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一
羽生の旦那が内勤のときや、あるいは町廻りのときでもそのあいまを縫って色吉は助八に泳ぎを習っていた。
助八は柳橋の浅草側の船宿、紀撰の船頭だ。色吉は春に永代橋から落ちて溺れていたところを、この助八に助けられたのだが、それ以来のつきあいだった。
「だいぶうまくおなりなさった」
川岸にあがった色吉に、助八が言った。
泳ぐときは中川まで足を延ばす。色吉はふだんはひとりで鍛錬している。助八も仕事の暇を見て駆けつけてくれるが、それはごくたまのことだから、こないだよりずいぶんと上達して見えるのだ。
「おかげさんで。続けて四、五町くらいはいけるようになりやしたぜ」
「もうあっしの教えられることはねえです」
との助八の言に、色吉は笑顔で頭をさげた。




