緒の予想通り、はたして駕籠は色吉たちのまえで停まった。田尻荘内が駕籠から降りてきた。
「田尻様、よくぞいらしてくださいまして、ありがとうございます」
留緒が丁寧に腰を折る。
「山」
荷持ちの中間が言った。奇遇だった。
「川」
色吉が応え、田尻家の主従を邸内に案内する。客間にて当主の多大有、隠居の歩兵衛とひとしきり挨拶のあと、まずは略式だが料理をふるまった。今日は無礼講で、奇遇と色吉、太助も同じ席について、主人たちと同じ膳を前にした。正月だから色吉も少し飲んだ。
朝も早くから留緒の三人の姉、留亜、留宇、留恵が奥の手伝いに来ていたから、もてなしに不足はなかった。
「正月らしく、華やかでいいねえ」
色吉が太助や奇遇とともに留宇や留恵から酌を受けてでれでれしていると、留緒が通りすがりに背中を蹴とばしていった。
飯のあとに、膳をすっかりかたづけて場所を開けると、いよいよ目当ての絵双六のお披露目となった。留緒も、その姉たちも奥から座敷に列席をゆるされる。
田尻荘内は、先日の話をここでも繰り返した。みな神妙な面持ちで聞いていた。
話が終わり、荘内が奇遇にうなずくと、田尻家の中間は葛籠をあけて、双六の箱を取りだし、円を描くように並んだ者たちの中心に、木箱をそっと置いた。荘内が今度は留亜にうなずく。「どうぞ」
留亜はかすかに震える手で箱を開けると、「ああ」と嘆息し、中身を取りだしてそこに広げた。目にはうっすらと涙がにじんでいた。
「どうぞ、遊んでください」
荘内がにこにこと言った。留亜はひとつうなずくと、駒とサイコロを荘内に渡そうとする。しかし荘内はそれを断った。
「田尻様はお遊びにならないのですか?」
「ええ、わたしは見ているだけで結構。どうぞ若いかたたちで遊んでください」
留亜が振り返ると、歩兵衛も、それからもちろん多大有も首を左右した。少し話しあって、結局留緒の四姉妹と理縫の五人が遊ぶことになった。理縫ちゃんはまだ小さいから、と他の者たちは言ったのだが、理縫は強硬に自分もやると主張したのだ。そこで色吉がうしろにつくことになった。
最後に留宇があがったときには、もう真夜中に近かった。ふたりの隠居と太助と奇遇はしばらくはおとなしく見物していたのだが、じきに飲みはじめ、途中からもう双六など関係なしに盛りあがっていたかと思うと、妙に静かになったなァとちらりと見るとみな横になってすうすうと寝息を立てていた。
「あー、わたしの勝ちだー」
留緒が一等だった。うれしいー、と両手をあげていた。そのあとは、留亜、留恵、理縫、留宇の順だった。理縫は途中でお化けになってしまい、泣くかな、と色吉は覚悟したのだが、逆に「おばけ、おばけ」と喜んで人間(の魂)に戻りたがらなかったから、説き伏せるのに暇がかかってしまったくらいだった。結局説得はできなかったが理縫が寝てしまったのであがることができたのだ。留宇はそんな理縫と色吉にわざわざつきあってくれたのだった。
「お姉ちゃん、留宇ちゃん、留恵ちゃん、ありがとう。これを姉妹でやるのが夢だったんだ。だからもう思い残すことはありません。ほんとにありがとう。それから理縫ちゃん……はもう寝てるけど、色吉さん、ありがとうございました。他の寝ている方たちにもお礼をお伝えください」
と留緒が、泣きながら言った。
見ると留亜も、留宇も、留恵も、みな泣いていた。
あとになって色吉が留緒に聞いたところ、留緒は双六を夢の中で遊んでいるように感じていたそうだ。駒を進めているのが自分なのは確かだが、まるで夢でのように体が勝手にサイコロを振り、駒を進め、おしゃべりをしているよう……とのことだった。
〈了〉




