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続色吉捕物帖  作者: 真蛸
小人閑居
60/80

 しかし色吉は、今回は歩兵衛によい報告ができなかった。

 連朝会と名乗る三人、弥佐武郎、玉史郎、庄太はいったんは太助たちによって捕縛されたものの、すぐに放免されてしまったのだ。お種を拐かし、殺して捨てたという色吉たちの主張する容疑が取りあげられることはなかった。

「証拠がない、てんでさ。それどころか、捕り物のさいに怪我をさせたってんで、あっしもそうですが太助や子分たちもたいへんなお叱りを受ける始末で、旦那やご隠居の面目まで傷つけちまって、お詫びのしようもありやせん」

「そんなことはよいのだが、伝造はどうなったのかのう」

 これは色吉の失態で、痛いところだった。

「それがあの野郎、一ん日二日おとなしくずっと寝たきりだったんでこっちも油断したのもまずかったんですが、いきなり消えやがって、肝心のときにいなかったんでさあ。助けてやった恩も忘れやがって」

 色吉は海に落とされた伝造を、助八の舟に引きあげてやったのだ。暗いなかで命がけだったから、色吉が怒るのも無理はない。

「ただ、やつは連中の悪行を帳面に残してたんでさ」

 思いだしただけで胸の悪くなるような代物だった。

 そして、ここからが色吉の失態の最たるもので、思いだすだに自分に腹が立ち、自分を責めるのだった。

「そいつを証拠として、お奉行様に提出しようとしたところ、宇井野様が自分が検分したうえでお奉行にあげると持っていったんでやす」

 ところが、それっきり伝造の帳面は消えてしまった。宇井野に訊いても知らぬ存ぜぬわしはそのようなもの受けとった覚えはない、の一点張りだ。

「始めから与力の山方様に渡せばよかったんで。とんでもねえしくじりをやらかしました。連朝会の三人は、放免ののち、怪我の療養だとかぬかしてそれぞれ総州だの甲州だのの別荘に旅立ったとかぬかしやがって、ご府内にはもういねえってことでやす」

 なんとも後味の悪い始末に、歩兵衛の顔も暗かった。こころなしか、いつも変わらぬ無表情の多大有の顔も暗く見えた。


 それから一年ほどのち。

 隠居座敷で色吉と歩兵衛が雑談していたときのこと、思いだしたように歩兵衛が言った。

「そういえば、播甲屋もとうとうつぶれたとか。日城屋といい、摩山屋もそうだったか、あれだけ繁盛していた大店が、わからんものよのう」

「お耳に入りやしたか。播甲屋の当主も、番頭手代の息子どもも、まだ借金があって路頭に迷うしかねえようですよ」

 人の不幸を喜ぶ趣味は色吉にはない。ないが、しかしこの件に関してはどうしても顔がほころんでくるのが抑えられないのだった。

「これで、去年のあのけったくそ悪い事件にかかわった三軒の大店がつぶれて、世間じゃあ殺された女の呪いだなんて噂もたってるようですが、聞いた話じゃあ、お種さんてのはたとえ悪いやつでも赦しちまうような気のいい娘さんだそうだから、そんな評判はかわいそうなんでやすがね」

 そして今度は色吉がなにか思いだし、言葉を継いだ。

「そういや、あの事件といえば、風の噂なんでご隠居にはお伝えしてなかったんでやすが、あの連朝会とか名乗ってた三人の若僧、あれからほどなく療養先で三人とも強盗に襲われて死んだって話でやす」

 三人とも拷問を受けたようなあとがあり、無惨な死にざまだったという話はしかし、歩兵衛の耳には入れない。弥佐武郎など、木に縛りつけられ、目をつむれないように瞼を裏返して針で留めたうえ、陰茎を輪切りにされていたという。

「呪いがあるかどうかはわかりやせんが、やっぱり悪いこたできねえもんです」

「ふむ。そういえばわしも、もひとつ思いだしたぞ。播甲屋、日城屋、摩山屋はそれぞれの商売敵に押されて、問屋からの仕入れもなかなかままならなかったとか聞いたぞ。それで、その商売敵というのがそれぞれ衣坂屋、冨急、摂津屋だとか」

「へえ、そうなんですか。たまたまですがあっし、その三軒とも知っておりますよ。事件でかかわったことがありやして……ってご隠居にはそのときどきにお話ししてやしたっけ」

「縁は異なもの、だのう」

「へい、世間は広いようで狭いもん、よく聞く話ですが、本当ですね」

〈了〉


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