九
「手代の証言で、御内儀も御用になりました」
色吉が言った。羽生邸の隠居の奥座敷で、いつものごとく歩兵衛に事件の報告をしているのだ。
「当主殺しを番頭に押しつけて、ふたりで店を乗っ取ろうってえたくらみだったようで」
「うむ、主殺しだから、ふたりとも死罪はまぬかれまいな。気の毒だが、それだけのことをしでかしたのだから、償いはしてもらわないとのう」
「へい。なにしろ番頭さんまで手にかけようとしたんでやすから」
しばらくふたりはなにも話さず、静かに茶をすすっていた。
「そうだ、今回のこれは、さすがに旦那の手柄になったでやしょう」
色吉は思いだしたように言ったが、じつはずっと聞きたかったことだ。
「ううむ。それがのう」
歩兵衛は腕を組んだ。色吉は嫌な予感に、早くも自分の顔がどうしようもなく曇っていくのを感じる。
「色吉殿と多大有が、下手人を番所に連れていったまさにそのとき、宇井野は番頭の久造を捕縛しようと出かけるところだったということなのだ。それでやつ、面子をつぶされたように感じておったらしい」
「また、面倒なおかたですね」
「うむ、それでまた多大有の行動が制限されることになっても面倒なので、山方殿に頼んで、手柄を宇井野のものとして処置してもらった」
山方左近は北町の与力で、歩兵衛も昵懇にしている。
「はあ、それじゃ、また旦那の手柄はなしってことですかい」
「うむ、まあしかし、無事是名馬、人間万事塞翁が馬、禍福はあざなえる縄の如し、災い転じて福となす、じゃ」
歩兵衛は呵呵と笑った。色吉も追従笑いをした。笑うしかなかった。
〈了〉




