七
「どうする」
連朝会は顔を突き合わせて相談した。
「あの野郎、調子に乗りすぎだ」
「でも、おっかないぜ」
「もうあいつにたかられるのは限度だぜ」
「三人がかりなら、なんとかならねえか」
「でも失敗して怒らしちまったら……」
「酒に酔わせて、その隙に、ってのはどうだ」
「野郎の強さは知ってるだろうが、それでこないだしてやられて、こんなことになってんじゃねえか」
「……」
三人はそれぞれ腕を組んで考え込んだ。
とうとう出てきやがった。色吉は身震いする思いだった。
連朝会とかいうふざけた名前を名乗る小僧どもが、伝造といっしょに路地から出てきたのだ。唇の分厚い日城屋玉史郎とにきび面の磨山屋庄太は出入りを見たことがあったが、弥佐武郎を見るのは色吉は初めてだった。細い眼の吊りあがった、出っ歯の若僧だった。
もう日も沈んだあとで、秋の夜風はそろそろ冷たくなってきつつあった。
――ずいぶんと歩きやがるな。
伝造たちは日本橋から神田を抜けて、佐久間河岸に渡り、そこで屋根船をあつらえた。
吉原に繰り出すには豪勢すぎるから、船上で宴席でももうけるのだろう。駕籠も舟も使わないでわざわざ歩いたのは、腹を空かせるための散歩だったのだろう。追いかけたところでこのさき収穫はなさそうだから、
「……今日は引きあげるとするかな」
大川に向かっていく船とならんで河岸を歩きながら、色吉はつぶやいたが、なんとなくうしろ髪の引かれる思いでぐずぐずと歩いていた。
「やあ、親分」
見ると、夕闇のなか助八がにこにことしている。
「やあ、助八さん。仕事は終えたのかえ」
「ええ、今あがりで」
ちょうどいいところでちょうどいい人物に会ったものだ。
「助八さん、じゃあちいと頼まれてくれねえか」
伝造は上機嫌だった。もっとも、またそう装っているだけかもしれないが……。
「どうした、おまえらが殊勝にこんな宴会を開くなんざ、少々気味の悪いもんだな」
そう言いながらも顔は満面の笑みだ。もっとも、振りだけかもしれないが。
「なにをおっしゃる、このあいだの一件ではたいへん世話になったではございませんか」
「そう、そもそもご自分でおっしゃっていたではありませんか」
「ものを片づけるのを手伝っていただいたうえに、しつこい犬どもまで追い払ってくだすった」
「われわれに手厳しいのも、連朝会のためを思ってのことと感謝しておりますよ」
「そうだ、最初は粗暴なふるまいを恨みなどしたものの、三人で話し合ううちに伝造さん……いや、伝造先生のありがたさがわかってきたのです」
重箱に用意した料理を肴に、三人は口々に伝造をおだて、かわるがわる酒を勧めた。
小半刻もしたころ。
船は大川を、人足寄せ場のある石川島へんまでくだっていた。越中島とのあいだをぬけて、そこには江戸湾が広がっている。
伝造が立ちあがろうとして腰を浮かせかけたがすとんとくずおれた。
「う……?」
じっと様子をうかがっている三人を見渡し、「貴様ら、酒になにを入れた……」
「はばかりですか、伝造先生」
弥佐武郎が立ちあがった。
「かまわんから縁から海に向かって放たれたらよろしい」
「手伝いましょう」
玉史郎と庄太も立ちあがった。しかしこの三人も、だいぶ酒が回っているのか腰が一定しない。
「貴様ら……」
抵抗も弱弱しい伝造を三人がかりで立ちあがらせ、船のへりまで運び、ゆらゆらと黒く波立つ海に突き落とした。
「ああ、先生、跳びこんじまって。こんな時間に水浴びですかい」
「いや、でももう見えなくなっちまった」
「きっと自害なされたんだよ、ほら、よく女日照りをはかなんでおられたろう
「入水は死なせてやれ、っていうから、放っとくとしようよ」
「しかし溺れ死ぬ、てのはもっとも苦しい死にざまだってえのに、わざわざそんな方法を選ばんでもねえ」
「成仏してくんなさいよ」
連朝会の三人は顔を見合わせてほくそ笑んだ。
「よし、急いで引きあげてくれ」
弥佐武郎が船頭に声をかけた。船宿は播甲屋のひいきで、宿にも船頭にもたっぷり含ませてあった。
「へい」
船頭は櫓をこいで、舳先を大川の上流に向けた。




