八
今年の春ごろ、いつだったか細かくは覚えてないけど、正月すぎてだいぶ経ってはいたと思うけど、なんだか女が訪ねてきて、それは子供んころちょっといっしょに遊んでたことのあるお常だったんだけど、あたしを誘うんだ。
お大名の屋敷に行って芸を見せろ、っていうことで、夜にちょいと行くだけでいい稼ぎになると言って、なんだか最初はおっかなかったんだけど権太もいるし、お常もいっしょだってんで、まあいいかなと思ってそう返事したら早速その晩に迎いがきたんだけど、それが駕籠ふたつで権太も駕籠に乗っけて行こうとしたんだけど、権太はあたしといっしょじゃなきゃ駕籠なんか乗るわけないから、ひとつの駕籠にあたしと権太が乗っていったんだ。
どこだか詳しい場所はわからないけど、小半刻もかからずついたからこっからそんなに離れてないと思うよ、帰りも駕籠の送りつきだったからほんとにわからないんだ、毎回そうだったからね。毎回、そう。何回かって?
月に一度くらいだから、もう三……いや、四回行ったかな。
名前は是坊様だよ、そんで段之重さまってお方がいて、豪勢なお屋敷に入っていくと、きれいな女たちに囲まれてたよ、それでそんなかにお常もいたんだけど、女が十人かそこらもいたんで最初わからなかったくらいだった。
女たちの名前をみんな覚えてるわけじゃないけど、お幹とお蘭てのは確かにいたよ。女のあたしから見てもうっとりするくらいきれいだったからね。でも特に仲良くしたわけじゃないよ。向こうは乙にすまして、芸人なんか相手にしないよ、てな態度だったからね。
お座敷は段之重様の他は隅っこに男の侍がいるだけで、あとはみんな女ばっかりだったからね、三味線を持った芸者みたいのも何人かいたけど、たいていはお常とおんなじ、水茶屋なんかの看板だったと思うけど、そこで権太とあたしは芸をしたんだ、いつもここでやってるような。
最初んときはいきなりだったんでこの格好で行っちまったんだけど、つぎからはちゃんと舞台衣装と化粧でちゃんと決めていった。
お座敷は広くってね、この小屋の舞台と観世物席を合わせたよりも広いくらいだったからやりにくいってことはなかったけど、女たちがきゃあきゃあとうるさくて、段之重様はお酒を飲みながら見てるだけだったけど、女たちがいちいち悲鳴をあげて段之重様にしなだれかかったり抱きついたりするもんだからやりにくかったね。
おアシはひと晩で小屋の稼ぎの三日分くらいはもらえたから、たしかにお常の言う通りいい稼ぎになって、それで屋敷でのことは誰にもなにも言うな、って、帰るときに座の隅にいたお侍に言われたから黙ってたんだけど、そんであたしは月に一度くらい呼ばれただけだったけど、お常はよく、ほとんど毎晩のように是坊様んとこに行ってたみたいだね、よく知らないけど、話の様子からさ、それ以来、つまり最初に是坊様んとこに行って以来、あの娘はちょくちょく店を怠けてここにも顔を出して、なんだか自慢げに自分は段之重様のお気に入りだのなんだのなぜか自慢してったから。
たしかにここ何日か来てないけど、あんな気まぐれのことなんか知るもんか、最後に来たときにあたしが権太を使ってお幹とお蘭を殺したんじゃないかなんて嫌なことを言ったから、あたしも怒ったから、それで来づらくなったんじゃないかい、知らないよ。