七
通夜に、今朝もきた例の御用聞ふたりが顔を出した。
「へっへっへ、番頭さん、今朝ほどはどうも失礼しましたな」
若い岡っ引が言った。
「安心してくだせえ、なんも出やせんでしたぜ」
坊主頭の岡っ引が言った。なにも出なかった、ということをまるで自分たちの手柄ででもあるかのように恩に着せるつもりらしい。
近くで弔問客にあいさつしていた手代の升弥が寄ってきた。
「番頭さん、そろそろ――」
と、ここで初めて御用聞きに気がついたような顔で、「ああ、これは親分さんがた、ごくろうさまでございます。なにか御用ならば……」
「いやいや、御用ってほどでもないんで。昨日、手代さんの部屋なんぞも探らしてもらいやしたが、今日は番頭さんの長屋を家探しさしてもらったんで。そのご報告とお礼とでやってきたようなわけなんでさ、へへ」
色吉という若いのが言った。
「それで、なにも出なかったんですか」
「へい、なにも」
「……さしでがましいようだが、天井裏とか、……床下なんかも探ってごらんになったんで?」
「へい、もちろん」
にこにこと色吉が答える。と、思い出したように、
「そうそう、床下なんざ、犬みたようなでっかい鼠がいやしてね、こいつなんか、だらしなく悲鳴をあげちまう始末で」
と、太助という坊主頭をさした。
「へへ、だらしねえ話で、へえ」
太助も愛想笑いながら色吉の足を蹴とばす。
「へっへっへ」
「へっへっへ」
よく見ると御用聞のふたりだけでなく、さらに手下を二人、連れてきていた。四人で久造のまえに立ち、いつまでもへらへらと笑っている。通夜の邪魔なので、袖の下をつかませて追っ払った。
長衛門のなきがらが安置されている大座敷には弔問客が途絶えなかったが、升弥はお紺を連れ出して奥のひと間にいた。
「なにも出なかった、って、どういうことなんですの」
「こっちが聞きてえ」
「お金と、……あれを、隠したんじゃないのですか」
「そうだよ、たしかに床下に置いといたんだ」
升弥は考え考え言う。
「あの色吉とかいう小者は、でかい鼠がいたつってたな。まさかそいつが持っていっちまったのか。いや待てよ、ほんとは鼠なんかじゃなく、金があったもんだから手前らの懐に入れちまったんじゃないだろうな」
「そうだわ、小者のやりそうなことですよ。鼠ってのは自分らのこと言ったんだわ」
「まったく、あれだけ証拠を用意しといてやったんだからすぐに番頭をふん縛って拷問にでもかけると思ったのにな。くそ、小物の下種根性のせいで当てが外れたぜ――」
ここで、升弥ははっとなにかに気づいたような顔をした。
「まずいな」
「どうしましたえ」
「やつらが番頭を下手人と知って、そいつを隠したとなると、つまり番頭をゆすることを考えてるってことじゃねえのか。そうだよ、さっき番頭は小者と手先に袖の下を渡してたけど、あの下種野郎ども、あれを了承のしるしと受け取っていかねねえ」
お紺はそれがどうした、という顔をしている。
「わからねえのか。了承を得た気になった小者どもが番頭に金を要求する、だが番頭はなんのことだかわからねえから、そいつをつっぱねるわけだ。すると小者どもはとぼけるな、おまえの長屋から銭と血塗れの匕首が出てきたってことを言う。番頭はもちろん知らないと言う。そこでお縄になって拷問でもされりゃあ万々歳、身に覚えのない殺しだろうが白状することになろうから、こっちの最初の目論見どおりだ。だがな、もしそうならねえで改めてお調べだ吟味だなんてことにでもなってみろい、風向きによっちゃ、お内儀さん、あんたに嫌疑が向いてくることだってあるだろう」
「そ、それは、あ、あんたにだってそうでしょう」
「とにかく、まずいってことはわかってくれたかい」
「なんとかしなくちゃ……なんとかならないですの……なんとかしてくださいな、升弥さん」
お紺はしなしなと手代にもたれかかった。升弥は爪を噛みながら考える。
「こうなったら、番頭さんにも死んでもらうしかねえか」
「……」
「婚礼も決まったのに借金がひどい、だから店を乗っ取るために主人を殺し、金を盗んだけど、良心の呵責に耐えかねてるところに小者に脅迫までされて、もうだめだと観念した。世をはかなんで、自害する、って寸法よ」
お紺の顔が明るくなった。
「そうと決まったら善は急げ、ですわ。もう今晩にでも死んでもらいましょう」
「うむ。たしかに小者どもに妙なことを話されても困るからな」




