六
色吉は播甲屋の正面から入っていった。
「おれは御上の御用を聞く色吉ってもんだ。ここの三男に訊きてえことがある」
「まあまあ、なにがあったか存じませぬが、まずはこちらへ」
騒ぎを見られることを嫌って、愛想のよい年寄りが色吉を奥に案内した。
それが当主の久兵衛だった。色吉は造りのよい奥座敷に通され、高級な茶をふるまわれた。
いったん引っ込んだ久兵衛は、しばらくして若い男をふたり連れてきた。
「長男の浜伊知郎、次男の浅治郎でございます」
ふたりはそれぞれ手をついてあいさつしてくる。父親によく似た愛想のいい笑いを顔に張り付かせていた。
「おれが話を訊きてえのは三男なんだがな」
「あれは不肖の息子でしてな、話ならばこのどちらかのほうが通りがよいと存じましてな」
「いや――」
「不肖の弟が、またなにか問題を起こしましたかな。こちらにてお詫びさせていただきます」
色吉にものを言う間を与えず、浜伊知郎が言った。
「そうと決まった――」
「まあお納めください」
浅治郎が色吉の袖に紙包みを入れようとする。色吉はそれを振り払った。
「いいかげんにしてくんなさい。ただ話を聞くだけだ」
「それがそうはいきません」
「なぜです」
「あの子は病気でしてな。だれにも会わせられませぬ」
「離れに住んでるって話でやすがね」
「病気なので隔離してございます」
「だがお友達がそこに出入りしてると聞いてるぜ」
「親切な仲間が無聊を慰めてくれるのですよ」
「そこでちいと話してえだけだ」
「御用聞殿に移すわけには」
「ほんの須臾の間、すぐに済むが」
「おそれいりますが、医者にも隔離を言い渡されておりましてな」
色吉がなにを言ってもできぬいたしかねるの一点張り、のらりくらりとはぐらかそうとする。思い余って奥に無理に行こうと襖を開けたとき目のまえに現れたのが馬道のご同業だった。
「あんたは――馬道の……」
名前が思い出せない。
「武佐蔵だ。おまえ播甲屋さんに迷惑をかけてないでもう帰れ」
「あんた、縄張り違いじゃないかい」
「おまえにだけは言われたくねぇんだよ、いいからとっとと帰れ」
「ちぇ、あんたの指図は受けねえよ」
「この野郎」
「ならばわたしの言うことならば聞けるかな」
武佐蔵のうしろには同心の宇井野が控えていた。
「宇井野様といえど、しかし――」
さすがに同心に逆らうのはためらわれた。
「しかしもなにもない、あまり迷惑をかけるな。二度とこの店を訪れるでないぞ」
「だけど」
「黙れ。これは命令だ。なんだその顔は、おまえの十手を取りあげるなぞ、わけもないことだぞ」
色吉はしぶしぶ引きさがった。
色吉と太助、その子分の卒太と根吉は柳原堤下の小料理屋、桐里で顔を突き合わせていた。
「日城屋も、磨山屋もだめか」
「どっちもけんもほろろ、取りつく島もねえ、ってとこよ」
「おれなんざ、当主とその息子ってのにのらりくらりやられているうちに、宇井野の旦那と馬道の、あの、なんだ、あいつまで出てきやがったぜ」
色吉が言うと、太助も、
「そりゃ日城屋も同じだったぜ」と言った。
「磨山屋じゃあ、伝造親分が出てきやした」
卒太が言い、根吉もうなずいた。
「なんとか食い下がろうとしたんでやすが、殴られちまって」
よほど悔しかったのだろう、思いだして目に涙をためている。
太助が何か思いだしたように、「伝造といやあ、おとついくれえ出くわしたぜ。ちいと前まで、人の顔を見りゃ金貸せ金貸せ言ってきたのに、こっちを見くだしたような目で見てきて、これから出陣だとか言ってたが、昨日は二両負けただのと自慢げに、ずいぶん羽振りがよかったな」
「なにをどう考えても怪しいな」
相談の結果、伝造を交代で見張ることになった。




