三
羽生宅の歩兵衛の座敷で、色吉が言った。
「行方知れずになったってえ鍛冶町のお種って娘でやすが、念のために評判を聞いて回ってみましたが、根吉の言う通りに間違いござんせんでやした」
お種の父親は君弥といった。もとは棒手振だったが、卒中で倒れて寝たきりになってからは、妻のお美濃と娘のお種が代わりに商いをした。
「そのころはまだお種ちゃん、寺子屋に通ってたんだけどやめてね、おっ母さんといっしょに棒手振を始めたんだよ。ほら、男が運んでた荷物を女が運ぶのはたいへんだろう、だからおっ母さんを手伝うんだってね。それから何年も毎日毎日、お美濃さんが調子の悪い日なんか、お種ちゃんひとりで出ることだってあったくらいなんだ」
長屋のご新造さんたちは洗濯をしながら、口々にお種をほめた。
「けなげでねえ、本当にいい子なんだ。あの両親を置いて家出なんてするもんかね。親分さん、きっとお種ちゃんを見つけておくれな。ほら、根吉さんはもひとつ頼りにならないからねえ。その親分の太助さんは、輪をかけて頼りにならないし」
お美濃とお種に商品を卸している問屋でも、お種の評判は良かった。あんな真面目で、素直ないい娘はいない。親分さんぜひ探し出してくれ、と。
「なるほど、拐かしでもされたのかのう」
歩兵衛が言った。それは色吉も心配していたところだった。
伝造はだいぶ聞し召しているようだ。顔が真っ赤になり、目がどこを見ているかわからなくなり、上機嫌に話すようになった。
酔わせて油断させよう、油断させたうえでどうにかしちまおう、という弥佐武郎たちのもくろみはうまくいきかけているが、意想外の問題もでてきていた。自分たちも酩酊してきたのだ。
ここは例によって弥佐武郎の離れの座敷で、連朝会の三人――弥佐武郎、玉史郎、庄太の三人――に淡路町の伝造を客として迎えたかたちになっているところだ。川辺に荷物を埋めた日の夜のことだった。
「そんで、おめえら、あの女をどうしたんだよ、ここはひとつおれのなぐさみに、始まりのとこから聞かせておくんなましよ」
三人の弱みを握ったつもりか、伝造がいつの間にかずいぶんと砕けた調子になっている。
「まあひとつほれ……おお、いい飲みっぷりだ、さすがは若旦那集のいいところがそろっていやすなあ、粋な呑みかた、ってやつを知ってやがる」
玉史郎の椀に貧乏徳利から酒を注ぐ。それから庄太、弥佐武郎にも。
「へっ、へっ、へっ」
玉史郎が分厚い唇をしきりになめながら笑う。伝造に負けず顔が赤くなり、うっすらと汗が覆っててらてらと脂ぎってきた。
「かわいい娘だったな、ちょうどこの播甲屋のまえで見かけて、目があったら笑いかけてきたんだ。俺はとっさに腹を押さえてしゃがみ込んだ。そしたら思惑通りうまいこと寄ってきやがって、どうなさいました、ときやがった。だからちょっとした差し込みで、すぐそこの路地を入ったところが友達の家だから、そこまで介添えを頼めぬか、とやって裏木戸からここまで連れ込んだのよ」
玉史郎は女を誘い込む自分の鮮やかな手際を思いだし、反復して悦に入っているようだった。
「そこで娘を手籠めにした、ってことですかい」
さらに酒を注ぎながら伝造が言った。
「ああ……」
と、ここで玉史郎は弥佐武郎の顔をうかがい、「まあ、最初はわが連朝会会長の播甲屋弥佐武郎殿にお譲りしたがな。まあ初物だったから、女扱いのうまい会長でよかったよ」
「おい、ほどほどにしておけ」
弥佐武郎はただでさえ吊りあがった目をさらに吊りあげた。
「いやいや、照れることはござんせん、弥佐武郎さんの粋なことは、世間も重々承知。女泣かせだということも、音に聞こえてござんすよ」
伝造は今度は弥佐武郎の椀にそそぐ。
「フン」
弥佐武郎はそっぽを向いた。
伝造はしかし、太鼓持ちのように折りをみては弥佐武郎をおだて続けた。
「あっしなんざあこの面でしょう、といって金があるわけでもねえ、兄さんがたと違ってもてねえもんだから、そういう話を聞いて、へへ、みっともねえ話でやすが、なぐさみにしてえんで」
伝造は砕けたかと思えばまた卑屈と、緩急自在に、弥佐武郎たちの口を緩めようと巧みに口調をあやつった。連朝会と名乗るこの三人の道楽者は、さらった娘をこの座敷牢に押し込めて慰みものにしていた。
「しかしあの女、いろいろと痣だの傷だの……いろいろとひでえ体でしたが……」
話たけなわのなか、伝造がそう言うと、滑らかだった玉史郎と庄太の口がふいに止まった。
「へへへ、まあここまできたんだ、思い切って言っちまいますとね、実はどうも、あっしはそういうのが大好きでして……つまり、女の苦しむ顔、てんですかい、そいつを見るのがたまらねえ、へっへっへ、若旦那がた、もったいぶらねえで、聞かしてやってくんなせえよ」
伝造は唇をなめ、好色そうな目つきで連朝会の三人を見まわす。
「そうか、おめえもそんな趣味があんのか」
庄太が脂ぎったにきび面をほころばした。「あの女、初めの頃は殴ると、きっ、と睨んできやがって、それもまたたまんなかったな。でもそのうちいくら殴っても泣きながら謝るばかりになって、まあそれはそれで乙だったがよ」
庄太はその様子を思いだしようで舌なめずりした。
話を聞きながら弥佐武郎も昂奮してきたようで、うっすらとかいた汗をぬぐい、こちらも舌なめずりをしながら、「煙管を押し付けてやると、体がぴょんぴょん跳ねておもしろかったぞ、そしてなにより締まりがきつくなってよかったぞ」
「あの体中の黒い引き攣れは、火傷の跡だったんでやすな」
「穴という穴に突っ込んでやったな」
妙な対抗意識を感じているのか、玉史郎も負けじとまくしたてる。「尻の穴も、小穴も裂けて血塗れになったわ、へ、へ、は、ありゃひどい悲鳴だったな、聞かせてやりたかったぞ」
「口に突っ込んだときは、歯をたてられちゃかなわんから、俺が殴ってぜんぶ折ってやったんだ。そのあと、ほとんど飯を食わなくなったが、ありゃあよく考えたら噛めなかったんだなあ、はははは」
庄太も負けじと言った。
「さすがの俺も、鼻の穴と耳の穴はあきらめたんだが」
と、玉史郎がなにか含んだ目付きで弥佐武郎を見る。
「はは、俺だって鼻と耳はあきらめたわ。だから腹が立って、代わりに目に突っ込んでやったわい」
弥佐武郎は、そのときを反芻して味わうように細く吊りあがった目をさらに細めて、口を歪めて笑う。「悲鳴はすごかったな、母屋に聞こえるんではないかとひやひやしたわ。とちゅうで目玉がどろりと出てきたときはもう悲鳴もやんで、泡を吹いておった、ふふふ。残ったほうの目は、白目をむいておったよ、ふふふ」
三人すべての口が滑らかになったところで、伝造が、
「ところで、女の最期の様子はどうだったんで? どなたがそのうらやましい役にあたったんでやすかね、へへ、ぜひ聞かしてやってくんなせい」と訊いた。
弥佐武郎と庄太の視線が玉史郎に集まる。注目を浴びて、玉史郎がにんまりと話しはじめた。
「昨日の朝よ。近頃は反応が鈍いからか、弥佐も庄太も娘に飽きてたようなんで、俺が相手をしてやったのだ。俺は死体みたいのも好きなんでな、ふふ。ことの最中、娘がなにかぶつぶつと言っていたので、耳をそばだててみると、コオシテ、と聞こえる。俺に指図するなど生意気な、と殴ったら静かになった。そのあと体が緑色になって、どんどん冷たくなっていった。死んだのだ。それで思いあたったのだが、娘はコオシテ、ではなく、殺して、と言っておったのだな。ならば俺は娘の望みを聞いてやったことになる、ははは」
「それで、始末に困って女の死体を川に捨てに行った、ということですな」
伝造は満足げににんまりとした。




