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続色吉捕物帖  作者: 真蛸
しずみよ双六
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「ずいぶん遠いなおい、いってえどこまで行くんだえ」

 並んで歩いている太助に訊く。とりあえず行ってみようぜ、との太助の言いっぷりから近所だと思って行き先も聞かなかったのだが、もう半刻も歩いているのだ。

「おう、もう、じきだ」

 この辺はもはや武家町だが、しかしどうも景色に見覚えがある。

「ここらはどこだえ」

「あー、麻布だな」

 妙に歯切れが悪い。それはかえって自分の悪事を白状しているようなものだった。

「麻布、っつうと、田尻様のお屋敷がなかったかえ?」

「あー、あったな」

「田尻様んとこの中間部屋じゃあ、賭場が立ってるんじゃないかえ?」

「あー、そうだったか?」

「おめえ、博打はやめた、つってなかったか?」

「いや、んなこた言った覚えはねえな」

「夏くれえにいっとき、通うのをやめてたじゃねえか」

「夏くれえにいっとき、通うのをやめてたな。それがどうしたい」

 この野郎、開き直りやがった。

「じゃあ田尻様んとこに向かってんのかこれは」

「まあ、そうよ」

「おめえ、おやっさんやおっかさんの心配がわからねえのか」

「ち、うるせえな、おかげで探し物がでてきたんじゃねえか、感謝しろい」

 色吉も一度来たことのある、田尻様の玄関の前に立った。冬の陽はもうすっかり夕焼け空だった。太助がのぞき窓を軽く叩くと、なかから「山」と声がした。太助がすかさず「川」と応えると、すぐにくぐり戸が開いて中間が顔を出した。まえに来たときに色吉を入れてくれた門番だった。

「なあ、あの暗合だがよ、なにか意味あんのかあれ。山に川なんざ、だれでも答えられるじゃねえか」

 門番の中間がそのまま案内してくれるようで先に立った。そのうしろを並んで歩きながら、色吉は太助に言った。

「しっ、奇遇様はな、川、の応えっぷりで人を見て――いや、聞いていなさるらしい」

 中間の名は奇遇というらしい。門番小屋と短い仕切り廊下でつながっている中間部屋ではなく、庭を横切って本屋敷のほうに向かっているようだ。

「なにしろ川、って聞いただけで、そいつの年恰好から商売、遊びっぷりのきれいさまでわかっちまう、てんだからよ」

 あたりはもう暮れてきていたが、庭はゆったりと広いためずいぶんと明るかった。

「おい、大丈夫かよ。畏れ多くねえか」

 大きな屋敷を見て、色吉が言った。太助は首を振っている。彼にとっても予想外のことのようだった。

「話は通ってござる。離れのほうにご案内いたす」

 奇遇が振り返って言ったので、色吉と太助は顔を見合わせた。

「へい、恐れ入りやす」

 なんだかわからないが、とりあえず色吉は愛想をふりまいた。

「どうなってんでい」

 小声で太助に訊く。

「おいらにだってわからねえ」

「おまえが連れてきたんだろが」

 太助はふるふると首を左右するばかりだ。

 奇遇は屋敷の横を廻って裏庭に出た。裏庭といってもまた広く、家臣の住む家が軒を連ねている。これは屋敷を取り囲むように建っていて、邸内でひとつの町をなしていた。奇遇はそのような家のひとつのおもてを開けて入っていった。離れといっても、市井の家一軒よりも広いくらいだ。沓脱くつぬぎから廊下にあがってすぐの応接間に、ひとりの老人が座していた。

 太助がほっと安堵したような顔をして、「おう、じいさん――」と言いかけてすぐに口をつぐんだ。というのも奇遇が、

「お連れいたしました」

 と言って畳に手をついたからだった。それから振り返って、「ほれ、おまえらもあいさつをしなさい。田尻家隠居、荘内しょうない様である」

 色吉と太助も奇遇のうしろで手をついた。

「まあまあ、もう隠居の身だから、そうかしこまらんでくれ、こちらが困る」

「ははあ。よし、おまえらもかしこまらんでよいぞ。ではわたしはこれで失礼いたす」

 奇遇が去ると、入れ替わるように女中が茶を運んできた。

「太助殿は御酒ごしゅのほうがよいかな」

 田尻荘内はにこにことたずねた。

「いえ、おいらもお茶で、けっこうでございます」

「太助殿、そうかしこまらんで、いつもの調子で頼みますよ」

「いや、そういうわけにもいかねえよです、おいらぁじいさんがそんな偉いやつだたァ知らなかったんだからよです、勘弁しろてくんなさい」

 武家にぞんざいな口をきくには抵抗があるが、といって敬語を続けると言いつけに背くことになるという葛藤があるようだった。

「このじいさん、遊び仲間だったんだが、そんな偉いやつたァおいら知らなかったのよ」

 太助が色吉に言い訳をするように言う。

「ああ、聞いてた」

 色吉はうなずいた。

「んでじいさんよ、なんでそんな偉いやつだって言ってくれなかったんですか」

「別に訊かれなかったからの」

 話を聞くと、もともと太助と荘内は田尻の遊び場での知り合いだったが、そろそろ正月だなあという雑談のおりに絵双六の話が出て、

「それならばわたしが持っている、という話になったのだ」

 そして今日、田尻家で会うという約束になったのだが、

「おいらは当然、あっちで会うつもりだったんだけどよ」

 太助が賭場の方向を顎で示す。「だからおいらも驚いたのよ」

「すまんな、しかしそれなりの貴重品、あんなところへ持ち込んで汚れでもついたら、いやそれどころか傷でもつけられたら、いやいやそれどころか紛失でもしたらえらいことだからな」

 太助はうなずいて聞いている色吉を見て初めて気がついたように、

「ああ、それでこいつが色吉でさ。ほれ、おめえご挨拶しねえか。へへ、気の利かねえ野郎でやがります」

「あっしが色吉です。このたびはご厄介を言いまして」

 色吉はあらためて手をついた。

「はは、堅苦しいあいさつはそこまで、気楽になさって。話は太助殿から聞いておる。来世沈世絵双六を探しておられるとか。貴殿らは、そのよってきたるところ、来歴についてはどのていどご存じでおられるのかな。あるいは版元の杵屋弥六堂や作者の那実川仁州については」

 色吉と太助がいいえまったく知りませんと首を横に振ると、田尻荘内はひとつうなずき、語り始めた。


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